
管理職の方に「マネジメントに関する課題認識」を聞いてみると、回答として最も多いものの一つが「コミュニケーション」です。「部下ともっとコミュニケーションをとらなくては」「部署間のコミュニケーションの壁を取り除かなくては」など、表現は様々ですが、多くのマネジャーが「コミュニケーション」について何かを変えたいと悩んでいるのは間違いありません。
しかし、「コミュニケーション」という言葉の背景にはもっと深いテーマがありそうです。このコミュニケーションという課題にマネジャーはどう向き合うべきなのでしょうか。どうすれば、職場のコミュニケーションは改善して行くのでしょうか。今回も、ドラッカーの見方や考え方を手かがりに、この「コミュニケーション」の本質を一緒に探っていきましょう。
まずは、ある会社の同期2名の会話から見ていきます。
(会社の同期で、ともに40代前半のAさん、Bさんの会話)
同期A:「最近仕事の方はどうだ?」
同期B:「いやー、むちゃくちゃ忙しいよ。仕事は増えているのに、労働時間は短くしろ、という流れだからな。」
同期A:「どの部署も似た感じだな。メンバーとゆっくりコミュニケーションをとる時間もないよな。」
同期B:「そう、今の俺の悩みはそれ。こないだの360度評価サーベイでも、『部下とのコミュニケーション』のスコアが突出して低くてさ。人事からも注意されたよ。普段の会話はそこそこできていると思っているんだけどな。」
同期A: 「ああ、サーベイの『コミュニケーション』の点は俺もたしかに悪かった。」
同期B:「正直、分からないんだよね。『コミュニケーション』を良くするって、どうやるんだろうな。」
同期A: 「あ、それ、こないだ大学の同期でコンサルタントをやっている奴と飲んだときに同じ話ししたよ。そいつは、はっきりした答えを言ってくれなかったんだけど、『コミュニケーション』という言葉の定義が曖昧すぎるから、どの組織でもうまくいかない、みたいなこと言っていたな。」
同期B:「確かに、『コミュニケーション』って悩むわりに、その本当の意味とかって考えたことないな。」
同期A: 「そうだな。まずそこからじっくり考えてみると、このモヤモヤが少し晴れそうな気がするな。」
「コミュニケーション」とは何か?
コミュニケーションとは何でしょうか。マネジメント研修やコンサルティングの場で社員の方に質問しても、定義を明確に語れる人は殆どいません。にもかかわらず、この曖昧な言葉に多くの多忙なマネジャーが悩まされています。
コミュニケーションは、会話や対話のことではありません。会話は「カンバセーション(Conversation)」であり、対話は「ダイアログ(Dialogue)」です。つまり、「コミュニケーションが足りていない」と言われる場合に、それを対話や会話が不足していると安易に解釈すると、課題の本質からずれてしまいます。そもそも、会話や対話を増やすといっても時間的にも限界があります。
様々な企業・組織と関わってきたことで、私はシンプルな定義にたどり着きました。それは、
「コミュニケーションとは、意思疎通である」
ということです。
コミュニケーションができている、できていない、というのは、会話ができているとか、話し合いの場が持てているということ「だけ」ではありません。それらも要素としてもちろん必要ですが、最も大切なのは「意思の疎通ができているか」どうかです。実際、特段会話の量が多くない組織でも、「しっかり意思疎通ができているな」と感心する組織は沢山あります。事業目的や使命、達成したい具体的なゴール、大切にしたい価値観などがぶれずに、繰り返し語られているような会社に多いです。逆に、会話の量や場は意識的に増やしていても、意思疎通ができていないと感じる組織もあります。
会社において「意思疎通」がうまく行っていないというのは深刻な状態です。会社はそもそも、目的に向かって意思を伝え合い、生産的に関わりあって働く前提で人が集まり、組織を作っているからです。コミュニケーションがうまくいっていないというのは、意思の疎通がうまくいっていない、すなわち会社の大前提が崩れているということです。
「組織において、コミュニケーションは単なる手段ではない。それは組織のあり方そのものである。」
(ドラッカー「マネジメント」)
ドラッカーのこの言葉の意味に、今こそ向き合いたいところです。
部下とのコミュニケーションがうまくいっていない上司の特徴
「部下とコミュニケーションがうまく取れていない」と言われる上司やマネジャーには共通する特徴があります。以下の三つは、とりわけ目立つ共通点ではないでしょうか。
- 「話しかけないでほしい」オーラが出やすい
- 話が長い上に、要点がわかりにくい
- 聞き手の視点に立てない
①に当てはまる人は、「人とのコミュニケーション(意思疎通)よりも今重要なことが他にある」と自分にも周囲の人にも発信しています。細かいことをいえば、姿勢が悪い人、不機嫌そうに見える人も要注意です。自分で感じる以上に、部下からみると「話しかけにくい、相談しにくい」という雰囲気を醸し出しています。おそらくサーベイで「コミュニケーション」について低いスコアが出る人は、この点が大きなネックになっているはずです。
②も組織でよく目撃します。先日もある会社で、「仕事の効率、スピードについて厳しく言ってくる上司がいる。しかし、その上司に朝つかまって説教をされると、最低1時間は説教が続く。それこそが仕事の時間を食ってしまっている」という話がありました。これは極端ですが、多くの上司、マネジャーを見ていて残念に思うのは、とにかく「話が長い」ということです。逆にコミュニケーションが上手いと言われる人ほど、自分自身は長く話さず、聞く役割に徹しています。共有したい「意図」「要点」が絞り込まれているから、自分の話を短くして相手の反応を引き出すことに時間を割けているのです。
「相手が話についていけていない」ことに気づかずに話し続けることも大問題です。それが、③の「聞き手の視点に立てない」ということです。コミュニケーションの目的は上司が演説をすることではなく、意思疎通です。であるならば、「相手は今、この話をどう聞いているか。相手の受け皿に合わせて自分は話せているか」に常に留意する必要があります。
コミュニケーションの成否を決めるのは、受け手
ドラッカーはこう言っています。
「コミュニケーションを成立させるものは、受け手である。コミュニケーションの内容を発する者、すなわちコミュニケーターではない。彼らは発するだけである。聞くものがいなければ、コミュニケーションは成立しない。意味のない音波しかない。」
(ドラッカー「マネジメント」)
私自身、この言葉を読んだ時に、自分のコミュニケーションについての考え方を根本から変えようと誓いました。ドラッカーは、著書の中で、「無人の山中で木が倒れたら、音はするか?」という問いも投げかけています。木が倒れる音ですらも、聞き手がいて初めて認識されます。コミュニケーションは、受け手がそのメッセージを、そこに込められた意思を、受け取って初めて成立します。発し手の側がその成否の鍵を握っているのです。
「コミケーションとは要求であり、期待であり、知覚である。そしてコミュニケーションとは情報ではない。」
「コミュニケーションと情報は別物である。ただし依存関係にある。コミュニケーションは知覚の対象であり、情報は論理の対象である。」
(いずれも、ドラッカー「マネジメント」)
ドラッカーの上の言葉も有名で、コミュニケーションの4原則と呼ばれます。多くのリーダーに「コミュニケーション」に関して重要な示唆を与えました。つまり、受け手が求めていること、そのコミュニケーションの場から期待していること、そして何より、コミュニケーションの結果「知覚」したこと、に注意を払わなければ、コミュニケーションは成り立たないということです。さらに、コミュニケーションを「情報」と混同してはいけないと言います。
私たちは、「情報」を資料の形で一方的に示すことで、あるいはメールなどで情報を送ることでコミュニケーションした気になりがちです。しかし、それを受け手が「知覚」して理解されなければ、コミュニケーションとは言えません。
「受け手が期待しているものを知ることなく、コミュニケーションを行うことはできない。期待するものを知って、初めてその期待を利用することができる」
(ドラッカー「マネジメント」)
コミュニケーションをする上で、相手の「期待」を察知しなければいけない、というのも重要なヒントを与えてくれます。たしかに、
「自分の意見を聞いてもらえる場だと思ったら、結局一方的に叱責された」
「上司と話し合うことでモチベーションが高まることを期待していたら、逆に心くじかれた」
といった話もよく聞きます。コミュニケーションの「受け手」がそのコミュニケーションからどんなことを期待しているのかに我々はもっと敏感になるべきです。人の期待を理解してこそ、その期待を活用してコミュニケーションの成果をポジティブなものにできます。
人と人が関わりあって意思疎通するのが組織の本分だとすれば、職場における一瞬一瞬のコミュニケーションの質が、現在と未来の会社そのものを作り上げています。だからこそ、ドラッカーはコミュニケーションを「組織のあり方そのもの」だと言っているのでしょう。
部下が上司との「コミュニケーション」に満足する条件
少し違う視点でも見てみましょう。そもそも、人間はものすごくコミュニケーションを欲する生き物です。性格によって程度の差こそあれ、人は「コミュニケーション」に対してとても要求が高い。つまり、なかなか満足しないものです。
そう考えると、「コミュニケーション」に社員が満足する状態とはどのようなものか、というのが気になります。この問いに関心を持った私は、多くの方と対話する中で、「上司とのコミュニケーションに社員が満足する」背景に以下の四つの「安心感」があることに気づきました。
〈部下が上司とのコミュニケーションに満足感を感じる条件〉
- いつでも相談に乗ってもらえる安心感がある
- 自分の長所、強み、資質を認めてくれている安心感がある
- 自分の意見や考えを聞いてもらった(もらえる)という安心感がある
- 組織や上司の意思と目的が自分に知らされている安心感がある
「心理的安全性」という言葉が最近注目を集めています。コミュニケーションに関する満足度もこの「安全性」「安心感」と密接に繋がっているようです。上司との間で「意思が疎通できている」という安心感が、コミュニケーションに関する満足感を生み出します。
コミュニケーションを良くするというのは、終わりのない、果てしない試みのように感じます。しかし、このように「部下が上司とのコミュニケーションに満足を感じるとしたらどういう状態だろう」というゴールから考えてみることで、ヒントが見えるはずです。もちろん、上記四つ以外にも要因があるかもしれません。ぜひ、みなさんが独自に付け加えていってください。
意見がぶつかり合っても良い
私は企業で「コミュニケーションは人間の身体で言えば血流と一緒です」とお伝えしています。仮に体の血流を止めてしまうと、その部位の周りは青黒く鬱血し、そこから深刻な不具合が生じます。会社も一緒です。誰かと誰か(部署と部署)の間でコミュニケーションが断絶してしまうと、そこからネガティブな感情が溢れ出てきます。
プライベートでも、友人としばらく連絡をとっていないと、なぜかネガティブな発想と感情が生まれてくることはないでしょうか。「自分は嫌われているのではないか?」「自分の言動で怒らせたのではないか?」「なぜ向こうも連絡を一切よこさないのか?」といった無意味な自問から始まり、「相手のあの点をそもそも自分は認めていなかった」「嫌われる筋合いなんかない」となぜか自己防衛まで始まります。
同様のことが組織で起きるとさらに厄介です。「鬱血」箇所の周りにネガティブな感情が伝わって行くからです。人と人とのコミュニケーションが停滞すると、対立の溝が深くなっていくのはよくあることです。
だからこそ、意思疎通をするための前段として、「まずは(短時間でも)会って、率直に対話をする」というのは重要なことです。昨今、「1 on 1(ワンオンワン)」と呼ばれる上長と部下の1対1の対話の重要性が見直されていることは理にかなっています。最初から「同意」をすることを目指す必要はありません。対話をして部下の話に耳を傾ければ、「自分とこんなに違う考え方をしているのか」「部下の目線からはこう見えてしまっていたのか」と驚くことも多いでしょう。けれど、その「視点のズレ」に気づくことも、コミュニケーションの重要な第一歩目の成果です。ドラッカーもこう言っています。
「同じ事実を違ったように見ていることを互いに知ること自体が、コミュニケーションである。」
(ドラッカー 「マネジメント」)
部下とのコミュニケーションをよくするために、すぐに実行したいこと
部下とのコミュニケーションをよくするための具体的なヒントを6つに集約しました。私の知るコミュニケーション力に長けたリーダーの習慣も参考にしています。
〈部下とのコミュニケーションを良くするための具体策〉
1. 部下(相手)とのコミュニケーション時間をスケジュールに「組み込む」こと
コミュニケーションは後回しにされやすいものです。しかし、コミュニケーションが崩壊すると再生することが難しいことも事実です。普段から部下の前では極力相談を受けやすい雰囲気をつくることは勿論のこと、仮にそれができなくても、コミュニケーションする時間をスケジュール表の上に必ず明記し、部下にもそれを伝え、なるべくそのスケジュールを変更しないように努めましょう。この姿勢が、何より、上長がコミュニケーションを重視しているという意思表示にもなります。
2. コミュニケーションでは特に「仕事の進捗」にフォーカスを当てること
部下にとって最も重要なのは、自分に任された仕事の進捗と評価です。プライベートや趣味の話はあくまで序章。コミュニケーションの主要テーマは、「仕事の目的」「仕事の進め方」「仕事の進捗と成果」に関する意思疎通と相談にあてるのが最も生産的で、部下との信頼関係向上にも寄与します。
3.部下の強みや長所を認め、褒め、労う言葉を用意しておくこと
部下は「コミュニケーション」への期待の中に多かれ少なかれ「自分を認めて欲しい」という期待を持っています。部下の長所や仕事ぶりを褒めたり、労ったりする言葉を伝えるだけで、それがコミュニケーションの潤滑油にもなります。これは、その場ではすぐに思いつかない場合もあるので、部下の仕事ぶりや長所について伝えたいメッセージを普段から考えておく習慣をつけたいところです。
4. 部下に最も伝えたい目的や意図を、わかりやすい言葉にしておくこと
上記のとおり「長く話せば話すほど」伝えたいことは伝わらなくなります。「要は、各々の部下に自分が最も伝えたいことは何だろう?」と自問し、相手に伝わりやすい簡潔な言葉、事例、根拠を考えて言葉にし、コミュニケーションの場に備えておくことが大切です。
5. 部下が受け取れているかどうかに留意しながら伝え、聞くこと
コミュニケーションの成否を決めるのは「受け手」です。相手に伝わっていなければ、単に音が流れているだけの無駄な時間です。「相手が受け取れているか」「相手はどう感じているか」を意識しながら伝え、そして相手の反応を引き出しながらコミュニケーションしましょう。
6. これらを自身の「仕事」に組み込み、質を高める為に練習し続けること
コミュニケーションは、「練習」によって上達します。幸い、練習の成果を試せる場は社内にいくらでもあります。マネジメント以外に、実務者として業務を回す際にも、そこには必ずコミュニケーションが必要で、格好の練習の場になるはずです。ここに書かれた具体的なプロセスを活用して、練習してみてください。スポーツと同様に、コミュニケーションも訓練次第で必ず上達します。
最後に~「言葉にされないこと」に耳を傾ける
多くの人に読まれている名著「経営者の条件」の中で、ドラッカーは「成果を上げる人に共通する8つの習慣」を明記しています。その8つに追加して、「おまけ」として記載されている原則が、
「聞け、話すな(Listen first, speak last)」
(ドラッカー「経営者の条件」)
です。これは、「おまけ」として追加されたものですが、ドラッカー本人は、「あまりに重要なので、原則に格上げしたいくらいだ」とも言っています。
コミュニケーションを成立させるためには、まず、相手の考えを「聞く」ことから始める必要があります。聞くためには、自らが話すのを勇気を持って止めなければなりません。話すのをやめて相手の言葉、言いたいこと、その背景にある事情に思いを巡らせると、自分が一方的に伝える場合の何倍もの重要な情報を交換することができます。自分が話すのは最後で良いのです。
もう一つ、ドラッカーが語った言葉をご紹介して終わります。
「The most important thing in communication is hearing what isn’t said. (コミュニケーションで最も大事なことは、言葉にされないことに耳を傾けることだ)」
言葉にして言いにくいことにこそ、大きな変革につながるヒントが隠されているものです。それに耳を傾けていきましょう。
コミュニケーションへの向き合い方を少しずつでも変えることで、職場の雰囲気も、人のモチベーションも、生産性も、大きく変わります。ここに書かれたことを一つでも二つでも実践して、コミュニケーションの質が変化するのを実感していただきたいです。
(第9回 終わり)
当初、記事中の記述が「部下が上司とのコミュニケーションを感じるとしたらどういう状態だろう」となっていましたが、「部下が上司とのコミュニケーションに満足を感じるとしたらどういう状態だろう」に改めました。記事は修正済みです。 [2018/9/6 12:05]
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