誰が「有害なリーダー」を生み出すのか?

 米クレアモント大学院大学のドラッカー・スクールMBAで私が「リーダーシップ」を学んだ恩師の一人に、ジーン・リップマン・ブルーメン教授がいます。カーター大統領のアドバイザーも務めた彼女の研究テーマの一つは、「The allure of toxic leaders(有害なリーダーの魅惑)」でした。人が本能的に「有害なリーダー」に魅了され、ひきつけられていく心理状態と社会的背景、またそのリスクを伝えるリップマン・ブルーメン教授の授業は、私にとって忘れられないものの一つになりました。

 どのリーダーが「有害」で誰がそうでないのか、という判断はもちろん読者の皆さんにお任せします。しかし、世の中には、人々を幸福な結果に導くリーダーと、一時的には人々の心を鷲掴みにして熱狂させても、求めていたような結果が出せない、場合によっては当初より悪い状態にしてしまうリーダーもいます。結果以上に深刻なのは、「大衆の心を支配し、その人たち自身が自ら思考し、生産的に行動する活力を奪う」ことです。

 有害なリーダーは、「耳触りの良い言葉」で私たちに語りかけてきます。「悪いのはあいつらだ」「私を支持してくれれば、生活を良くする」「こうすれば、あなたの不安はなくなるだろう」……といった具合です。不安と恐怖を感じる人ほど、その魅惑の虜になり、理性的というより感情的にリーダーを頼り、従うことになります。すなわち、独裁的で有害なリーダーを生み出しているのは、他でもない私たち自身でもあるのです。政治でも企業でも、それは同様です。

 「Populist (ポピュリズム政治家) 」の反対語は、「Statesman(公正な政治家)」だと言われます。「Statesman」は、ポピュリズム政治家と違い、大衆自身にも、自助努力によって自己変革することを求めます。

"Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country."

「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何を成すことができるのかを問うて欲しい。」

(第35代アメリカ合衆国大統領 John F. Kennedy ジョン・F・ケネディ)

 このケネディの言葉は有名ですね。公正な政治家は、耳触りの悪いことでも国民に率直に伝え、痛みを伴う自己変革のエネルギーを引き出す努力をします。

「ポピュリズム」と「民主主義」

 昨今頻繁に言われる「ポピュリズム」が、そのまま「民主主義」を阻害するというわけではありません。その国の状況や、ポピュリズムという手法が使われる意図、目的によります。詳細は専門書に譲りますが、抑圧的な政治体制を打破するために、ポピュリズムという方法が正当に活用された場合も当然あります。したがい、「ポピュリズム」そのものが悪い、ということではありません。その手法が「結果」としてどのような影響を人々に及ぼすか、を冷静に判断する必要があります。

 そのような観点から見ても、今日、世界各地で起きている「ポピュリズム政治」によって、民主主義的な話し合い、相互理解、対話の自由が奪われていることは間違いありません。特定のリーダーの思想や影響力に支配された民衆が、人種や価値観が異なる相手に容赦なく憎悪を剥き出しにしています。これは「民主主義」よりも「全体主義」を彷彿とさせます。様々な価値観を受け入れながら、考え方が異なる人とも対話する姿勢を持ち続ける民主主義の精神とは真逆です。

ドラッカーが一貫して掲げた理想「自由で、機能する社会」 

 ピーター・ドラッカーは、青年期にヒトラーの政治的手法に代表されるファシズムを体験します。全体主義によって人間や社会が瞬く間に変容してしまうのを目の当たりにしました。この原体験が、彼を「マネジメント」の研究に向かわせます。

「われわれは、人間の本質および 社会の目的についての新しい理念を基盤として、 自由で機能する社会をつくりあげなければならない。」

(ドラッカー「産業人の未来」)

 「ファシズムが二度と出現しないように、できる限り早く新しい自由な産業社会を作る必要がある。そして、その社会を作るのは、政府や政治家や官僚ではなく、『企業経営者(マネジメント)』だ」と若きドラッカーは提言しました。経営やマネジメントこそが、自由で機能する社会を築く上で不可欠な条件だと確信したからです。ここに、多くの人が注目し、General Motors(GM)の副社長から同社を調査研究する依頼を受けることになり、ドラッカーのマネジメントの世界への入り口が開かれました。

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