LCC編

ビジネス需要蒸発の先へ

LCCなくして成長なし
問われるブランド戦略

コロナ禍でビジネス需要が蒸発し、レジャー・帰省需要に強いLCC事業に両陣営とも注力する。
コードシェアなどで連携を強化するANAHDと、放任して果実を取るJAL。
グループ内で、それぞれが強みを失わずにシナジーを生むブランド戦略が求められる。

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ずっと先のことだと目を背けてきた未来を、突然、眼前に引き寄せて見せる。航空業界もまた、コロナ禍のそんな特質と無縁ではない。

人口減少社会である日本で航空需要を伸ばすには、それまで空路を利用しなかった層を開拓するほかない。ITの発展によってテレワークやオンライン会議が普及すれば、FSC(フルサービスキャリア)が得意とするビジネス需要は細っていく。帰省やレジャーなどの需要を取り込まなければ生き残れない──。コロナ禍による需要蒸発は、航空業界がいずれ向き合わなければならなかった課題の進展を加速させた。

これらの課題に対する打ち手の一つがLCCだ。低価格を武器とするLCCは、これまで航空を利用してこなかった層の開拓や、帰省・レジャーなどの非ビジネス領域の需要に強い。ANAホールディングス(HD)と日本航空(JAL)の両陣営が戦術展開の要としてLCCとの連携を加速させている必然がここにある。

日本のLCC元年はジェットスター・ジャパンやピーチ・アビエーションが相次いで運航を始めた2012年。7年間で日本の国内線旅客に占めるLCC利用の割合は10.6%に達した。だが国際的に見れば東南アジアで56%、北米でも30%に上る。残されたフロンティアに、両陣営はどう挑むのか。

顧客回遊狙うANAHD

「関西空港と中部空港発着の国内線運航を全てピーチに移管する」

20年初夏、コロナ禍を受けたコスト削減策などを含む事業構造改革計画の策定を急ぐANAHDの中でこんな案が浮上した。関空は伊丹空港との兼ね合い、中部空港は新幹線との競合などもあり、国内線の収益性が低い。一方でLCCが得意とするレジャー需要は根強く、LCCのコスト構造なら収益性を高められるとの見方だった。

「全て」の2文字は実現していないが、今も方向性は変わらない。それが垣間見えるのが、ANAとピーチが21年8月から始めた、成田空港と中部空港を発着する計5路線でのコードシェア(共同運航)だ。ピーチ運航便の座席をANAが買い取り、ANA便として販売する。

狙いは何か。1つは顧客の回遊。ピーチを利用したことがないANAの顧客がコードシェアを通してピーチ運航便に搭乗すれば、LCC利用へのハードルが下がる可能性がある。

2つ目が収益力の向上。マイルがたまるなどのメリットを上乗せしてANA便として販売すれば、ピーチ便としてよりも航空券を高く売れ、グループの収益を最大化できる。

3つ目がANA路線の補完。コードシェアを実施している成田発着便は、ANA運航便が全面運休している。

10月末からは中部空港・福岡空港と北海道・沖縄を結ぶレジャー需要中心の路線で一部便の運航をANAからピーチに移管し始めた。

「今後は路線や空港ごとピーチに任せる選択肢もあり得る」。ANAHD経営企画部の鈴木大輔担当部長は言う。ANAはコロナ禍を経て機材数を大きく減らしたため、収益性の高い路線に集中したい。一方でピーチは小型機を使用し、運航コストが抑えられている。FSCで採算が取れなくても、ピーチが運航すれば利益を見込める路線や空港は完全に任せる。FSCの客を競合に流出させる可能性もあり、簡単ではないが、そんな判断もあり得ると見ているのだ。

ANAとピーチは互いに干渉せず、それぞれ成長を続けてきたが、コロナ禍が関係を変えた。22年度後半にもANAHDが新たに立ち上げる、日本とアジア・オセアニアを結ぶ新LCCブランドを含め「今後はグループ間のシナジーを考えていく」とピーチの森健明CEOは話す。

効率を追求してこそ輝く

JALはどうか。21年に日中間の国際線を主に担うスプリング・ジャパン(旧・春秋航空日本)を連結子会社化。50%出資し、国内線と近距離国際線を手掛けるジェットスター・ジャパン、完全子会社で太平洋(北米)路線を中心とした中長距離国際線を狙うジップエア・トーキョーの3社で成田空港を拠点としたLCC網を構築する方針を掲げた。

「我々は(JALとLCCの間で)一線を引いている」。こう話すのはJALの豊島滝三取締役。あくまで期待するシナジーは機材調達など規模の経済が働くことのみで、路線網を補完し合うなどという発想はない。グループのLCC間の考え方も同様だ。

例えばJALは、成田を拠点にグループLCCを乗り継いで移動する利用者も獲得したいところ。ただ「LCCのターゲットは多少不便でも安さを求める層」(豊島氏)。乗り継ぎの利便性を高めるために運航ダイヤを調整するよりも、個々で機材が稼働する効率を追求した方が価格の低減につながる。各社が自由に事業を進め、結果的に3社間でシナジーが生めればいいという考えだ。

「片道10時間」が鍵に

JALのLCCへの業績面の期待は大きい。特に20年に運航を始めたジップエアには24年3月期に売上高700億円、EBIT(利払い・税引き前利益)100億円程度を稼がせる算段だ。

多くのLCCは小型機を使い、国内線や国際線の短距離路線を組み合わせながら運航して、FSCに比べ機材の稼働時間を増やすことで低価格でも利益を生む。一般的に、運航距離が長くなればなるほど乗客1人に対する距離単位当たりの旅客収入(イールド)は下がる。LCCと中長距離路線の相性は悪い。

ただ、ジップエアの西田真吾社長はむしろ「長距離の太平洋路線だからこそ勝ち目がある」と見る。

ジップエアが狙う米西海岸と日本を結ぶ路線の所要時間は10~11時間ほどだ。中型機を使うジップエアは給油や旅客の乗降に時間がかかるため、駐機時間は1時間半を標準としている。するとちょうど24時間で往復できる計算になり、機材の稼働時間は1日に何往復もするLCCに比べ長くなる。一度に運べる客数も多い。「もちろんイールドは下がるが、その分コストも薄まる」(西田氏)

結びつきを強めシナジーに期待するANAHDと、放任しつつ緩やかに連携するJAL。戦略展開の差こそあれ、両陣営はLCCなくして成長はないとの覚悟を決めた。ただマルチブランドのかじ取りは容易でない。

「親ブランド(FSC)の信用とサブブランド(LCC)の活力という価値を互いに提供し合うのが一番良いシナジーの生み方だ」。一橋ビジネススクールの阿久津聡教授は航空2社の戦略に期待を示す一方、「ブランド間の切り分けができていないと、『ブランドの約束』を裏切る可能性もある」と指摘する。

例えば、ANA便に比べサービスレベルは落ち、欠航時などのフォローも少ないピーチ便をANAグループであるという信頼感を基に消費者が利用し、期待を裏切ると、ANAブランド自体が傷つく可能性もある。

「大手2社はドル箱、羽田空港の発着枠を使って飛行機を飛ばせば一定の収益を生み出せた。そこにマーケティングなんて発想はなかった」。こう話すのはある国土交通省OBだ。

阿久津教授は「外からどう見えているかを戦略的に考える『ブランド経営』に取り組むべき時期が航空会社にも来ている」と話す。コロナ禍を機に経営のレベルを高められるか。LCCがその試金石になる。

ANA経済圏のハコを大きくする

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ピーチ・アビエーションCEO 森 健明
1962年長野県生まれ。全日本空輸を経て2011年にA&Fアビエーション(現ピーチ・アビエーション)に入社し、17年に副社長。20年4月から現職。

コロナ禍前の2019年はバニラ・エアとの統合作業中で、機材の移管も終わっていなかった。作業が終わって20年、いよいよという時にコロナ禍がやってきた。国際線が運航できない分、国内線に機材など経営資源を回して需要に応えている。21年のお盆期間は国内線旅客数が前年同期に比べ9割近く増え、座席利用率も7割を超えた。デルタ株の流行がなければもっと強かった。

8月にANAとのコードシェアを一部路線で始めた。今まで取り組んでこなかったのはLCCのビジネスモデルが崩れるのではないかという懸念ゆえだった。コードシェアに合わせて新しいサービスを付加するなんてことになると、望まない客にとっては運賃の高騰要因になる。でも今回、我々は何も変えていない。それでいいのであれば断る理由はない。

狙いはグループ全体の収益を最大化させることだ。ANAがピーチ運航便の一部座席を買い取っているので、ピーチ側の収入の下支えになるし、ANA側としては減便・運休している路線をピーチが埋めることにもなり得る。新規顧客をANA経済圏に入れられればANAの利用にもつながるかもしれない。その逆もある。ANA経済圏のハコを大きくしていけば、それぞれの会社に収益が落ちてくる。これこそがグループ経営だ。

連携が深まる中で「ANA化」への懸念が社内外から聞こえてくる。だが、商品は少しもANA化していない。むしろ「らしさ」には磨きがかかっている。最近で言えば、(指定された行き先の往路・復路の航空券購入に使えるポイントを販売する自販機の)「旅くじ」が話題になった。ANAが期待しているのはピーチらしさ、独自性。よりピーチらしくなれ。そう思ってもらえているはずだ。LCCの存在意義に反することをしろと言われても、それはできないとはっきり言っていく。(談)

親のすねはかじるが好きなことをやる

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ジップエア・トーキョー社長 西田 真吾
1990年早稲田大学商学部卒業、日本航空入社。マイレージ事業部長を務めていた2018年、ティー・ビー・エル(現ジップエア・トーキョー)が設立され社長に就任。

コロナ禍のただ中の2020年6月に初就航を迎えたが、旅客は乗せられず、貨物専用便としてのスタートだった。我々は立ち上がったばかりの会社。旅客需要が戻るまでの間はしかるべき準備をする機会にしようと考えた。パイロットや客室乗務員を独り立ちさせるには訓練が必要で、そのためには飛行機を飛ばす必要がある。ただ燃油代や着陸料など色々な経費がかかるので、それを賄う方法として貨物を運ぶことにした。21年3月期は20億円の売上高に対し63億円の営業赤字となったが、貨物のおかげでこの程度で済んだ。

FSCの傘下にいると、LCCならではの強みが徐々に薄まってしまうことが多い。しかし、ジップエアの場合は植木義晴会長や赤坂祐二社長をはじめ、JAL側が「『鶴丸』のブランドは俺たちが守る。おまえらは外で暴れてこい」と相当割り切ってくれている。JALとのコードシェアなどは考えていない。ジェットスター・ジャパン、スプリング・ジャパンとも連携できるところはしていくが、基本的には個々で努力して成長していくということだ。

一方で、FSCの傘下にいることは、スケールメリットを享受できる利点もある。「甘え上手」になって「親のすね」をかじりながら、LCCらしくやりたいことを好きにやっていく。

ジップエアの設立はコロナ禍前だが、あのお堅い、昔は役人ともやゆされたJALが、日本はおろか世界にもまだない「究極のLCC」を作ろうという経営判断をしたというのは相当大きな覚悟だ。FSCの一本足打法ではいけないという危機感から、これまで培ってきたノウハウを周辺領域で生かしてグループとして成長するという発想だった。貨物しかり、北米など長距離路線しかり、従来のLCCの常識では難しいとされてきた分野にも挑んでいく。日本にLCCが登場してから、まだ10年しかたっていない。もっと裾野は広げられるはずだ。(談)

日経ビジネス2021年11月8日号 28~31ページより

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