ドラッカーは「働き方改革」についてどう助言するだろう?

 子供の純粋な質問は、私たちに本質を気づかせてくれます。誤解を恐れずに言えば、ドラッカーは、相手が誰であろうと「子供のようなシンプルな質問」を投げかけて、相手が自分自身で考え、答えを出すことができるよう手助けする人でした。

 上記の子供とのやり取りの意味は後ほど書くとして、もし、ドラッカーが日本企業の「働き方改革」を観察したら、おそらくこんなことを言うような気がします。

 「この改革は、必然であり、必要不可欠だ。むしろ、遅すぎるくらいだ」

 と。また、このようなことも言うのではないでしょうか。

「製造業を中心とした高度経済成長期に大躍進を遂げた日本企業の多くが、『知識労働のマネジメント』の時代へと舵を切れていない。『働き方改革』の目指すべき本質はそこにある。知識労働者は、指示や命令、管理では動かない。彼/彼女らは知識という生産手段を携行し、組織内外を自由に移動でき、自ら意思決定をして成果を生み出す。これを機に知識労働者のマネジメントに舵を切ることができれば、働き方改革は成功する。それができなければ、これまでも再三経験したような、『キャンペーン』に終わるだろう」

 今、「働き方改革」でメスが入れられていることの多くが、高度経済成長期に日本企業が作り上げた「過去の成功モデル」です。「年功序列による昇進」「長い労働時間(を美徳とする文化)」「上意下達型の指示、管理スタイル」などです。

 あらかじめ決められた仕組み、やり方で、「モノ」を生産してきた時代に成功したマネジメントを、そのやり方に慣れた指導者たちが、大きく変えようとせずに続けてきました。その結果、ダイナミックに変化する世界の企業との間に差ができてしまっている、というのが現状ではないでしょうか。

 そういう意味では、「働き方改革」には意義が大いにあるはずです。しかしここで、もしドラッカーが「警鐘」を鳴らすとすれば、という観点でも考えてみましょう。