オレキシンによって覚醒状態が保たれる

 櫻井さんらが発見したオレキシンは、視床下部の後ろ側にある「外側野」(がいそくや)という部分で見つかった。かつてエコノモが「覚醒に関わる領域」として注目した場所だ。

 「ここは食欲をつかさどる摂食中枢でもあります。電気刺激を与えるとすごく食べるようになり、壊すとものを食べられなくなる。摂食行動というのは動物にとって非常に重要な行動。ものを食べるには、当然ながら覚醒状態を維持する必要もありますしね」(櫻井さん)

 最初に触れたように、オレキシンの働きは覚醒状態を維持すること。具体的には、「モノアミンの分泌が止まらないように作用している」と櫻井さん。このオレキシンを作る神経細胞が壊れた状態が「ナルコレプシー」(居眠り病)という脳疾患で、いつ眠りに落ちるか分からなくなってしまう。例えば自動車の運転中に突然眠り込んだら命にかかわるだろう。私たちが安心して日常生活を送れるのはオレキシンのおかげなのだ。

 一方、「就寝時にもオレキシンが活発に作られていると不眠症になってしまいます」と櫻井さんは指摘する。

オレキシンに作用する睡眠薬も登場

 そこで、オレキシンの働きを弱めるタイプで、体に比較的優しい睡眠薬も登場している。2014年に登場した「スボレキサント」(商品名ベルソムラ)というオレキシン受容体拮抗薬で、オレキシン受容体をブロックしてオレキシンと結合できなくすることで睡眠を導くものだ。

 現在の主流となっているベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、覚醒を抑えるGABAの作用を強める薬。効果は強いが、筋肉を緩める作用もあり、また脳全体の機能を低下させるため、トイレに起きたときの転倒や記憶障害などが起こりやすい。また、依存性もあるので急にやめると眠れなくなる。さらに、「長期間にわたって飲み続けるとアルツハイマー病やうつ病のリスクが高くなるという疫学研究もあることから、近年にわかにベンゾ系睡眠薬の過剰な使用に警鐘が鳴らされるようになった」と櫻井さん。

 日本の「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」でも、ベンゾジアゼピン系睡眠薬は転倒・骨折のリスクを高めるということで、高齢者には非ベンゾジアゼピン系を推奨している。

 それに対してスボレキサントはオレキシンの働きを抑えるだけなので、筋肉や記憶への悪影響はない。櫻井さんによると、「依存性も大きな副作用もなく、自然な睡眠をもたらすということで、シェアを伸ばしている」という。