運動の習慣で「睡眠が若返る」!
寝付きや睡眠の質を改善、まずはウォーキング・階段から
仕事やプライベートの時間をやりくりするために、真っ先に削ってしまうのが「睡眠」ではないだろうか。また、年齢とともに、眠りが浅くなったり、目覚めが悪くなったりする人も多いに違いない。もう眠りで悩まないための、ぐっすり睡眠術をお届けしよう。
運動をするとよく眠れるのは確かだが、眠りたい日に慌てて運動しても効果はあまりないようだ。(c)imtmphoto-123RF
運動すると、よく眠れる――。これは多くの人が実感しているのではないだろうか。体を動かしてしっかり汗を流した日は、疲れて早めにベッドに入りたくなるし、夜中に目を覚ますことも少なくなる。実際、アスリートの睡眠時間は普通の人よりも長く、引退すると不眠に悩むことも多いという。
そこで今回のテーマは「快眠をもたらす運動」。読者の中には、寝る時間が十分にないわけではないが、生活サイクルの乱れなどから寝付きが悪かったり、夜中に何度も起きてしまったりして、寝起きがすっきりせず、昼間に強い眠気を感じる人も少なくないだろう。そのような場合は、運動が睡眠の改善につながる可能性がある。
そこで、かつて早稲田大学スポーツ科学学術院教授を務めた、すなおクリニック(さいたま市大宮区)の内田直院長に快眠につながる運動法について聞いてみた。
「運動により睡眠は改善できます。ただし、運動は習慣づけることが大切です。ふと思い立って日曜日だけ10キロ走っても、睡眠の改善という面ではあまり意味がありません。それよりも毎日の通勤で片道15分ずつでも歩くほうが効果があります」(内田院長)
つまり、今日は早めに眠りたいからといって、いきなり慣れない運動をしても快眠への即効性はあまり期待できないということだ。
運動の習慣で“睡眠が若返る”!
運動の習慣が睡眠の質を改善することは、海外の研究で確認されている。長期的に運動を続けることで、寝つきが良くなり、夜中に目を覚ますことが減り、徐波睡眠(入眠直後に訪れる最も深いノンレム睡眠。成長ホルモンが分泌され、細胞が修復される)が増え、全体の睡眠時間が長くなるという(下グラフ)。
運動の習慣は睡眠の質を改善する
長期的に運動を続けることで、寝つきが良くなり(入眠潜時が短くなり)、夜中に目を覚ますことが減り、徐波睡眠が増え、全体の睡眠時間が長くなる。(Sports Med. 1996 Apr;21(4):277-91)
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通常、年を取ると徐波睡眠が減り、中途覚醒が多くなり、トータルの睡眠時間も少なくなっていく。「つまり、運動の習慣を持つことで“睡眠が若返る”わけです」と内田院長は説明する。運動習慣は睡眠のアンチエイジングをもたらすのだ。
2013年には、米国睡眠財団が約1500人を「運動しない」「低強度の運動をする」「中強度の運動をする」「高強度の運動をする」の4グループに分け、運動と睡眠について調査している。
睡眠時間は4グループともあまり変わらなかったが、大きく違ったのは満足度。平日の睡眠時間が「足りている」と答えたのは「運動しない」人たちが53%だったのに対し、「運動する」人たちは70%。「よく眠れている」と答えたのは「運動しない」が56%に対し、「低強度」76%、「中強度」77%、「高強度」83%と、ハードな運動をしている人ほど高くなっていた。
運動習慣を持つことで、睡眠の質が改善されるのは間違いないようだ。
ただし、多忙などの理由から睡眠時間を確保できない人の場合は、注意が必要だ。「現代のビジネスパーソンは圧倒的に睡眠不足。睡眠時間が5時間台の人も多く、ほとんどの人は7時間も眠れない。そのような人がいくら運動しても、睡眠不足は補えません。運動の前に、まずは十分な睡眠時間を確保することが前提です」(内田院長)。
仕事が忙しくて毎日5時間前後しか眠れないような人は、運動する時間があったら睡眠時間に回したほうがいい。言われてみれば納得だ。まずは十分な睡眠時間を確保しよう。
うつ傾向の人は筋トレと有酸素運動の両方を
睡眠不足を感じているのに、ベッドに入ってもなかなか眠れない。そういう人は“うつ病”予備群なのかもしれない。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)など、睡眠障害をもたらす病気はいろいろあるが、中でも代表的なものがうつ病だ。「うつ病患者の多くが不眠に悩んでおり、不眠はうつ病の症状の一つともされる。逆に不眠に悩んでいる人は、うつ病の発症リスクが高いことも分かっている」(内田院長)。
うつ病で眠れなくなる理由の一つは、慢性的なストレスにさらされることで、ベッドに入っても交感神経の緊張が取れないことだ。睡眠不足によってさらに脳や神経にダメージがたまり、悪循環に陥っていく。
軽度のうつ病には運動が効く。無酸素運動(ダッシュや筋力トレーニング)と有酸素運動、どちらにも効果があるが、特に無酸素運動と有酸素運動を両方行うと、明らかに気分の改善度が高くなっていた(Sports Med. 2009;39(6):491-511)。「うつ傾向があって眠れない人には効果があるはず」と内田院長は話す。
1日の中で、いつ運動すればいいのか?
習慣化するに当たっては、運動する時間帯を決めることが重要だ。寝る前に歯を磨くように、1日の中で運動する時間を決めたほうが続きやすい。では、いつ運動するのがいいのだろう?
理屈からは夕方から夜に運動するのがベストだ。
外の気温と関係なく、脳や内臓の深部体温が最も高くなるのは起床してから11時間後。朝7時に起きていれば夕方18時頃ということになる。この前後の時間帯に運動すると、さらに体温が上がり、ベッドに入ったときの深部体温の下がり方が大きくなることで眠りやすくなる。(本連載の過去記事を参照)
ただし、寝る直前の運動は、交感神経が刺激されて目がさえてしまうので良くないという指摘も聞いたことがある。それについて内田院長に聞いてみた。
「運動に最適な時間帯は人それぞれで、一概には言えません。寝る前に腹筋運動をする習慣があり、よく眠れるという人もいます。一方、起床直後の運動は体温が低いのでケガをしやすい面もありますが、覚醒度が高まって午前中からバリバリ仕事ができるというメリットもあります。人には朝型、夜型といった体質の違いがあるので、時間にはあまり神経質にならず、まずは自分がやりやすいときに運動すればいいでしょう」。
運動はできれば毎日、少なくとも週3日以上は行いたい。先に触れたように、時間が取れない人は通勤時に片道15分のウォーキングをする程度でも構わない。「エレベーターやエスカレーターをやめて、なるべく階段を使うなど、日常生活の中でも運動を心がけることが大切。それだけでも睡眠の質が向上します。一段飛ばしで階段を登れば筋トレ効果もあります」と内田院長はアドバイスする。
内田直(うちだ すなお)さん
すなおクリニック 院長

1956年生まれ。滋賀医科大学医学部卒業。カリフォルニア大学ディビス校精神科客員研究員、東京都精神医学総合研究所睡眠障害研究部門長などを経て、2003年に早稲田大学スポーツ科学学術院教授に就任。2016年より現職。早稲田大学名誉教授。日本スポーツ精神医学会理事長。著書に『スポーツカウンセリング入門』(講談社)、『安眠の科学』(日刊工業新聞社)など。
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