
ANA JAL
財務・営業データで
2社を徹底分析
ぜい肉を落とし利益を絞り出す

新型コロナウイルスの感染拡大が始まっておよそ600日。ルポルタージュで見たように、需要が蒸発した航空大手2社は生き残りをかけた苦闘を続けた。その軌跡を、本欄では営業・財務などのデータで振り返る。


受けた打撃の大きさから見てみよう。図①は横軸が2019年4~6月期の売上高を示し、縦軸が20年4~6月期の売上高が前年同期に比べ、どれだけ減ったかを示す。右下に向かうほど「規模が大きく、かつ売上高が大きく蒸発した」ことになる。
ANAホールディングス(HD)と日本航空(JAL)ともに右下に位置し、8割弱の売り上げが吹き飛んだ。


ただ、日本の大手2社は海外勢に比べると財務基盤が強固だ。②は縦軸で20年3月末と21年3月末の 自己資本比率 資本金や稼ぎ出した利益の蓄積である利益剰余金などを合算した自己資本が総資産に占める割合。財務の健全性を示す。自己資本と純資産はほぼ同額になる場合が多い。自己資本比率は金融機関が融資の審査をする際に重要視される。数字を高めるには着実に利益を積み上げていくのが一番だが、増資をするなどして自己資本を増やし、借入金の返済を進めていくなどの方法もある。 を示している。米デルタ航空は20.8%から0.7%に急低下。米アメリカン航空や仏蘭エールフランスKLMは 債務超過 自己資本(純資産)がマイナスの状態。企業の資産を全て換金しても負債を返しきれない状況を指す。債務超過が続くと、日本では東京証券取引所の上場廃止基準に抵触する可能性もある。 に陥った。対してANAHDは21年3月末時点で31.4%、 国際会計基準(IFRS) 企業が決算書などを作る際のルールの一つ。日本では日本基準を使う企業が多いが、国際企業はIFRSや米国会計基準を取り入れることも。ANAHDは日本基準、JALはIFRSだ。違いは様々あるが、航空会社にとって重要なのは機材などのリース債務に関する考え方の違いだ。もしANAHDがIFRSを適用することになると、自己資本比率は見た目上、押し下げられることになる。 を採用するJALも45%と高水準だ。コロナ禍後、そろって公募増資を実施したことなども要因にあるが、何よりコロナ禍前は業績が好調で順調に内部留保を積み上げていた。
とはいえ、両社の業績の回復スピードは遅い。②の横軸は20年4~6月期と21年4~6月期の最終損益を示している。
米大手ではデルタ航空とアメリカン航空は21年4~6月期に黒字転換を果たした。「国内線のレジャー需要が既にコロナ禍前の水準に回復した」(デルタ航空)。国土が広い米国は事業規模に占める国内線の割合が大きい。一方、国際線が多くを占める欧州勢は業績回復が進んでいない。
日本は米・欧の中間で、旅客収入に占める国際線と国内線の比率がおよそ半々だ。ただ、ワクチン接種の出足の遅れや断続的な緊急事態宣言の発出が国内線の回復を遅らせた。


次は大手2社のコロナ禍以前の動きを見比べる。③は両社の12・20・21年の事業規模の推移を示している。JALは破綻後、国際線では自前ではなく海外勢との コードシェア(共同運航) 同一路線で複数の航空会社の便名をつけ、共同運航すること。国際線では同一路線に協力関係のある2社が就航している場合、互いの運航便に自社の便名も振り、負担を軽減しながらネットワークを拡充するケースが多い。一般的に、相手先の運航便に自社便として予約が入った場合、その会社は相手先から手数料を得られる。 や 共同事業 コードシェアから一歩踏み込み、事業者間でダイヤや料金を調整しながら一体的にサービスを提供する形態。得られた収入は契約に応じて分配する。全日本空輸(ANA)は米ユナイテッド航空や独ルフトハンザ、JALは米アメリカン航空や英ブリティッシュ・エアウェイズなどと実施している。ただ、ダイヤや料金は競争環境を左右する要素であるため、関係国当局から独占禁止法の適用除外の認可を受ける必要がある。JALは豪カンタス航空や米ハワイアン航空との共同事業を模索したが、当局の認可を受けられなかった。 を進め、シェアよりも確実に利益を上げる戦略を取った。機材数や従業員数は破綻前の水準にいまだ達していない。
一方ANAHDはインバウンド需要の拡大を背景に、JALの間隙を突く形で一気に事業規模を拡大した。従業員数は20年3月までの8年間で4割増え、機材数は3割強増えた。当局はJALの破綻後、公平な競争環境を保つため、羽田空港の新規発着枠をANAHDに多く割り当てた。ANAHDはこれを活用して路線網を広げた。
結果、ANAHDの売上高は19年3月期までの7年で46%拡大し、JALは23%増にとどまった。ただ、営業利益率はJALが19年3月期に12%、ANAHDは8%と、「稼ぐ力」はJALに軍配が上がっていた。
20年には羽田空港の国際線発着枠が拡大。積極路線を続けてきたANAHDは国際線路線数を75まで広げ、いよいよその果実を得ようと考えていた。新型コロナの感染拡大に直面したのはその矢先だった。


④は両社の20年1月以降の RPK・座席供給量 RPKは旅客が搭乗し、飛行した距離の合計。旅客数に比べ、どれだけ需要を取り込めたかがより実態に即した形で分かる。座席供給量は総座席数と飛行距離を掛け合わせたもの。座席キロと呼ばれることが多い。例えば同じ路線でも、機材を小型化するほど、座席供給量は少なくなる。RPKを座席供給量で割ると、利用率がはじき出せる。ANAHDやJALの場合、平時は5~6割が利用率上の損益分岐点とされる。 (19年同月比)と利用率を示すグラフだ。
20年7月から始まった国の観光需要喚起策「Go To トラベル」。12月に一時停止となるまでの間、国内線RPKのJALの回復度は常にANAHDを上回ったⒶ。JALの豊島滝三取締役は「Go Toに合わせた色々な売り方ができた」と振り返る。例えば傘下の旅行会社、ジャルパックでは片道航空券とホテルのセット販売を始め、Go Toを活用しながらも自由な旅程を組めるようにした。
ただ、こうした航空券の単価は安い。20年10~12月期の国内線の イールド 旅客1人に対する、kmなど距離単位当たりの収入単価。旅客収入をRPKで割ると算出できる。航空会社はイールドを向上させるため、適切な路線網の展開や需給に応じた価格の変動(ダイナミックプライシング)などの戦略を練る。 は前年同期に比べANAHDが7.3%下がったのに対し、JALの落ち幅は10.5%となった。
21年度に入ると、ANA国内線のRPKと座席供給量の乖離(かいり)が徐々に解消されているⒷ 。ANAカーゴの外山俊明社長は「旅客部門と貨物部門が綿密な折衝を繰り返して供給を調整している」と証言する。
国内線では、貨物と旅客の需給バランスを見極めながら機材の小型化を進めた。20年秋からは上級クラスの座席数が多く、国内線仕様に比べ全体の座席数が少ない国際線仕様の中型機を国内線に積極的に投入した。一方で国際線は貨物需要が旺盛で、旅客を乗せず貨物だけ載せる 貨物専用便 貨物専用便は旅客機の客室の床下にある貨物スペースを使い、旅客は乗せず貨物だけを載せて運航する便。貨物専用機はフレーターとも呼ばれ、客室をなくし航空機全体で貨物を運ぶ。ANAHDは貨物専用機を計11台保有するが、JALは破綻を機に貨物専用機を全て手放した。JALは貨物需要が旺盛な今も、貨物専用便や他社便のチャーターを活用して、需要に応える。ANAHDは現在、貨物専用機がフル回転しているが、コロナ禍前は米中貿易摩擦の影響で貨物需要が低迷。19年に導入した大型貨物専用機「777F」は「お荷物」扱いされていた。 を多く飛ばす。沖縄にも配備していた貨物専用機を全て成田に集約し、機材繰りを最適化する取り組みも始めた。
旅客需要に合わせて座席供給量を落としつつ、貨物スペースの供給は最大化しようとしているわけだ。
これが「洗練されつつある」(外山氏)。業界では「不採算路線の維持をコードシェア先の運航に頼っている」との見方もあるが、いずれにせよ国内線の利用率は21年5~7月、ANAHDがJALを上回り続けた©。


機材繰りの巧拙は業績面にも表れた。⑤は四半期ごとの売上高と営業利益の推移を示す。コロナ禍の影響が出始めた20年1~3月期以降、事業規模の大きいANAHDの赤字幅はJALを上回り続けたが、21年1~3月期にその状況が逆転した。
売上高の内訳を見ると、ANAHDの21年4~6月期の貨物事業の売上高は前年同期に比べ2.5倍弱の735億円。JALは約1.8倍の476億円だ。売上高の差は専用機の有無で説明できるが、伸び率の高さは機材繰りが奏功した結果とも言える。


赤字幅を左右するのは売上高の増減だけではない。 営業費用 営業費用は営業活動から生じる費用。損益計算書上では売上原価と販売費・一般管理費に分かれている場合が多い。売上高から営業費用を引いたものが営業利益になる。 をどれだけ削減できたかも重要だ。⑥では決算説明会資料に基づき、ANAHDの売上高の多くを占める航空事業、JALは全体の営業費用の推移を示した。 固定費 生産量や売上高の増減にかかわらず生じる営業費用で、一般的には人件費やオフィスの賃料などが当たる。航空会社の場合は機材のリース料や減価償却費の負担が重く、他産業に比べ固定費比率が高い。 、特に人件費の削減幅に差があることが分かる。19年4~6月期と21年同期を比べると、JALの人件費の削減幅が約2割なのに対し、ANAHDは3割近い。
ANAHDは賞与や月給のカットで踏み込んだ手を打った。中核会社の全日本空輸の場合、20年度の賞与は夏の月例賃金1カ月分のみ。21年度はゼロとなる見込みだ。月給も数~十数%カットしている。
一方JALは月給カットには踏み込まず、賞与も20年度は基本給の1.5カ月分、21年度の夏も0.3カ月分支給した。賞与とは別に21年夏の場合は10万円の手当も支払った。
結果、ANAHDは 損益分岐点売上高 現状のコスト構造を前提とし、損益がゼロになる売上高。固定費を限界利益率(売上高と変動費の差を売上高で割った値)で割ると算出できる。理論上は、固定費を抑えると損益分岐点が下がる。ANAHDとJALは大型機の早期退役などで固定費を削減し、早期の黒字転換を目指す。 を大きく下げた。航空事業に限れば19年4~6月期は4000億円強だったが、21年同期は3000億円弱。JAL全体の損益分岐点売上高はこの間、大きく変わっていない。
この点をもって、一概に両社を比較するのは難しい。「JALは破綻時に人件費などで相当、費用をスリム化しておりスタートラインが違う」(モルガン・スタンレーMUFG証券の尾坂拓也株式アナリスト)。ANAHDは10年間の拡大路線でついた「ぜい肉」を落とした一方、JALは落とせるぜい肉がそもそも少ないともいえる。
ただ、人件費の削減幅を見る限り、危機感、切迫感の違いは感じられる。背景にあるのは財務基盤の強弱だ。


⑦は 総資産(IFRSでは資産)、純資産(同・資本)、そして負債 総資産は企業が保有する資産を指し、現預金に加え通常1年以内に現金化できる有価証券などを指す「流動資産」と土地や建物、航空会社の場合は航空機などのモノ(有形固定資産)が中心となる「固定資産」に大きく分けられる。負債は有利子負債のほか、航空会社であれば予約時に受け取った航空料金など無利子で預かる資金なども含む。純資産は総資産から負債を引いたもので、基本的に返済義務がない会社の資産の合計を意味する。 の推移を示した。ANAHDは事業規模が大きく、有利子負債額も高いことから、利払いを含めた現金の流出スピードはJALに比べ速い。コロナ禍後、大型融資をいち早く取りまとめ、手元流動性を高めた。
自己資本比率の格差はコロナ禍の1年で広がっている。JALが日本基準を採用していれば、その格差は約20ポイントに広がるとの指摘もある。
今後は「継続的に損益分岐点を下げられるかどうかが焦点になる」(尾坂氏)。両社は固定費の変動費化を進めていち早く黒字転換を果たそうとしているが、需要が回復に向かっても「リバウンド」を防げるか。「ここが経営の意思が見える点だ」と尾坂氏は見ている。
日経ビジネス2021年11月8日号 18~23ページより