暑い夏にビールを飲み過ぎ、肝臓は大丈夫?
アルコールと肥満化のダブルパンチ、適量はどう判断する?
まだまだ男盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。
精密機械メーカーに勤務の41歳。人生の半分近く、酒を友として生きてきた。今年の夏も友人たちとたくさんビールを飲んだが、飲んでみっともなく酔っ払うこともなく、飲んだ翌朝も爽やかだ。自分でも「いい酒を飲んでいる」と思っている。しかし、先日受けた特定健診の後、健診医から告げられたのは「肝機能の悪化を示す数値が少し高くなっている。少し酒量を減らしたら」ということ。結果を奥さんに見せると、我が意を得たりとばかり「晩酌は缶ビール1本まで、週2日は休肝日」だって。冗談じゃない。人生の楽しみの半分を奪われるようなもんだ。でも…、自分でも酒量に自信がなくなってきた。
(イラスト:川崎タカオ)
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肝臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれる。人間にとって非常に重要な臓器であるがゆえに、かなりの余力をもっており、少しぐらいのダメージでは音を上げない。肝臓病の専門家である自治医科大学医学部(消化器内科)の浅部伸一さんは「肝機能の検査結果が危険水域であっても、本人はまったく自覚していないことも多い」と話す。そんな肝臓の性質が、酒の飲み過ぎによる健康被害につながっている。
では、どれぐらい飲んだら飲み過ぎになるのか。健康作りに関する一般的な指針(健康日本21[第2次]「生活習慣病のリスクを高める飲酒」など)では、1日平均の純アルコール換算で約40g(ビール中瓶2本分)以上飲む人を減らすことをターゲットとし、健康的な飲酒とはその半量だという。酒好きには物足りない量だ。
しかし、守れないからといって、好きなだけ飲むというのはいただけない。お酒は、「自分の健康を守りながら楽しく飲む」(浅部さん)ことが大切だ。そして、そのために知っておきたいのが、自分自身の適量だ。実は、アルコール摂取の適量は個人差が大きい。浅部さんは、「もって生まれた体質や健康診断の結果などを考慮して、自分にとっての適量を見つけ出すことが大切だ」と話す。
まずは自分の遺伝的素因を知ろう
酒が飲める、飲めないは、かなりの部分が生まれつきの体質で決まっている。アルコールを飲むと胃や小腸で吸収され肝臓に運ばれる。肝臓では、まず「1型アルコール脱水素酵素」などの働きにより、アセトアルデヒドという物質が生成される。アセトアルデヒドは、主に「2型アルデヒド脱水素酵素」によって酢酸へと変わり、やがて水と炭酸ガスに分解され排出される。こうした酵素の働き方は遺伝的に決まっており、それが酒に強い(飲める)、弱い(飲めない)の違いを生み出している。
例えば、日本人の1割は、アセトアルデヒドを分解する酵素が働かない(非活性型)体質で、いわゆる「下戸」だ。まったくお酒が飲めないタイプで、すぐ顔が赤くなり、気持ちが悪くなってしまう。浅部さんは「こうした人は酒を飲まないので、アルコールによって肝臓を悪くすることはむしろ少ない」と話す。このタイプの場合は、決して無理に飲まないことが大切だ。
反対に、日本人の4割を占めるのは「いける口」の人。アルコールやアセトアルデヒドを代謝する能力が高く、酒を飲んでも赤くならない。ついつい酒量が増えがちだ。こうした人は「オレは肝臓が丈夫だから」と豪語するが、肝臓の能力には限界がある。例えば、医学的には、1日に日本酒換算で5合の酒を10年以上飲み続けている人のことを「大酒家」と呼んでいるが、これぐらい飲むと、ほとんどの人でアルコールによる深刻な肝臓障害がみられるからご用心だ。
もちろん、これより少ない酒量で肝臓を悪くする場合もある。また、アルコール依存症になる可能性があるのも、このタイプの人だ。いくら飲めても、延々と飲み続けるような飲み方をしてはいけない。
そして、日本人の約半数が「中間タイプ」で、飲んで赤くなるが、ある程度は飲める。飲み続けることで少しは酒に強くなるので、いわゆる「鍛えて飲めるようになったタイプ」とも言える。飲み過ぎれば「いける口」の人と比較して肝臓障害のリスクが高いと考えられるほか、体内のアセトアルデヒド濃度も高めなので消化器がんなど、がんリスクを高めることも知られている。アルコール依存症のリスクもある。できるだけ過剰な飲酒は避けたいが、「このタイプの人が、どれぐらい飲んだらダメなのか、科学的なデータは少ない」と浅部さんは話す。
肥満&飲酒、原因の区別が困難に
また最近、アルコールとともに肝臓障害のリスクを高める大きな要因と考えられるようになってきたのが肥満だ。例えば、肝臓障害の一つが脂肪肝。肝臓に中性脂肪が蓄積した状態だ。これまでは飲酒が原因で発症するアルコール性脂肪肝が典型例と考えられてきたが、最近ではメタボリックシンドロームと関係の深い非アルコール性脂肪肝が増えてきている。そして、非アルコール性脂肪肝の人の1~2割は、非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)へと移行。NASHは進行すると肝硬変や肝臓がんを発症することが分かってきた。
学会では、1日の飲酒量が純アルコール換算で60g(男性)以上飲む場合をアルコール性、逆に20g以下の人を非アルコール性としているが、「最近では両者は明確に区別できるものではないと考えられるようになってきた」(浅部さん)。メタボリックシンドロームの人が飲酒をすることで脂肪肝をもたらすことが考えられる。また、NASHと飲酒が重なって急速に肝臓を悪くして、肝硬変をもたらす可能性もあるという。
浅部さんは「特に中年以降、急に体重が増えた人で、お酒もよく飲むという人は、その両面から肝臓の状態に気をつけてほしい」と話している。特にビールの飲み過ぎは、アルコール摂取と肥満の両方に悪影響を与えるため要注意という。
健診結果を上手に使って適量を探る
体質や生活習慣によっても異なる飲酒による肝臓障害リスク。肝臓の状態を把握し、自分にとっての適切な飲酒量を知るために、最も重要なのは企業や地域の特定健診や人間ドックのデータである。こうした健診で必ず行っているのが、採血による肝機能検査だ。
特に注目したいのは、γ-GTPとALT(GPT)の2つだ。このうち、アルコールが肝臓に負担をかけ始めているときに高くなるのがγ-GTP。肝臓の解毒作用に関係する酵素で、アルコールを飲み過ぎるとたくさん作られ、血液中に漏れ出して数値が上がる。いわば肝臓にとってのイエローカード。γ-GTPが高めという人は多い。浅部さんは「数値そのものより、変化に注目してほしい。高くなってきたら飲酒量や体重が増えていないか考えてみて、生活を改善してほしい」とアドバイスする。γ-GTPは脂肪肝そのものでも高くなることが多い。
そして、次の段階のサインとなるのがALTだという。エネルギー代謝に重要な役割を果たす酵素だが、肝細胞が障害を受けると血中に流れ出し、数値が高くなる。これは肝臓にとってのレッドカードと言ってもいい。医師と相談しながら原因を探りたい。そして、飲酒が原因のようであれば、日常の飲酒量が適量を超えていると判断し、飲む量を減らすことが大切だ。
浅部さんは「健康診断は、普段の飲酒量について謙虚に振り返るよい機会となる。ぜひ上手に活用してもらいたい」と話す。なお、数値が正常値を超える原因がアルコールの場合、1~2週間の禁酒、節酒をすると正常値に戻ることも多い。そのため、健康診断前だけ酒を控えて「数字を作りにいく」こともできるが、それでは何のための健診か分からなくなる。いつもどおりの生活で受けることが、適量を知る上では重要だ。
肝硬変への移行を水際で防ぐ
長年、お酒と付き合ってきた人は、自分の肝臓がどれだけダメージを受けているのか、気になるところだろう。アルコールによる肝臓の障害は、γ-GTPやALTなど肝機能検査の異常から始まり脂肪肝へと進む。それでも無理な飲酒を続けると肝硬変をもたらし、さらには肝臓がんを発症することもある。
こうした肝臓のダメージを知ることのできる検査の一つがエコー(超音波)検査だ。脂肪肝がどれだけ進んでいるか、肝硬変になっていないかなどを検査できる。気になる人は医師と相談し、エコー検査を受けるといいだろう。また、肝臓疾患の進行度をより細やかに捉える検査も行われるようになった。浅部さんは「脂肪肝から肝硬変に進むまでに、肝臓が線維化といってゴワゴワと硬くなり始める段階がある。この段階で発見すれば、肝硬変に進んでしまう人を減らすことができる」と話す。
例えば、この段階の肝臓を見つける検査方法として開発されたのが「ファイブロスキャン」だ。これは、肝臓に衝撃波を与え、そのときの肝臓の「震え」を調べることで硬くなり始めた初期段階を見つけることができる。装置が高額なため、国内では、大学病院や地域の基幹病院など100施設ほどでしか検査を行っていないが、将来普及する可能性があるほか、「血液検査で線維化の初期段階を調べる方法も開発が進められている」(浅部さん)という。
浅部さんは「肝臓は忍耐強い臓器。比較的長めの“猶予”は与えられているし、検査などを通じて状態を知るすべもある。お酒との付き合いでは、適性な飲酒量を守り、仮に肝臓に少しでも変調が起きた時には飲み過ぎであることを認識し、飲む量を調節することが大事だ」とアドバイスしている。
浅部伸一(あさべ しんいち)さん
自治医科大学医学部(消化器内科)

1990年、東京大学医学部卒業後、東京大学附属病院、虎の門病院消化器科等に勤務。国立がんセンター研究所で主に肝炎ウイルス研究に従事し、自治医科大学勤務を経て、アメリカ・サンディエゴのスクリプス研究所に肝炎免疫研究のため留学。帰国後、2010年より自治医科大学附属さいたま医療センター消化器科に勤務。専門は肝臓病学、ウイルス学。好きな飲料は、ワイン、日本酒、ビール。
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