冬は気分が暗く精も出ない… これは気のせい?
日照短縮の影響もある冬季うつ、食事や料理で改善することも
まだまだ男盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。
工作機械メーカーに勤務する34歳。毎年、冬になるとオレはクマになる。といっても仕事をパワフルにこなすスーパーベアーではなく、冬眠状態のクマだ。朝は、なかなか布団から出られず、いつも遅刻ギリギリで出社。昼間の眠気が強い上、何ごともおっくうで仕事がはかどらない。凡ミスも多く上司に叱られることもしばしばだ。そんな自分が惨めになり、気持は落ち込むばかりだが、なぜか体重はアップ。夏になれば、気力も体力も戻ってくるのは分かっているのだが、1年のうち何カ月もダメ人間でいるのはつらい。冬の間の気力をアップする方法を教えて。
(イラスト:川崎タカオ)
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ストレスマネジメント、ハラスメント対策、うつ病を発症した社員の対応など、いま企業はメンタルヘルス対策に追われている。長年、企業の健康管理室のカウンセラーを務めてきたメンタルアップマネージャの大野萌子さんは、こうしたメンタルヘルスの対応件数には季節の波があるという。
まず、年度始まりの4月は人事異動、転勤、家族の進学など、いくつかのライフイベントが重なる季節。多忙を極めるなか解消されないストレスが溜まってゴールデンウィーク頃になると、気分の落ち込みなどメンタルの不調を訴える社員が増えてくる。いわゆる5月病だ。
その後、夏から秋にかけては、健康管理室も比較的平穏に推移するが、「11月以降になって増えてくるのが、体のだるさ、眠気、集中力の低下、うつ傾向などの訴え」(大野さん)だという。うつ病の悪化による「緊急対応」が必要になるケースも出てくる。
大野さんは、「このように冬にビジネスマンの精神的な不調が増える原因の一つに、実は“冬季うつ”という心の不調がある」と話す。
日照時間が短くなると表れる冬季うつ
冬季うつとはどのような不調なのか。クマが冬になると冬眠するように、生き物の多くは季節の動きに合わせて生きている。この季節変動をもたらすのは、主に日照時間の長短。夏は太陽が出ている時間が長く、冬は短い。人間はこうした季節変動に影響されにくい生き物だが、影響を受けやすい人もいることが分かってきた。
この「季節に敏感な人」に見られる精神症状の一つが冬季うつなのだ。広い意味でのうつ病と考えられ、季節性気分障害などと診断されることもある。「気分の落ち込み」に加え、「何事もおっくうで仕事がはかどらない」「人に会うのが面倒」といった、症状が表れるのが特徴だ。また、うつ病では通常、食欲が低下するのに対して、冬季うつでは食欲が高まる。特に炭水化物を食べたがり、結果として体重が増えることが多い。
大野さんは「冬の間、日が昇る前に出勤し、日没後に帰宅するビジネスマンも少なくない。外の景色が見える窓のないオフィスも多い。冬季うつの素因を持つ人(季節に敏感な人)が、このような太陽の光をほとんど浴びない環境で過ごすことで、精神的な不調を来している可能性がある」と指摘する。
冬季うつの典型的な症状とは
自分が冬季うつかどうかはどのように判断したらいいのか。医師は、専門機関が作成した冬季うつのチェックリストなどを基に診断するが、ここでは典型的な症状の例を挙げた(専門家が診断に用いるSeasonal Pattern Assessment Questionnaire[SPAQ]を基に、簡素化したものを編集部で作成)。以下のリストで自分に当てはまるものがあれば、冬季うつの傾向あり。さらに日常生活を「つらい」と感じているようであれば、早めに産業医、精神科、心療内科などに相談し、診断と治療を受けてほしい。
●年末が近づくと、うつっぽくなって落ち込むことが多い
●睡眠時間が夏場よりも、随分長くなった
●朝、なかなか布団から出られない
●午後、仕事中に眠くなることが増えた
●仕事・家事が集中してできない
●注意力散漫になって、うっかりミスなどが増えた
●ご飯、麺類、パンなどの炭水化物や甘い物が食べたくなる
●好きだった趣味などをしなくなった
●人づきあいを面倒に感じるようになった
●毎年、4月頃になると精神的に楽になる
積極的に光を浴び、バランスのよい食事を
精神科や心療内科では、冬季うつ患者に対して薬物治療も行うが、重要なのは生活改善だ。まずは1日1時間程度、太陽の光を浴びること。光は、脳内の神経伝達物質の一つである「セロトニン」の合成量を増やしてくれる働きがある。セロトニンは、気分の波や食欲をコントロールする働きがあるため、冬季うつの症状改善とも深く関連している。
このとき漫然と日光浴をするのではなく、明るい光を目で見ることが大切だ。光の刺激が目を通じて脳に伝わるからだ。もちろん、太陽を直視するのは目に悪い、午前中からお昼にかけて、晴れた日の明るい空や景色を意識して見るようにしよう。大野さんは「ビジネスマンの例では、昼の休憩時間にジョギングなどの運動をしている人は冬季うつになりにくい傾向がある。景色を楽しみながらの散歩もお勧めだ」と話している。
また、セロトニンを合成する原料となるのが、必須アミノ酸のトリプトファン。トリプトファンが足りないと、光を浴びても効果が得られにくい。トリプトファンは、普通に食事をとっていれば、不足する心配はほとんどない。だが、冬季うつの人は炭水化物に偏った食事をとりがちなので、摂取量が足りなくなることがある。バランスのよい食事を心掛けるともに、トリプトファンを多く含む豆類、肉類、チーズ、ナッツ類などを積極的に食べるようにするといいだろう。
また、大野さんは「肉や魚でとったトリプトファンは、炭水化物がないとうまく利用できないという報告もある。特定の食材に偏らないように注意して、バランスの良い食事を心掛けたい」とアドバイスする。
料理で五感を刺激、積極的に話す機会を
冬季うつは、いわゆる気力が限界まで失われ、ときに自殺願望を抱くような「うつ病」とは異なる。「精神的なコンディションを高めるためには、上手に体を動かしたりすることも大切だ」と大野さん。大野さんが勧めているのは「男の手料理」だ。
大野さんによると、料理は作るのに想像力を必要とするほか、触覚、味覚、嗅覚など五感が総動員される。良い意味で脳に刺激を与えてくれるという。「実際、料理をする人はうつ傾向からの回復が早い。とくに30代男性など、それまで料理をしたこともなかった男性に勧めると、それが趣味になってしまい、性格や雰囲気すら変わってしまうこともある」(大野さん)という。
良い意味で脳に刺激を与えるという意味では、話すことも大切だ。男性ビジネスマンの場合、仕事以外で他人ときちんと話す機会が少ない人が多い。とくに冬季うつの場合は、人と関わることが少なくなる傾向がある。いわゆる“引きこもり状態”になることもあり、それが症状を悪化させる悪循環をもたらす。大野さんは「一人暮らしの場合、実家の家族でも趣味のサークルでも良いので、少しでも人と話す場を設けてほしい」と話す。
4月には好転。転職の落とし穴にもご用心
冬季うつは、多くの場合、4月頃までには症状が解消される。それまでの間は上手に精神的なコンディションを高められるよう工夫してみたい。「気分が落ちたまま、3~4月の人事異動、転勤などのライフイベントを迎えると症状が長引きやすい」(大野さん)からだ。生活改善を試みても症状が改善しない場合は、産業医などに早めに相談しよう。
また、この季節「こんなにつらいのは仕事が自分に向いていないからだ」と早合点しないことも大切だ。例年、2月に入れば人事異動の方針が決まり、「中途採用」など求人活動も活発化する。一時的な感情で転職の誘いに乗って失敗するケースも少なくない。まずは、自分自身の「冬季うつ」としっかり向き合うことが大切だ。
大野萌子(おおの もえこ)さん
メンタルアップマネージャ、日本メンタルアップ支援機構 代表理事

法政大学を卒業。企業内の健康管理カウンセラーとして18年の現場経験があり、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。現在は防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで年間120件以上の講演・研修を行う。著書に『「かまってちゃん」社員の上手なかまい方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。
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