どの会社でも頻繁に使われている「生産性」という言葉。「分かったようで、よく分からない」言葉の代表格かもしれません。ドラッカーが今日ここにいたら、「生産性」についてどう考え、どう語るでしょうか。
まず、ある企業の先輩社員と後輩社員の居酒屋での会話を見てみましょう。
先輩:会議、外出、資料作成、メール返信、日報・・あっという間に1日が終わるな。
後輩:ほぼ毎日、業務でいっぱいいっぱいの状態ですけど、『充実感』というか『達成感』が何故か感じられないですよね。
先輩:とにかく、生産的でない会議や作業が多すぎるんだよな。
後輩:たしかに。なんでこれやるんだっけ?みたいな作業がどんどん落ちてきますからね。
先輩:マネジメントはそんな状態なのに、『時間をかけるな』『早く帰れ』『生産性を意識しろ』って言うばっかりだし。
後輩:最近、『時間を早く切り上げられれば良い』みたいな風潮すらありますよね。
先輩:生産性っていうけど、結局のところ今の仕事の何が問題で、どう変えていけばいいのか、っていう重要なところが全然共有されていないんだよな。
後輩:ですよね・・。結局、『生産性』って何だと思います?
先輩:ん?
後輩:いや、うちの会社みたいなサービス業で『生産性、生産性』って言われても、なんかしっくり来ないというか。別に工場とかで働いているわけでも、モノを生産しているわけでもないから、『生産性」って言われてもピンと来ていない人ってぶっちゃけ多いと思うんですよ。
先輩:まあ、俺らは営業だから、結局は数字でしょ。どれだけの結果数字を、手間を極力かけずに作っていけるか、が簡単に言うと『生産性』なんじゃない?
後輩:やっぱり結局は、数字なんですかね。でも、うちの兄貴の勤めている会社とかは、数字はなんとか伸ばして前年対比で増収増益を維持しているらしいんですけど、離職率が半端ないみたいです。
先輩:そうなんだ・・。
後輩:人が辞めちゃうから、残っている社員にどんどんしわ寄せが来て、業務の負荷が上がるけど、時間はかけられないって感じで完全パンク状態。だから、また人が体調壊したり、辞めてしまったりするらしいです。
先輩:なんだそりゃ。『生産的』どころか『破壊的』じゃないか・・笑えないな。
後輩:数字だけで『生産性』語ると、そうなっちゃうんですよね、どの会社も。『生産性』についてもっとわかりやすい、本質的な解説とかってないんですかね。
先輩:んー。あんまり見たことはないな・・。
ドラッカーは「生産性」についてどう語るだろう?
ドラッカーがもし今日生きていて、この「生産性とは何か」について問われたら、こんなことを語るのではないかと私は思います。
「生産性とは何か。それは、事業の目的である『顧客が喜んで購入したい価値』の高め方を全員で考え抜き、それに貢献しない業務、時間、コストを徹底的に排除する勇気のことである」
ドラッカーは、事業の目的は、「顧客の創造」だと言いました。ここでいう顧客とは、自社の製品やサービスを喜んで購入してくれる「ファン」「得意客」「ひいき客」のことです。つまり、それらの顧客が喜んで購入してくれる価値にメンバーの目的を集中して、それ以外のものを削減していくことが、会社における生産性向上の最も本質的な定義と言えるのではないでしょうか。
そしてもう一つ、ドラッカーは、こうも語る気がします。
「知識労働時代の『生産性』とは、主に、人の『外』のものを作り出すプロセスよりも、『内』側にあるものから価値を生み出すプロセスに関わるものである。肉体労働時代のそれとは意味が異なる」
本コラムの第1回でも触れたように、私たちは、「知識資本の時代」に生きる「知識労働者」です。顧客と接する仕事であれ、社内のスタッフ部門の仕事であれ、製造現場の仕事であれ、人々の持つ専門知識、面白いアイディア、チームから生まれる良質な知恵など「内なる資源」から価値が生まれる時代です。知識や知恵という資源は目に見えません。だからこそ、コミュニケーションを通じて意図や意思を共有することが不可欠なのです。本来、そういった意思疎通には時間をしっかり取るべきなのですが、それをも削って、目に見える数字目標だけで生産性向上を目指せば、目的は共有されず、チームはバラバラに動き、助け合いや協力も生まれなくなり、結果として数字も低下するはずです。
「何を『生産』したいのか?」という問い
おそらく、ドラッカーは最初にこう語るはずです。
「生産性の議論で最初に大事になるのは、『我々が、最も生産したいこと、生み出したいことは、一体何か?』という問いである」
「生産性の向上」とは、「投資対効果を高めること」とも言われます。これは、よく言われる「Return(成果、効果)on Investment(投資)」、すなわち「ROI」という言葉で表される発想から来ています。そして、多くの組織で「R÷I」のうちの分母の「I」、すなわちかける時間、手間、お金を削ることばかりに意識が向けられています。「同じリターンを生むのに投資するインベストメント(時間やコスト)をなるべく最小に抑えよう」という考え方です。
しかし、これは古くからある「モノづくりにおける生産性向上」的な発想から、抜けられていないパターンです。すなわち、「リターン(成果)」がある程度明確にできていた時代の発想から、抜けられていないのです。今問うべき「生産性」の主題は、むしろ分子の「我々が生み出したいリターンは何か?」です。
「私たちが事業で最も自信を持って提供したい『価値』は何だろうか?」
「この仕事は、どんなリターン(つまり、顧客にとっての価値)につながるものだろう?」
という観点で上司も部下も徹底して話し合って、目指すリターンを再定義してみてはどうでしょうか。最初から結論がバシッと一致しなくても構いません。むしろ、「こんなにイメージがずれているのか」と気づくことになるかもしれません。いずれにせよ、話し合い、少しずつ「目指すもの」の認識を合わせていくことが大切です。
目指すリターン、すなわち生み出したいものを話しあっていけば、おのずと実施する仕事(インベストメント)も変わってきます。そうすれば、
「そもそも、我々の目指す目的、生み出したい価値を考えると、この業務は、もう必要ないのでは?」
「この会議をやっていても、欲しいリターンは得られないのでは?方法を変えよう」
という発想が生まれ、結果、本当の意味で「(価値を)生産する」仕事に変わっていくはずです。
職場では、具体的に何を生み出していくのか?
「私たちは、日々の業務で、削減する、少なくすることにばかり気を取られがちです。仕事の中で、『もっと何かを生み出す』ことを目指すとすれば、具体的にはどんなことが生み出されると良いでしょうか?」
仮に、ドラッカーにこのようなストレートな問いをぶつけたとしたら、以下のような答えが返ってくる気がします。
「今日の、知識を主体としたビジネス環境で、職場で特に『生産』されるべきものは、以下の5つである。
- 顧客が購買したい価値を生む、社員の新しい「アイディア」
- 新しいアイディアを実行する「意思決定」
- 顧客にとっての価値につながる、充実した「仕事」
- これらが満たされることによる社員の高い「モチベーション」
- 上記の結果としての、過去より改善された「業績」
いかに数字が上がっていようと、これらが生産されていないとしたら、その組織のマネジメントは正しい方向に向かっているとは言えない」
「生産性」を高めるための条件
生産性を高めるための「条件」があるとすれば、それは何でしょうか。ドラッカーは、著書の中で、このようなことを言っています。
「成果を上げるための秘訣を一つ上げるならば、それは集中である。時間と労力と資源を集中するほど、実際にやれる仕事の数と種類が多くなる」
(「経営者の条件」)
「並の分野での能力の向上に無駄な時間を使うことをやめることである。強みに集中すべきである。無能を並みの水準にするためには、一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーを必要とする」
(「明日を支配するもの」)
何かを新たに生み出していく上で、ドラッカーがもっとも重視していたのが、「集中する」ということでした。すなわち、自分がエネルギーを注ぐべき対象を明らかにして、そこにパワーと情熱を傾けることで価値の高いものが生み出される、という考え方です。当たり前のことのようですが、私たちは日々の職場において、「広く、満遍なく手を出す」ことをしがちで、この「集中」ということを忘れがちな気がします。
この「集中」「注力」という観点から、もしドラッカーが「生産性を高めていくための条件」を問われたとすれば、以下のように答えると私は思います。
「生産性を上げるには、以下の四つの条件が必要である。
- 得たい「成果」をイメージし、そのために「最も重要なこと」に集中する
- 自分の「強み」「長所」に集中して、それを活用する
- 「自分が最も貢献できること」を常に考え、意識する
- 上記をメンバーで共有することにより、「関係性」「チームワーク」を向上させる」
重要な目的を共有し、それぞれが強みを発揮し、全体目的にもっとも貢献できる役割に集中することで、結果として職場の人間関係は「生産的」なものになっていく、というのがドラッカーの考え方です。
誰が、「生産性」を高める責任を負うのか?
最後に、いったい誰がこの「職場の生産性」という課題にもっとも責任を持つべきなのでしょうか。おそらく、ドラッカーはこう答えるはずです。
「知識労働者の仕事の生産性に、誰よりも責任を持つべきは、知識労働者自身である。自ら目的を持ち、自らできる意思決定を個々の知識労働者が行っていかなければ、変化の激しい環境で企業は成長できない。マネジャーにできることは、生産性の向上に自ら責任意識を持つ人たちを束ねて、成果につながるやりがいの高い仕事を与え、チーム全体が向かうべき方向を示し、率いていくことである」
ドラッカーの考え方をヒントにすれば、私たち自らがリーダーシップを発揮して、生産性を高める責任を担い、仕事自体を面白く、エキサイティングなものに変えることができます。それこそが、ドラッカーが今日のビジネスパーソンに伝えたい、最も重要なメッセージであるはずです。
(第2回 終わり)
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