まだまだ男盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。
食品会社に勤務する36歳。秋恒例のイベントは、同期入社の仲間との温泉旅行だ。旅先から戻って、写真を見るのも楽しみの一つだったが、最近、それがドキドキ。原因は、写っている自分の髪の生え際が後退し、おでこが毎年少しずつ広くなっているからだ。普段は、毎日鏡を見ているから気づかないが、年1回だと悲しい現実を突きつけられてしまう。3年前の写真と比べると見るに堪えない。このまま進行すれば、40代では立派なハゲ頭。もしかしたら、このまま結婚できないかもしれない…なんて考えるとどんどん暗くなる。誰かオレの脱毛前線をストップする方法を教えて。
(イラスト:川崎タカオ)
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「おれ、もしかしたらMかも」「おれはOだ。どうしよう」…。男は30代を過ぎると洗面所でそんな会話が交わされるようになる。東京医科大学皮膚科の坪井良治教授によれば、日本人男性では30代で約10%、60代で約50%、平均すると成人男性の30%が男性型脱毛症(AGA)を気にしているという。
AGAは、主に前頭部と頭頂部の頭髪が柔らかく細くなって薄くなる。思春期以降に始まり、徐々に進行して40代で誰の目にも明らかな状態になってしまう。前頭部からMの字のように薄毛になるのがM型、つむじ周りの頭頂部が薄くなるのがO型だ。
男性ホルモンの活性化が原因
AGAが「男性型」である理由は、男を男たらしめているホルモンが深く関与しているからである。主要な男性ホルモンであるテストステロンは、体内で「5α還元酵素」の働きによって、より活性が強いジヒドロテストステロン(DHT)に変化し、前立腺、精嚢(せいのう)などいくつかの臓器の機能に関わっている。
問題は、この5α還元酵素が、頭髪の根元(毛根)を包む「毛包」という部分でも働いているということ。坪井教授は「髪は2~6年かかって太く長くなり、3~4ヵ月の休止期を経て徐々に抜けていく。これが髪のサイクルだが、5α還元酵素が作り出したDHTが強く働くと、脱毛シグナルが出され早めに抜けてしまう」という。髪が育たないうちに抜けてしまうから、細い短い毛髪が多くなり、全体として薄毛が目立つようになる。そして、やがては完全に毛根が失われてしまう。これがAGAの発症メカニズムなのである。
1年の薬物治療で6割の人が改善
AGAを改善しようと、これまで様々な方法が考えられてきた。頭皮の血行を促進する育毛剤から、電気や光を当てるものまでさまざまだが、現在では世界的な臨床試験で発毛効果の認められた医薬品による治療を皮膚科で受けるのが中心だ。
その一つが塗り薬である「ミノキシジル」(商品名:リアップ)だ。もともと、高血圧の薬を開発する段階で副作用として発見された、多毛作用を利用したものだという。AGAの発症メカニズムに関わる医薬品ではなく、前頭部、頭頂部以外の薄毛にも一定の効果が得られる。そのため女性を対象とした医薬品も開発されている。
次に、飲み薬として登場したのが「フィナステリド」(商品名:プロペシア)で、こちらはAGAの発症メカニズムに直接作用する医薬品だ。フィナステリドは、毛包のなかで5α還元酵素の働きを阻害し、脱毛を引き起こすジヒドロテストステロンの作用を抑える働きがある。だから、男性ホルモンに感受性のある毛に効果がある。坪井教授は「ヒゲなどが濃く、額、頭頂部が薄くなるといった、典型的なAGAの人ほど効果が期待できる」と話す。
ミノキシジルとフィナステリドは、作用メカニズムが全く異なるので相乗効果も期待できる。アメリカでは、男性の軽症から中等度のAGA患者の治療法として、フィナステリド内服と、ミノキシジル5%外用薬の併用療法が一般的になっているという。
では、こうした薬物治療はどれぐらい効果があるのだろうか。発毛効果はなかなか実感しにくいのは確かだ。髪は1カ月に1センチしか伸びないので、6カ月経ったときには前の自分の状態を忘れてしまうからだ。効果が出ているのにもかかわらず、それを短期間で実感しにくいことから、ミノキシジルなどの使用を途中で止めてしまう人も多いという。
ただ、科学的に分析すれば効果は明らかだという。坪井教授は「効果は個人差はあるが、多くの人で脱毛症の進行が止まり、毛が生えてくる」と話す。例えば、プロペシアの場合は、1年続けると58%、3年続けると78%の人が、自分でも分かるぐらい脱毛が改善するという。
より効果的な新薬も登場
そして今年、新たな医薬品が登場した。それがデュタステリド(商品名:ザガーロ)という飲み薬だ。5α還元酵素の阻害剤であることはフィナステリドと同じだが、じつは、5α還元酵素には1型と2型がある。フィナステリドは2型にしか作用しないが、デュタステリドは1型、2型の両方に作用する。
坪井教授は「デュタステリドはフィナステリドと比較して、強力に男性ホルモンの活性化を阻害する。実際の服用量で効果を比較した試験では、デュタステリドの効果の方が優っていたという結果も出ている」と話す。
デュタステリドは前立腺肥大症の治療薬としても使われ、副作用の少ない医薬品だということが分かっている。しかし、男性ホルモンの活性化を抑制するため、若い人では精液の量を減少させる可能性がある。
坪井教授は「しばらくはミノキシジルから治療を始めて、次段階でフィナステリド、さらに次の段階でデュタステリドを使うというのが一般的な流れになるだろう」と話している。
シャンプーのし過ぎ、実はダメ
脱毛の予防には健康的な生活を送る努力も大切だ。ストレスは髪に良くない。精神的・肉体的に余裕のある生活を送ろう。そして、髪の元になるのはたんぱく質。バランスの良い食事を心がけよう。喫煙は、頭皮の血管を収縮させるのでNGだ。
気を付けなければならないのは、実はシャンプーのし過ぎだ。育毛シャンプーの広告では頭皮の脂が脱毛の原因であるかのような表現をする場合があるが、坪井教授によれば「脂を取りすぎると毛根が小さくなり、毛も細くなりやすい」のだ。
日本人ほど、毎日風呂に入りシャンプーする国民はいないが、健康な頭皮には適度な脂が必要だ。坪井教授は「運動習慣などにもよるが、2~3日に1回のシャンプーが望ましい。そのほか、頭皮の保湿効果のあるヘアケア製品を使ったり、フケが多いときはフケ用製品を使用するなど頭皮の健康を守ることが大切だ。
iPS細胞を使った髪の再生医療も
国内で1000万人の成人男子が悩んでいるAGA。しかし、坪井教授は「やがてAGAで悩まない日が来る」と言い放つ。それは、いま世界の皮膚科医や再生医療研究者が取り組んでいる毛髪の再生医療の実用化が期待されているからだ。
再生医療にはいくつかの段階があるが、現在行われている自毛植毛も広い意味の再生医療だという。これは後頭部などDHTの影響を受けにくい部分の毛髪を毛根ごと取ってきて、額などに移植するというもの。分布は変わるが頭部にある毛の総本数は変わらない医療だ。
それに対して、坪井教授らの研究グループが進めているのは、後頭部などの毛髪の深い部分(真皮組織)にある間葉系細胞を取り出し培養するというもの。それを額や頭頂部の細く弱った毛髪の毛包に注入。毛包を活性化することで、毛を太く長くするというものだ。これから3年間、臨床研究を行うという。
このほか毛髪に関する再生医療には、皮膚組織やiPS細胞を使って毛を作り出し、それを頭部に移植するといった方法も検討されている。もしかしたら10年後には、AGAなんて過去の話になっているのかもしれない。
坪井 良治(つぼい りょうじ)さん
東京医科大学病院 皮膚科 教授

1980年防衛医科大学校卒業。順天堂大学大学院修了後、米国・ニューヨーク大学医学部(細胞生物学)留学を経て、順天堂大学医学部皮膚科講師、助教授を務めた。著書に、『脱毛症治療の新戦略』(中山書店、共著)などがある。
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