高所恐怖症の治療法を転用

 阿部院長は「性嫌悪症は高所恐怖症の病態に似ている」と話す。つまり、高い場所が危険でないことが分かっていても昇れない、性嫌悪症でも妻だと頭では分かっているが、例えば母親と同一視してしまいセックスの対象でなくなってしまっている。高所恐怖症の治療では、1階から2階へ手をつないで昇り、2階から3階へお尻を押して昇らせる「系統的脱感作療法」と、屋上についてから下を見させる「曝露療法」を組み合わせる。同じ手法を性嫌悪症でもやってみたところ、治療に有効だったことが分かったという。

 まず、最初はイメージトレーニング。初期の交際時にできていた妻とのセックスの様子を思い出してもらう。次に妻の後ろ姿を見ながら、頭のなかで奥さんの服を脱がせるなど、エロチックなことをイメージしてもらう。重症の性嫌悪症の場合は、この段階で強い拒絶反応を示すが、ゆっくり順応させていくことが大切だ。

 そして、奥さんとキスをする、手をつなぐ、マッサージをする、半裸で過ごすといったステップを踏んでいくことで近親姦恐怖をやわらげていく。最後には相手の性器に触れる、セックスをするといったところまで持っていく(曝露療法に相当)。このとき、場所は家庭ではなくホテルがお勧めだそうだ。「家庭で行うと、母子、兄妹というイメージを思い出させてしまう」と阿部院長。生活臭のないホテルなら新鮮な気分になれるというわけだ。

性嫌悪症に有効な薬物治療が発見

 こうした系統的脱感作療法と曝露療法は、性嫌悪症のような恐怖症の治療の基本だが、これまでは治癒するまで1~2年かかることが多かった。「最近、この治療をサポートしてくれる薬剤があることを発見した」と阿部院長は話す。使う薬剤はエスシタロプラム(商品名:レクサプロ)だ。選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)と呼ばれる抗うつ剤の一種で、社交不安障害の治療にも用いられている。

 社交不安障害は、人前で話すことが苦手な主婦がPTAの仕事にどうしても就けなかったり、昇進したのに部下の前で話せなかったりなど、言わば極端な「あがり症」のような病気。高速道路を走る車や飛行機に乗ることの恐怖症もこの病気の一種だ。

 阿部院長は、これまでこれらの恐怖症にエスシタロプラムが有効なことが分かっていたので、性嫌悪症患者にもその効果を確かめた。その結果「投薬した人では、系統的脱感作療法や曝露療法の効果が高まり、治療も早ければ3~4カ月で終えられるようになった」と話す。その臨床試験の進展が期待される。

 お互い大好きなのに、それをセックスという手段では深められない。性嫌悪症には、もしかしたら重大な「心の不調」が隠されているかもしれない。あきらめないで早めに専門家に相談することが大切だ。

阿部輝夫(あべ てるお)さん
あべメンタルクリニック 院長
阿部輝夫(あべ てるお)さん 1970年、順天堂大学卒業後、同大学精神科に入局。81年、コーネル大学精神科へ留学。84年、順天堂大学精神科で助教授。96年、あべメンタルクリニックを開設。「セックスレス」という言葉の最初の提唱者であり、『セックスレスの精神医学』(ちくま新書)など関連著書多数。
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