(前回から読む)
この連載では、拙著『
入社10年分の思考スキルが3時間で学べる』で紹介したキーワードやフレームワークなどを利用しながら、最新の話題を題材にして、「考える力」を高めるコツを伝授する。
前回は任天堂の「スプラトゥーン」という“イカ人間がインクを塗りまくる”ゲーム(「Wii U」用)を素材にして、ビジネス上の重要キーワードやフレームワークについて説明を試みた。競争戦略論における「RBV」といった考え方に沿って、任天堂は自社資源を活用し「スプラトゥーン」をヒットさせた。今回も引き続き、「スプラトゥーン」を素材に解説をしていこう。
「業績不振の犯人扱いされたゲーム機」を逆手に
「スプラトゥーン」は、2014年のE3(Electronic Entertainment Expo、米国ロサンゼルスで開催)で発表された。発売は、2015年5月。(写真:AP/アフロ)
過去の失敗を逆利用した点も見逃せない。
Wii Uのコントローラーには、決して小さくない画面が埋め込まれている。そのため「無駄に大きい」とか、「操作性が悪い」と非難され、Wii U販売不振の犯人扱いする声もあった。
ところが、スプラトゥーンではこれを逆手にとった。テレビ画面があり、コントローラーにも画面があってゲームが成立する。テレビでは戦闘シーンがプレーヤー視点で展開され、コントローラーの画面には陣地のインク塗り状況や味方の位置が表示される。両方の画面を見ながら瞬時に情勢を判断して動く。脳の瞬発力を発揮して、痺れるような刺激を味わえる。これがスプラトゥーンの醍醐味でもある。
コントローラーを使ったジャイロ機能もスプラトゥーンには不可欠だ。コントローラー自体を上下左右に動かすことで、イカは向きを変える。これがWii Uのジャイロ機能。慣れてしまうと、この操作は病み付きになる。体を動かす感覚でイカを操れる。もはや、スティックは補助的にしか使わない。まさにスポーツ感覚でゲームを楽しめる。
負の遺産扱いされたコントローラーに、「このデバイスでしか体験できない、ユニークな操作性」を持たせ、ゲーム自体の魅力をより高めている。これもまた任天堂らしい革新性と言えそうだ。
『スプラトゥーン』は、任天堂から2015年5月28日に発売された「Wii U」専用アクションシューティングゲーム。
プロスペクト理論と学習効果による中毒性
スキルアップを実感できるとゲームの虜になる。スプラトゥーンはこの基本もちゃんと押さえている。バトルごとに点数は加算され、ランク1から50までステップアップする仕組みだ。
筆者もなんとかランク40ぐらいまで辿り着いたが、ここまで来るのにどれだけの時間を浪費(?)したか……。ランク50まで登り詰める道のりは長い。それがまた楽しさを醸成するし、ランクが上がるたびスプラトゥーン力の向上を実感できる。
ゲームは勝ったり、負けたり。上位ランク者と対戦してボコボコにされると、強烈な怒りと悔しさを感じる。キル0デス8(1ゲーム中に8回キルされ、自分は相手チームを誰もキルできなかった)なんてことも起こる。勝った時は一瞬スカッっと気持ちが良いが、負けると結構ネガティブな感情を引きずる。これがいわゆるプロスペクト理論(※4)。ビジネス意思決定論で紹介され、投資行動などに応用されている。
プロスペクト理論(※4)
人は、自分が得をすることより、自分が損をすることに過剰反応する。1000円もらうのと、1000円失うのでは、1000円失うほうが、心が受けるインパクトは大きい。
損失に対して無意識に過剰反応する傾向は、原始的な人類が身につけた生きる知恵とも言える。命に関わる危険は深く記憶に刻み込んでおく必要があったのだろう。生存するための反射だ。
心理学や経済学では、こうした傾向を説明するプロスペクト理論が使われる。その理論をグラフに表すと上の図のようになる。グラフをよく見ると、「プロスペクト曲線の崖」とも呼べるエリアがあることに気がつく。損失側に入ってすぐの領域で、ネガティブな反応が大きくなっている。小さなマイナスでも心に与える影響は甚大、ということだ。
しかし、プロスペクト理論で解説されるネガティブなリアクションは、モチベーションの源泉になることもある。悪いことばかりでもない。
例えば、猛烈にうまいプレーヤーが、サッカーのフェイントのごとく体を左右に振り攻撃をしてくる。相手を見失ったと思ったらアッという間にキルされる。3分間のゲームで何度も同じ相手から同じパターンでキルされ続けると、その敗北経験は脳にインプットされ、今度は自分がその技を試したくなる。これが上達のパターンだ。
プレイ中に見かけた「うまいな、この人」という攻撃の技や、操作ミスから偶然発見した新技まで、長くプレイをしていると多くの学びがある。これらが累積され、プレイの質は上がって行く。ランクやウデマエが大幅に違うと、攻撃力も防御力も圧倒的に差が出る。
「大博打」での企業再生は夢物語
一世を風靡した任天堂の業績が低迷してから久しい。
最盛期だった2009年3月期には1兆8000億円超の年商があり、経常利益も4500億円近くあった。その頃の任天堂は経営学者たちに様々な視点から分析され、ベストセラーになっている『ブルー・オーシャン戦略(※5)』でも取り上げられている。
ブルー・オーシャン戦略(※5)
INSEAD(フランスのビジネススクール)のキム教授とモボルニュ教授が提唱した競争戦略の理論。そのメッセージは「混み合う赤い海ではなく、広々として青い意味を目指せ!」「Create. don't compete(創造せよ、競争するのではなく)」。
ここで定義するブルー・オーシャンとは何か? 要は、製品やサービスの領域を再構築して、新しいカテゴリーを作り出すということだ。新しいビジネスモデルで市場を席巻していく企業は、既存のライバルと競争するのではなく、まったく別の切り口で顧客に価値を提供するという発想をしていることが多い。
しかし、2014年3月期以降は年商6000億円を割り込み、経常利益も100億円を切っている。ポケモンGOが業績に貢献するのでは?と期待した諸兄も、実際の利益インパクトを知って溜息をついたかもしれない(「スーパーマリオラン」はかなり期待が持てそうだが…)。
本業以外で新たに売り上げの柱を作るのは大変なこと。事業をやっていてれば簡単に想像がつく。モンスターストライクで突如ゲーム会社に生まれ変わったミクシィ(mixi)のようなケースもあるが、これは会社の存続を賭けて大博打を打ったような話だ。
任天堂は、今でもゲーム機器で2600億円超、ソフトで2300億円の売り上げがある。これを捨て、スマホゲームの開発会社に変身するのは現実的ではない。調子の上がらないピッチャーが、サッカーチームに移籍して得点王を目指すようなもの。単なる夢物語だ。
まずは本業で復活の足掛かりを模索する。これが戦略の基本。テクノロジーの進化にキャッチアップし、自社の強みを生かして事業や製品の再構築を繰り返し続ける。任天堂がスプラトゥーンで行ったのは、まさにこれに他ならない。この成功が、次の飛躍に向けたヒントを与えてくれる筈だ。
iPhoneとマリオのコラボなど、スマホ対応による新たな事業ドメイン構築は、実際やってみてなんぼの世界。不確定要素が多く成功の確度は読めない補助的な戦略だ。もしも当たればラッキー、ぐらいの戦略オプションだ。
だから、ここに社運を賭けるのは極端すぎるが、かといって、その選択肢を捨ててしまうのは会社の未来を狭めることになる。そういう場合はリアルオプション(※6)の発想で取り組んでおきたい。
リアルオプション(※6)
一発当てれば大儲けできるが、外れたときには投資がすべて無駄になりかねないビジネスを目の前にしたとき、リスクを取って果敢にチャレンジするか、それとも見送るか。その意思決定にヒントを与えてくれるのがリアルオプションだ。
オプションというのは「選択権」のこと。そしてオプションの理論は金融分野で発展した。例えば「現在の為替が1ドル90円だとして、1年後に1ドル88円で買い取る権利はいくらか?」ということを計算し、買う権利(コールオプション)、売る権利(プットオプション)が取引されている。
事業におけるリアルオプションは、新しい事業へのトライアルをしたりしながら参入の機会をうかがうことを意味する。つまり、大きな損失を避けようとして、はじめから投資をやめてしまうのではなく、儲けるチャンスを確保する。名前は難しいが、基本的な考え方はシンプルだ。
ビジネスはコントロールできない不確定要素だらけ。できることを遂行し、あとは運を天に任せる。先の読めない時代の戦略論は、こうした基本姿勢が大事だと信じている。
(次回へ続く)
ビジネスプロフェッショナルの必須基礎知識を徹底図解
効率アップ、そして創造を目指すビジネスパーソンのハンドブック
ロジカルシンキングの基本から、最先端のキーワードまで、考える仕事の基本ツールを網羅。
頭の良い人が使いこなしている思考法は、ようするに、こういうこと!
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