イヤなことがあった日は眠れなくてもいい

 最後に「上手な忘れ方」を紹介しよう。

 上司の叱責から愛する家族の死まで、誰しも生きていればいろいろとつらい目にもあう。イヤなことがあると「さっさと眠って忘れてしまおう」と思うが、そういうときに限っていつまでも眠れず、布団の中で悶々としてしまうことも多い。しかし、内山主任教授は「むしろ、そのほうがいいのです」と話す。

 先の栗山健一准教授らの実験で、陰惨な交通事故のビデオを繰り返し見せた後、眠った場合と徹夜した場合の翌日の反応を調べた。翌日、自動車を見たときの恐怖感や発汗などのストレス反応は、徹夜した人たちのほうが少ないことが分かった(Biol Psychiatry. 2010 Dec 1;68(11):991-8)。どうやら恐怖の記憶は睡眠によって定着するらしい。イヤなことがあって眠れなくなるのは、それを忘れるための本能的な防御反応なのかもしれない。

 受験勉強のように知識を覚え定着させる陳述記憶との関係はまだはっきりしないが、技能を習得する手続き記憶や短期記憶の能力は睡眠を取ったほうが上がる。じっくり考えてもいいアイデアが出ないときはさっさと寝てしまう。イヤなことがあって眠れないときは「忘れるため」と思って、無理に眠ろうとしない―。今回紹介した「記憶と睡眠」の最新の知見をぜひ生活の中で役立ててほしい。

内山真(うちやま まこと)さん
日本大学医学部精神医学系 主任教授
内山真(うちやま まこと)さん 1954年生まれ。東北大学医学部卒業。ドイツ留学、国立精神・神経センター(現精神・神経医療研究センター)精神保健研究所精神生理部長などを経て、2006年より現職。日本睡眠学会理事。著書に『睡眠の病気』(NHK出版)、『睡眠のはなし』(中公新書)など。