仕事やプライベートの時間をやりくりするために、真っ先に削ってしまうのが「睡眠」ではないだろうか。また、年齢とともに、眠りが浅くなったり、目覚めが悪くなったりする人も多いに違いない。もう眠りで悩まないための、ぐっすり睡眠術をお届けしよう。

試験前の一夜漬け。ギリギリまで悪あがきすべきか? あるいは、睡眠をとるべきか?(©marcos calvo mesa-123RF)
試験前の一夜漬け。ギリギリまで悪あがきすべきか? あるいは、睡眠をとるべきか?(©marcos calvo mesa-123RF)

 眠らないと記憶は定着しないから、試験前の一夜漬けは効果がない―というもっともらしい説を学生時代に聞いたことがある人も多いだろう。ところが、これは必ずしも正しくないらしい。「普段勉強していない学生は、徹夜して試験に臨んだほうが絶対にマシ」と、日本大学医学部精神医学系の内山真主任教授は断言する。

 「日頃から勉強している学生は、試験中に頭が回るように、もちろんきちんと睡眠を取るべき。でも、もともと知識がないのであれば、眠る時間を削って少しでも詰め込んだほうがいいのは、経験からも分かりますよね。私自身、学生時代にしっかり眠って試験を受けたことなんて一度もありませんでした(笑)」(内山主任教授)

 いや、確かにその通りですけど、しっかり記憶を定着させるにはきちんと睡眠を取ったほうがいい。とりあえず、それは間違いないですよね?

 「必ずしもそうとは言い切れません。諸説あって、はっきりした結論は出ていないんです」と内山主任教授は意外な回答をした。

 どういうことなのか、詳しく聞いてみよう。

練習中は感じられないが、翌日うまくなっている

 まず記憶は大きく短期記憶長期記憶に、さらに長期記憶は陳述記憶(顕在記憶)と手続き記憶(潜在記憶)に分けられるという。

 短期記憶とは、音声で聞いた電話番号を覚えて電話をかけたり、パスワードを覚えてパソコンに入力したりするときの瞬間的な記憶だ。次の作業に入るときには忘れてしまう。一方、長期記憶とは時間が経っても残る記憶。このうち知識や体験など言葉にできるものを陳述記憶、泳ぎ方や自転車の乗り方など言葉にしにくいものを手続き記憶と呼ぶ。

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 まずは、長期記憶と睡眠の関係について聞いてみた。「陳述記憶ははっきりしませんが、スポーツや楽器の演奏などに関係する手続き記憶は、睡眠をしっかり取れば定着することが分かっています」と内山主任教授。

 手続き記憶が練習後に睡眠を取ることで定着度が高まることは、イスラエルのワイツマン研究所の研究により実証された(Science. 1994 Jul 29;265(5172):679-82)。特に、夜に練習を行い、睡眠を取った後の翌朝の練習で技能が大きく向上したことを示す研究もある(参考記事はこちら)。内山主任教授によると、例えばゴルフの打ちっ放しに行って、何時間練習してもその日は上達が感じられなかったのに、翌日やってみると急にうまくなっていた、などということが実際に起こるという。読者のなかにはこうした経験をしたことがある人もいるかもしれない。それは決して気のせいではないというわけだ。

 手続き記憶は練習したその夜に眠ることが大切。一晩徹夜して、翌日にしっかり眠っても定着しない。つまり技能の上達が見られないという(Nat Neurosci. 2000 Dec;3(12):1237-8)。

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