後輩:人が辞めちゃうから、残っている社員にどんどんしわ寄せが来て、業務の負荷が上がるけど、時間はかけられないって感じで完全パンク状態。だから、また人が体調壊したり、辞めてしまったりするらしいです。

先輩:なんだそりゃ。『生産的』どころか『破壊的』じゃないか・・笑えないな。

後輩:数字だけで『生産性』語ると、そうなっちゃうんですよね、どの会社も。『生産性』についてもっとわかりやすい、本質的な解説とかってないんですかね。

先輩:んー。あんまり見たことはないな・・。

ドラッカーは「生産性」についてどう語るだろう?

 ドラッカーがもし今日生きていて、この「生産性とは何か」について問われたら、こんなことを語るのではないかと私は思います。

「生産性とは何か。それは、事業の目的である『顧客が喜んで購入したい価値』の高め方を全員で考え抜き、それに貢献しない業務、時間、コストを徹底的に排除する勇気のことである」

 ドラッカーは、事業の目的は、「顧客の創造」だと言いました。ここでいう顧客とは、自社の製品やサービスを喜んで購入してくれる「ファン」「得意客」「ひいき客」のことです。つまり、それらの顧客が喜んで購入してくれる価値にメンバーの目的を集中して、それ以外のものを削減していくことが、会社における生産性向上の最も本質的な定義と言えるのではないでしょうか。

 そしてもう一つ、ドラッカーは、こうも語る気がします。

「知識労働時代の『生産性』とは、主に、人の『外』のものを作り出すプロセスよりも、『内』側にあるものから価値を生み出すプロセスに関わるものである。肉体労働時代のそれとは意味が異なる」

 本コラムの第1回でも触れたように、私たちは、「知識資本の時代」に生きる「知識労働者」です。顧客と接する仕事であれ、社内のスタッフ部門の仕事であれ、製造現場の仕事であれ、人々の持つ専門知識、面白いアイディア、チームから生まれる良質な知恵など「内なる資源」から価値が生まれる時代です。知識や知恵という資源は目に見えません。だからこそ、コミュニケーションを通じて意図や意思を共有することが不可欠なのです。本来、そういった意思疎通には時間をしっかり取るべきなのですが、それをも削って、目に見える数字目標だけで生産性向上を目指せば、目的は共有されず、チームはバラバラに動き、助け合いや協力も生まれなくなり、結果として数字も低下するはずです。

「何を『生産』したいのか?」という問い

 おそらく、ドラッカーは最初にこう語るはずです。

「生産性の議論で最初に大事になるのは、『我々が、最も生産したいこと、生み出したいことは、一体何か?』という問いである」

 「生産性の向上」とは、「投資対効果を高めること」とも言われます。これは、よく言われる「Return(成果、効果)on Investment(投資)」、すなわち「ROI」という言葉で表される発想から来ています。そして、多くの組織で「R÷I」のうちの分母の「I」、すなわちかける時間、手間、お金を削ることばかりに意識が向けられています。「同じリターンを生むのに投資するインベストメント(時間やコスト)をなるべく最小に抑えよう」という考え方です。