「情報技術」の劇的な進化や昨今の「働き方改革」で、私たちの仕事を取り巻く環境は随分変化しました。スマートフォンやタブレット端末を片手に、自分の知識と知恵とアイディアをフル活用して仕事を進める人たちが世の中に溢れています。自宅でも、外出先でも、自分の知的資源を生かして仕事を進め、価値を生産し、対価を得るその姿は、まさにピーター・ドラッカーが数十年前に予見した「知識労働者(ナレッジワーカー)の社会」そのものです。
一方、仕事が自動化・効率化・高速化される中で、ますます我々にとっての「仕事」が一体何かが見えなくなってもいます。現代を生きる私たちは「仕事」をどう捉えていくべきなのでしょうか。今回もドラッカーの考え方をヒントに、一緒に探っていきましょう。
(祖父(70歳代半ば)と孫(大学3年生)の会話)
祖父:「どうした、浮かない顔をして。」
孫:「就職活動がなかなかうまくいかなくてさ。もう、焦ってくるよ。」
祖父:「そうか。会社の規模や知名度にとらわれすぎないようにな。自分がやりたいことを見つけて、それをやるのが一番だから。」
孫:「そう言うけどさ。何だかんだ言って、お父さんもおじいちゃんも、有名企業に勤めているじゃない。それを見ると、やっぱり上場企業で知名度の高い会社に行きたいな、と正直思うよ。」
祖父:「我々の若い時は、大企業だから、なんてことは殆ど考えなかったよ。もちろん、規模も今よりうんと小さかった。ただ、毎日仕事をすることが楽しくて仕方なかったな。」
孫:「景気も良かったんでしょう。今と比べものにならないほど。」
祖父:「そうだったよ。新しいことにどんどん挑戦させてもらって、成功も失敗もしたけど、充実感があった。」
孫:「おじいちゃんの世代の人は、皆そう言うよね。」
祖父:「けど、最後の15年ほどかな、正直しんどかったな。重要な役職を与えてもらっていたけど、締め付けやルールがどんどん厳しくなってな。社員もイキイキ働いているように見えなくなった。会社全体として業績も上がらずに苦労したよ。」
孫:「大学の授業で出てきたけど、『失われた20年』って言われているんでしょう。」
祖父:「そうだな、まだ厳しい状況は続いている。おじいちゃんの部下や後輩たちも、本当に大変そうだ。」
孫:「そうなんだ…。でも、おじいちゃん、今はすごく楽しそうだね。よく外に出かけて人と会っているみたいだけど、今はどんなことをやっているの?」
祖父:「はは、そうだな。いや、大したことじゃないけどな。会社で長年培ってきた営業組織の作り方とか、会計数字の見方とか、商売の計画の立て方っていう知識を地域の中小企業や商店の皆さんにお伝えしているんだ。これが、意外にも好評をいただいて、講演や講座のご依頼も沢山いただいていてな。(笑)」
孫:「へえ、それはお金もらえるの?」
祖父:「ほとんどお金は頂いていないよ。交通費と、わずかな謝金を頂くことがあるくらいかな。」
孫:「えー、ニーズがあるなら、もっとお金を貰えばいいのに。ビジネスとしても大きく出来るかもしれないよ。」
祖父:「そうだな。けど今はそういう気にはならないな。何より、喜んでくれる人が目の前にいて、その人たちの役に立てている。それが実感できるのが嬉しいんだ。若い時に仕事していた時のことを思い出せるというかな。」
孫:「引退する前より元気そうだもんね。」
祖父:「そうかもな。あの時より今の方が『仕事』をやっている実感があるから不思議だよ。」
孫:「え、大企業の幹部職時代より、今の方が仕事をしている感覚があるってこと?」
祖父:「そうだな。引退前は、大量の予定と業務をたくさんこなしていた気がする。それはそれで、必死にな。けど、今は、『自分の仕事』をしている。そういう実感が心から持てるんだ。だから体全体に喜びと力が湧いてくる。」
孫:「へえ、どうしてだろう。これから仕事をする俺もそこを知りたいな。」
祖父:「結局、自分で自分の『仕事』をどう定義するのか。それにどう誠実に向き合って日々生きるか。それしかないんだよ。周りに惑わされてはいけないよ。」
孫:「自分の『仕事』をどう定義するか…。考えたこともなかったな…。」
重要な問い「What is your business?」
上記の祖父と孫の会話を読んで、皆さんは何を感じられたでしょうか? 毎日、忙しく効率的に業務を進めている方も、それがご自身にとっての本当の「仕事」だと自信を持って言える人は少ないのではないでしょうか。もちろん、「これで給料が払われているから」と言う方も多いでしょう。しかし、収入を得られることが「仕事」の条件なのでしょうか。まずは根っこから「仕事」を考えることで、私たちの働きがい、モチベーション、創造性、成長、生産性が大きく変わってきます。
ドラッカーは、ビジネスパーソンや経営者と話す時、必ずと言って良いほど、以下の問いからスタートしていました。
「What is your business? (あなたの仕事は何ですか?)」
この問いは、相手が地域の中小企業の経営者でも、病院のスタッフでも、学校の校長先生でも、営業担当者でも、もちろん大企業の経営者でも、変わることはありませんでした。かつてGEという巨大組織を率いて、名経営者と呼ばれたジャック・ウェルチ氏もその1人でした。ウェルチ氏は、自身の回顧録や講演で、このドラッカーの問いに最初に出会った時のことを再三語っています。
「世界的に著名なコンサルタント、ドラッカーとの初対談を楽しみにしていたが、最初に問われたこの問いにやや拍子抜けした。ドラッカーともあろう人が、我が社のビジネスについて知識を有していないとは…。しかし、冷静にその問いに向き合った時に気づいた。実はGEのビジネスが多角化を繰り返した結果、結局我々の仕事が、ビジネスが一体何なのか、すっかり見失っていたんだ。」
その対談で、ドラッカーはウェルチ氏にこのようにアドバイスしたと言われています。
「ワクワクドキドキしてやっている事業以外は、すべて止めたらどうだろう。ワクワクしながら、意気込みを持ってやるような仕事でなければ、お客に対して失礼だ。」
この会話をもとに、ウェルチ氏は自社が自信を持って強みを発揮できない事業、すなわち業界でトップクラスのポジションを取れない事業からは撤退することを決断しました。
GEの例はスケールが大きすぎるかもしれません。しかし、ドラッカーの「What is your business?」は私たち一人一人が常に向き合うべき問いです。日々目の前の業務や管理に忙殺され、自分の「仕事」が見えなくなっている人たちがたくさんいます。業務をこなした先に、自分が欲しい結果が得られる実感も持てない、という状況です。もちろん私自身も、忙しい時はいつもそのような状況に陥ります。そんな人に、ドラッカーは常にこうアドバイスをしてくれます。
「目先の業務から目線を上げ、その目的を考えよう。」
忙しい時ほど、目先のことへ下がった目線を一旦上に上げてみましょう。「自分の『仕事』は本来何だろうか?」「自分はどういう仕事をするためにここにいるのか?」、もっと言えば、「自分は貴重な命を使ってどんな仕事をしたいのだろう?」という問いを、目線を上げて考え直してみることです。
自分の「仕事」を感じる瞬間
私もコーチング技術を学んだ、CTI (Coaching Training Institute) ジャパン(現・株式会社ウェイクアップ)の設立者で、今はご自身で生き方や働き方に関する様々なプログラムとワークショップを手掛けられている榎本英剛さんという方がいます。榎本さんは、大手企業である株式会社リクルートを30歳の時に退職、ご自身がもともと強い関心を持っていた「仕事」というテーマを深く学ぶために米国の大学院に自費で留学されます。大手企業を退職しているので、当然収入は激減し、なんとか周りの方の協力を得ながら収入源を確保し、ご自身の研究活動に没頭されていた時、仕事について重要な気づきを得たと語られています。以下、ご著書からの抜粋です。
「サンフランシスコでの留学生活が始まってまもなく、私はある不思議な感覚が自分の中に芽生えていることに気がつきました。それは、会社を辞めて、もういわゆる『仕事』はしていないにもかかわらず、自分は今『何か重要なことをしている』という感覚です。
会社を辞めることで、仕事社会からドロップアウトしたと思っていた私にとって、この感覚は意外なものでした。どうして仕事もしていないのに、重要なことをしていると感じるのだろうか。そう自分に問いかけるうちに、私はあることに気づきました。それは、仕事とは『何か重要なことをすること』と私がとらえている、ということです。(中略)
そこで、私はこの思い込みを利用することにしました。もしも『何か重要なことをすること』が仕事であるとするなら、今こうして留学していることに『何か重要なことをしている』という感覚が自分の中にある以上、これを『仕事』ととらえることもできるのではないか。そう考えたのです。すると、その瞬間、自分の中でものすごい力が湧いてくるのを感じました。」
(榎本英剛著「本当の仕事-自分に嘘をつかない生き方・働き方」より)
私自身にも同様の経験があります。いわゆる自分の主業務ではなくても、あるいはそれ自体からは大きな「収入」が得られていない場合でも、ふと「ああ、自分は今充実した仕事ができている」と思える瞬間です。マネジャーの方であれば、悩んでいる部下の相談に真剣に乗りながら、彼らの成長を応援している時かもしれません。営業マンの方であれば、顧客を喜ばせたり助けたりするために努力し、一緒に課題に挑戦し、顧客から感謝の言葉を言ってもらった時かもしれません。
仮に対価が得られなくても同様です。自分が「これは自分自身の仕事だ」と思って没頭できれば、徐々にその仕事の価値を評価してくれる顧客が生まれ、結果として対価をしっかりといただける「仕事」になります。実際に世の中には、自分が心からやりたいと思ってやっていた情報発信や活動が、多くの人の共感を呼び、今や高収益の事業になっているという人も少なくありません。例えば、趣味で書き始めたブログやメールマガジン、ボランティアで始めた活動や教室、または社内の有志で始めた部署の垣根を超えた対話や勉強会が社内の正式な「風土改革」「人材育成」業務として認定されたというケースもあります。
「何をやりたいか」ではない?
私たちは、「自分は何をやりたいのだろうか?」と自問しがちです。しかしドラッカーは、問うべき問いはそれではないと言います。
「なされるべきことを考えることが成功の秘訣である。何をしたいかではないことに留意してほしい。これを考えないならば、いかに有能であろうと成果をあげることはできない。」
(ドラッカー「経営者の条件」)
「なされるべきこと」とは、簡単に言えば、自分が他者から求められ、且つ他者に最も貢献できることです。自分の周囲の環境を、世の中をより良くするために、周りの人をもっと幸福にするために、自分にできる「貢献」が何かということです。自分が何をやりたいのかという自分を主語にした考えではなく、周囲への最大の貢献を考えてみる。それが「自分の仕事」を考える重要なヒントになります。
「やるべきこと」とも違います。義務感ありきの発想ではありません。「自分によってなされるべきこと」を考えることは、他者に貢献でき、自分自身も充実感を感じる仕事を考えることです。
諸説ありますが、「働く」の語源は「傍(はた)を楽にする」だとも言われています。「はた」というのは他者のことです。他者の負担を軽くして、楽にしてあげる、喜ばせる、というのがもともとの「働く」の意味でした。ドラッカーの言葉も、この働くことの本来の意味を思い出させてくれます。もちろん、「自分は何をやりたいか」も重要な問いです。自分がやりたくないこと、気持ちがワクワクしないことをしても成果は上がらず、周りを助けることもできません。けれど、その「やりたいこと」以前に、「なされるべきことは何か」を考えると不思議と勇気が湧いてきます。なされるべきこととは、自分が何に命を使うのか、文字どおり「使命」を考えることに他なりません。
また、ドラッカーはこのようにも言っています。
「無数の選択肢を前にした者が答えるべき問いは、正確には、何をしたらよいかではなく、自分を使って何をしたいかである。」
(ドラッカー 「断絶の時代」)
「何をしたいか」と「自分を使って何をしたいか」の違いは何でしょうか。後者は、「自分自身という資源を最大限に生かして」何をやりたいかを考える問いです。「自分」という資源を使って何をやりたいか考えることは、自分の強みや価値観、情熱の向かう先を深く掘り下げ、自分を見つめることです。その先に「やりたいこと」を考えることで、「自分自身」と深く繋がった仕事の目的が見えてきます。
「顧客」が「仕事」を教えてくれる? 見落とされがちな「モチベーション」
多くの組織とお付き合いしていますが、共通して出てくる課題認識が「社員の主体性、モチベーションをもっと高めたい」というものです。このために、様々なコミュニケーション手法やモチベーションアップのための研修講座も開催されています。
しかし、私はいずれも「本質」ではないと感じます。社員のモチベーションややりがいが最も高まるのは、もっとシンプルなことだと気づいたからです。そのきっかけになったのが、ドラッカーのこの言葉でした。
「企業の目的として有効な定義は一つしかない。顧客の創造である。」
(ドラッカー 「現代の経営」)
顧客という言葉を辞書で引くと、「得意客」「贔屓にしてくれる客」という意味が出てきます。単に売買契約が成立した対象ではありません。もう少しわかりやすく言えば顧客とは「ファン」です。ファンを創造することが企業の目的だとドラッカーは言っています。会社に持続的な利益をもたらしてくれるのも、社員にとって豊かな雇用環境を維持してくれるのも、結果として株主への価値を高めてくれるのも、全ては「顧客(ファン)」が創造されていることが条件です。この言葉をきっかけに、組織で働く人と対話し、観察することで、私が気づいた重要なことは、
「社員であれば誰であれ、『顧客(ファン)』の創造プロセスに自分が参加できている時が最も嬉しい」
ということです。
例えば、ある会社の若手社員の女性に私が「仕事をしていて最もやりがいを感じたのはどんな時ですか?」と質問したところ、彼女は最近の重要なお客様への提案プレゼンテーションのことを話してくれました。彼女はそのプレゼンに同行はできませんでしたが、帰社後に上司がプレゼンでの成功を自分に報告してくれた際にこう言ったそうです。
「君の作ってくれた、このページとこのページの内容、お客さんがものすごく興味を持ってくれたよ。」
全体のプレゼンテーション資料においては、それはごく一部の内容に過ぎませんでした。しかし、上司はあえてその資料が「顧客(ファン)」を創造した事実をその女性社員に伝えたのです。それを聞いた社員は、入社以来最高のやりがい、喜びを感じたそうです。それは学生時代に感じた達成感やモチベーションとはまた異なる「仕事を通じて初めて経験する大きな喜び」でした。自分の努力が「顧客(ファン)」を創り出すことに貢献できている、そう実感できる時に働く人のモチベーションは大きく高まります。この社員の方のように、「もっと成長したい」「もっと貢献できるようになりたい」と感じるのです。このように、「顧客(ファン)を創造している感覚」に気づくことが、自分の「仕事」が何かに気づけるきっかけにもなります。
最初から対価を十分に得られない場合であっても「顧客(ファン)づくり」を意識することが大切です。ソニー創業者の井深大さんは、「仕事の報酬は次の仕事」と語ったと言われます。ドラッカーの言っていることも同様です。顧客(ファン)を創造する素晴らしい仕事をすることで、さらに素晴らしい顧客、すなわち仕事が創られるということです。顧客を創ることによって仕事が創られ、適正な対価が支払われる関係性も生まれ、持続的に世の中から求められ続ける「事業」が育っていきます。顧客(ファン)を作っている時は、間違いなく大切な仕事をしている時と言えるでしょう。
今すぐ、自分の「仕事」を再定義しよう
大企業であれ、中小企業であれ、ベンチャー企業であれ、あるいは自分自身で独立してビジネスをしている場合であれ、今すぐ「自分の仕事」を再定義してみることで、重要な仕事の目的が見えてくるはずです。今の業務への悩みや不満を漏らす前に、まずご自身で「そもそも自分の仕事とは一体何か?」という問いに対する答えを探ってみてください。その結果、ご自身の「仕事」の定義と普段行っている「業務」との間に大きなズレがあるとしたら、何かを捨て、変えるべき時です。
「自分によってなされるべき貢献は何か?」
「自分という貴重な資源を使って何をしたいのか?」
と自問してください。たとえ巨大な組織の中であったとしても、周りの声に惑わされることなく、自分自身の心の声に従った方が、中長期的にはきっと高い成果が上がるはずです。自分自身が意味と目的を感じられない仕事に時間を使うのは、人生の時間を無駄に過ごすことになります。アップル創業者である故スティーブ・ジョブズ氏もこう言っています。
「人生は短い。他人の言いなりになるな。常識にとらわれるな。周囲の雑音に惑わされるな。そして、最も重要なのは、勇気を持って心の声や直感に耳を傾けることだ。何者になりたいのかは、自分が一番良く知っている。」
(アップル創業者 スティーブ・ジョブズ)
AI(人工知能)等の情報技術によって多くの人間の仕事が代替されると予想される時代です。その中で、人間にしかできない大切な仕事の一つが、「自分自身の仕事を、自分で定義する」ことではないでしょうか。
(第8回 終わり)
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