オシッコがたまると鈍い痛みが… まさか性病?
診断困難な間質性膀胱炎の恐れも、治療法の解明は進展
まだまだ男盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。
機械メーカーに勤務する40歳。このところ、人には相談しにくい下腹部の不調で悩んでいる。デスクワークをしていると、あそこの付け根に鈍い痛みが広がるのだ。おしっこも近くなり、トイレに行くと痛みが治まる。そのため、今では約30分おきにトイレに行くはめに。取引先との打ち合わせが長引いたときには冷や汗ものだ。泌尿器科で相談したが原因は分からず。医師は「かつて患った淋菌やクラミジアなど性感染症の菌が、前立腺の奥で悪さしているのでは」などとショッキングなことを言うが、とんでもない。オレは性病なんてかかったことないぞ。早く原因を明らかにして、スッキリさせてほしい。
(イラスト:川崎タカオ)
[画像のクリックで拡大表示]
おしっこに関連した下腹部の痛み。どんな病気が考えられるのか。日本大学板橋病院泌尿器科主任教授の高橋悟さんは「泌尿器科では、まずは感染症がないかどうかをチェックする」と解説する。代表的なのは細菌感染が原因の膀胱炎だが、これは女性に多い病気で男性ではごくまれだ。男性では尿道炎や前立腺炎などが考えられるが、いずれにせよ尿検査で尿に白血球(炎症細胞)が混ざっていないかどうかを調べれば分かる。念のため抗生物質を飲んで様子を見ることもあるが、それで症状が改善しなければ感染症ではないと考えられる。
感染症でないとすると、次に「おしっこが近く、我慢ができない」という症状(尿意切迫感)に注目する。この症状をもたらす代表的な病気が過活動膀胱だが、これも代表的な治療薬である「抗コリン薬」「β3作動薬」を服用してみて、症状が改善しなければ否定される。こうなると男性の場合は、原因が分からないまま「おそらく慢性前立腺炎や前立腺肥大が原因などでは。様子を見ましょう」ということになってしまうという。しかし、高橋さんは「最近、これまで前立腺の不調で片付けられてきた症状の背景に、間質性膀胱炎という病気が潜んでいる可能性があることが分かってきた」と話す。
膀胱の内側に原因不明の炎症が起こる
間質性膀胱炎の主な症状は、膀胱の痛み、頻尿(昼夜を問わず尿の回数が多い)、尿意切迫感だ。なかでも、尿がたまったときの強い痛みが特徴だ。痛みを感じる場所は、下腹部(恥骨のすぐ上)が多いが、ペニスの付け根、会陰部(肛門の前)が痛むこともある。高橋さんは「痛みは、尿がたまってくると強くなり、排尿すると軽くなるのが典型的。小まめにトイレにいく人などの場合は、明確な痛みを感じず、“不快感”などと表現することもある」と話す。
では、細菌感染が無いのになぜ痛むのか、実は原因はまだよく分かっていない。膀胱の粘膜に異常が起こり、炎症が粘膜より深い部分にある間質などに及ぶためだと考えられている。病気が進行すると、膀胱は萎縮して小さく硬くなってしまうので、おしっこはより近くなり、痛みも強く感じるようになる。
間質性膀胱炎の診断は、この膀胱の内側の病変を捉えることが重要だ。膀胱鏡検査を行い、膀胱の内側の粘膜に広い範囲の点状出血が見られれば間質性膀胱炎と診断される。重症タイプでは、粘膜表面に「ハンナー病変」とよばれる潰瘍状の地割れのようなものが見られる。なお、膀胱がんでも間質性膀胱炎に似た症状を起こすことがあるので、尿細胞診(尿の中にがん細胞が入っていないか診る検査)を行うことも重要だ。
膀胱に水圧をかけて膀胱鏡検査を行い、内側の粘膜に広い範囲の点状出血が見られれば間質性膀胱炎と診断される。(写真提供:高橋さん)
[画像のクリックで拡大表示]
軽度の場合は薬物治療も有効
間質性膀胱炎の治療は「膀胱水圧拡張」と「薬物療法」が中心だ。水圧拡張というのは、萎縮した膀胱に水圧をかけて拡張する治療法。治療のほか間質性膀胱炎の診断に用いられることもある。具体的には、麻酔をかけた膀胱に水を入れて膨らませるが、このとき膀胱鏡で観察すると著明な点状出血が起こり、水を抜くときに「さみだれ状出血」が起こる。高橋さんは「水圧拡張を行うと、一時的に症状が悪化することがあるが、その後は膀胱が広がり、おしっこを溜められるようになる」と話す。ただし、効果は長続きせず、半年から1年後に再び水圧拡張を必要とする場合もある。
薬物治療は、抗うつ薬、抗ヒスタミン剤などが使われてきたが、最近、抗アレルギー剤の一種である「トシル酸スプラタスト」という薬が有効であることが分かってきた。高橋さんは「私たちの治療経験では、患者の7割程度に有効。特に軽症の人にはよく効いて、水圧拡張を行わない場合もある」と話す。
このほか、薬物治療のなかには膀胱内注入療法といって、抗凝固剤であるヘパリンや局所麻酔薬である塩酸リドカインを膀胱内に注入することもあるが、治療効果も持続期間もそれほど大きいものではなく、水圧拡張の補助的な治療として使われる。
刺激物やカリウムを多く含む食品で悪化
間質性膀胱炎は、現在の治療法では完治は難しい。症状を緩和させるための治療と考えたほうがいいだろう。しかし、「原因がはっきりし、不安が解消すると、痛みも和らぐことが多い」と高橋さん。薬物治療や水圧拡張を行うとともに、生活改善を行いながら病気と上手につき合っていくことが大切だ。
例えば、食事では辛いものなど刺激物、コーヒーなどカフェインを含むもの、赤ワイン、大豆など神経伝達物質を含むもの、果物や野菜などカリウムを多く含む食品は症状を悪化させる。かつては間質性膀胱炎の患者に対して厳しい食事制限が行われたこともあるが、食事の影響は個人差が大きい。現在は、「自分の食事内容によく注意して、症状を悪化させるものがあれば避けるようにすればいい」(高橋さん)とされている。
より積極的な生活改善としては「膀胱訓練」があり、臨床研究において有効であることが分かってきた。これは、いわば自分自身でできる水圧拡張と言ってもいい。これは、排尿間隔の目標を決め、それより前にトイレに行きたいと思ったらほんの少し我慢してみることで、排尿の間隔を延ばしていくというもの。排尿日誌をつけながら行うと効果的だ。
その不快感、もしかしたら間質性膀胱炎かも
これまで間質性膀胱炎は比較的まれな病気と考えられてきた。膀胱粘膜にハンナー病変のある重症タイプは、厚生労働省の「難病」にも指定されている。しかし、高橋さんは「患者数が少なかったのは、はっきりとした診断がつくケースがまだ少ないためで、これまで診断が行われなかった軽度のものを含めると患者数はかなり多くなる可能性もある」と指摘する。
例えば、海外での統計調査を見ても、間質性膀胱炎の罹患率は人口の0.01%から2.3%というデータがありバラつきがあることが分かる。もし、罹患率の高いほうのデータが妥当だとすれば、100人中2人以上の患者がいることになる。
これまでの研究で、間質性膀胱炎があっても最初は症状が出ないケースがあることも分かってきた。しかし、何年もの間に膀胱粘膜の損傷が進むことによって自覚症状が少しずつ現れ、下腹部の不快感などをもたらすと考えられるようになってきた。こうした初期の患者は、「下腹部に不快感を感じる」「うっとうしい感じが長く続いている」といった症状を訴えることも多いが、これまでは膀胱鏡による診断にまではたどり着かず、前述のように慢性前立腺炎などと診断されてきた可能性がある。
しかし、間質性膀胱炎と慢性前立腺炎の治療は大きく異なる上、間質性膀胱炎の新たな薬物治療の研究が進んでいる。早期に正しい診断を受けることは患者にとってメリットになると考えられる。下腹部の不快感で悩んでいる人は一度、地域の大きな病院の泌尿器科などで相談してみたい。
高橋 悟(たかはし さとる)さん
日本大学医学部泌尿器科学系 主任教授

1985年、群馬大学医学部を卒業。東京大学医学部附属病院、米メイヨークリニックなどの勤務、東京大学医学部助教授を経て、2005年より現職。2003年には、天皇陛下の「前立腺がん」の手術を担当する医療チームに加わった。排尿関連のトラブルでは、日中や睡眠中に突然の強い尿意におそわれる「過活動膀胱」や、排尿障害を引き起こす「前立腺肥大症」などの治療を多く手がけている
Powered by リゾーム?