「組織風土」という言葉がよく使われます。最近では、大学アメリカンフットボールの危険タックル問題など、組織の深刻な問題が起きると決まって「組織風土」が取りざたされます。企業では特に、不祥事が起きると「風土・体質が引き起こした」「風土を刷新する覚悟でのぞむ」といった表現が使われます。
そもそも「風土」とは何でしょうか。風土を変えるとは、どういうことなのでしょうか。会社で大々的に「風土革新」プロジェクトが動いたとしても、現場の多くの社員は前向きに参加できておらず、成功する例は少ないのです。一体なぜでしょうか。
第7回は、この「組織風土」というテーマにフォーカスします。ドラッカーの見方・考え方にヒントを得ながら、一緒に考えていきましょう。
まずは、大学の先輩後輩にあたる2人のビジネスマンの会話からみていきます。先輩は経営コンサルタントとして活動しており、大企業の事業マネジャーとして活躍する後輩の相談に乗っています。
(大学先輩(40代半ば、コンサルタント)と後輩(40代前半、大企業マネジャー)の会話)
後輩:「今日はお時間ありがとうございます。会社のことでどうしても先輩に相談したいことがありまして。」
先輩:「ちょうど1年ぶりかな。かなりチャレンジングな仕事を任されているみたいだな。」
後輩:「はい、本業の方はプレッシャーはありながらも、日々楽しくやれています。任せてもらえているので、やりがいはあります。」
先輩:「よかった。本業の話も後でじっくり聞きたいけど、まず今日相談したいことから先に聞こうか。」
後輩:「お願いします。うちの会社も昨今の『働き方改革』の流れで、色々職場環境、労働環境の見直しが迫られていまして。現場の人間にも強いプレッシャーがきているんです。」
先輩:「だろうな。働き方改革の『お題目』だけでなく、そろそろ具体的な結果を出したいとどの会社も必死だよな。」
後輩:「はい。ただ、その中でも特に曖昧でつかみにくいテーマに『組織風土の革新』というのがあるんです。」
先輩:「なるほど、『風土改革』も、『働き方改革』の重要テーマとして挙げられているんだな。まあ、確かに、とりわけ迷走しやすいテーマだが。」
後輩:「経営層からも『職場での挨拶をしっかりしよう』『ちょっとした会話を増やそう』『相手の意見をもっと聞こう』・・など行動リストが降りてきていて。まあ、言いたいことはわかりますけど、『風土改革の具体的なゴールって一体なんなの?』とか『そもそも風土改革ってなんなの?』とか、現場でも全然消化できていなくて・・・。」
先輩:「よくあるパターンだ。」
後輩:「これで、どんな結果が出るんでしょうかね。」
先輩:「その行動リストを意識することで、職場の雰囲気やコミュニケーションは良くはなるよ。少なくとも一時的にはよくなる。」
後輩:「じゃあ、やる意味あるんですね。」
先輩:「もちろんある。けど、それは必ずしも『風土改革』が成功するという意味じゃない。」
後輩:「え、雰囲気やコミュニケーションが良くなるのに、ですか。」
先輩:「多くの会社が、職場の雰囲気やコミュニケーションの取り方を改善することを『風土改革』と誤解している。」
後輩:「違うんですか。」
先輩:「『風土』というのは、人の行動とかコミュニケーションの取り方のことではない。結果としてそれらの行動を生んでいる『その組織特有の考え方、行動の仕方』のことなんだ。」
後輩:「考え方ですか・・・目に見えないから難しいですね。それを変えて行く方法ってあるんですか。」
先輩:「ある。それが、風土改革の実践理論といわれるものだ。」
「組織風土」の正体とは?
「組織風土」とは何でしょうか。上記の先輩、後輩の会話にあるように、「職場の雰囲気、コミュニケーションの取り方」といった曖昧なものをイメージする人も多いでしょう。しかし、組織風土には明快な定義があります。それは、
「暗黙に共有された、その組織特有の思考・行動パターン」
です。「問題を隠蔽する」「上司に意見が言えない」「他部署と積極的に協力しない」「社員が自ら提案したりチャレンジしたりしない」といった行動を引き起こしている、その組織特有の「考え方、行動のパターン」が組織風土です。
例えば、「問題を隠蔽する」というケースについて考えてみましょう。健全な組織では、「問題が起これば、原因を現場で究明して、上司や責任者と相談して、組織全体で協力して解決する努力をする」という考え方、行動の仕方がパターン化しているはずです。
一方、不健全な組織では、「問題が起こると、自分の責任を追及される上に、余計な書類や報告書を作らないといけなくなり、ますます忙しくなってしまう。さらに、自分の評価も下がるだろう。なるべくなら問題は隠しておいたほうが得だ」と考えるかもしれません。
同じ現象に直面したとしても、“暗黙に”共有された「考え方、行動の仕方のパターン」が組織により異なるので、反応と結果が異なってきます。この組織ごとに特有の考え方が「組織風土」です。
上記の“暗黙”という点がポイントです。ルールとして明文化されていないけれど、不文律として組織で共有されている考え方です。よく「氷山」の絵で組織風土が表現されますが、水面より上に出ているものではなく、水面より下にある「大きくて固い基盤」のようなものがこの暗黙の考え方、ルールです。
「組織特有の思考・行動パターン」は、同質のメンバーが、外部からの刺激が入りにくい環境で、長く一緒に働いている時間が長ければ長いほど、大きく強固になっていきます。気付いた時には、文字通り「氷山」の水面下の部分のようにガチガチに固まり、容易に変えられなくなってしまうのです。
私がドラッカー・スクールMBAで学んだ際に、ある教授が風土について以下のわかりやすい定義を示してくれました。
「組織風土とは、その組織特有のドミナントロジック(Dominant Logic)だ」
Dominant Logicとは、直訳すれば「その組織がもつ、支配的な論理(ロジック)」です。同じ問題に直面しても、「~という理由で、こうする」という論理の作り方が組織・職場によって違います。それを、その組織を暗黙に動かしている「支配的(ドミナント)なロジック」だと教授は定義したのです。
「人の弱さ」と向き合うということ
私の親しい友人で複数の大企業の風土改革プロジェクトを5年以上にわたって推進し、目覚ましい成果をあげた人物がいます。彼が支援者として関わった風土改革プロジェクトは、最初は数人の職場の「愚痴・不満出し」からスタートして、1年、2年と時が経つごとに数十人、数百人、千人単位の社員が関わる動きに成長しました。当然ながら、途中から完全に「社員自らが自走する」プロジェクトになり、またテーマも「風土」という言葉から「~の分野で世界一になる」という実務目標を掲げた具体的なものに変わりました。
そんな彼に、風土改革を端的に表現するとどのような言葉になるか尋ねたところ、
「風土を変えるというのは、結局、『人の弱さとの戦い』だよね」
と答えてくれました。どういうことでしょうか。風土、つまりその組織で暗黙に共有された思考・行動パターンが、時代遅れになったり、間違った方向に組織を向かわせてしまうとき、不祥事や深刻な経営危機が起きます。ニュースなどで、問題を起こしてしまった組織の社員のコメントとして、頻繁に見られるのは以下のようなものです。
「ずっと以前から、これではいけない、これはおかしいと現場の社員は皆気づいていた」
誰もが「おかしい」「これは間違っている」と気づいていながら、その考え方、行動の仕方を正す勇気を持てない。だから、上記の私の友人のコンサルタントは、風土改革を「人の弱さとの戦い」だと表現したのです。
なぜ勇気が持てないか突き詰めると、「上司の圧力に逆らえなかった」「自分の評価が下がるのが怖くて言えなかった」「能力がないやつだと思われたくなくて、従うしかなかった」「仕事がこれ以上増えるのが嫌だった」など、まさに「弱さ」に起因する理由が出てきます。当然、気持ちは痛いほど理解できますし、全てが社員の弱さが原因だというつもりは毛頭ありません。経営層の方に問題があることの方が多いでしょう。しかし、経営層にせよ、それは結局同じように「弱さ」からくる誤った判断が問題の原因です。
友人のコンサルタントに、「どうすれば我々は弱さを克服する勇気を持てるのだろうか」と質問をしたところ、
「同じ経験や悩みを共有している、職場の『仲間』とのつながり」
という返事が返ってきました。戦略や技術の指導は、外部有識者でもできます。しかし、「これまで言い出しにくかった考え」を共有して再検証しながら進める風土改革においては、悩みや経験を共有できる職場の『仲間』同士のつながりと対話こそが鍵です。外部支援者は、それをサポートすることしかできません。
ドラッカーは、こう言っています。
「人は弱い。悲しいほどに弱い。問題を起こす。手続きや雑事を必要とする。人とは、費用であり、脅威である。しかし人は、これらのことのゆえに雇われるのではない。人が雇われるのは、強みのゆえであり能力のゆえである。組織の目的は、人の強みを生産に結びつけ、人の弱みを中和することにある。」
(ドラッカー「マネジメント」)
ドラッカーはマネジメント理論を確立する際に、人は(程度の差こそあれ)個々人としてはとても弱いものだという認識を持っていました。しかし、組織になり、共通の目的を持った仲間ができることで、その弱さが中和され、個々人の強みを生かした生産的な仕事ができるようになると考えました。まさに、この言葉は風土改革の目的を伝えてくれている気がします。
問われるのは「真摯さ(インテグリティ)」
上述の私の知人のコンサルタントは、
「風土を変えていくには、仕事に対する『誇り』を個々人が改めて問い直すことが鍵」
だとも言います。例えば、自分の子供に「お父さん(お母さん)は毎日、こういう目的を持ってこういう仕事をしているよ」とイキイキと伝えられるかどうか。「こなし」「受け身」「諦め」で、深く目的を考えずに進めてしまっている仕事があるとすれば、「この仕事の本当の目的は何だろうか?」という愚直な問いに立ち返ること、もう一度自分の頭を使って考えてみることが大切です。
これは、ドラッカーが再三使う言葉を借りれば、「真摯さ(インテグリティ)」を自ら問うということです。インテグリティ(integrity)とはつまり「一貫性」のことです。「本来の目的はこれのはずだ」「自分が人として大切にしている価値観はこれだ」「顧客と社会に価値をもたらす仕事とはこういう仕事だ」という自分の中にある「一貫してぶれない(ぶれさせたくない)価値観」を問い直すことが勇気を与えてくれます。逆にその目的からどんどん離れた行動になってしまうのが、人の弱さです。自分の仕事ぶりが「真摯なものか」を問うことから組織風土改革の全てが始まります。
「真摯さに欠ける者は 組織の文化を破壊し 業績を低下させる」
(ドラッカー 「現代の経営」)
「会社が」ではなく「自分たち一人ひとりが」、自ら真摯さに向き合わない限り、組織の文化(風土)はますます悪化してしまうのです。
弱さを見せ合うことで、弱さを克服する
私もかつて組織風土改革を専門的に手がけていた時期がありました。風土改革の現場で、様々な人と対話する中で強く感じたのは、
「風土改革とは、バラバラに分散した組織の目的を、改めて束ねていくプロセスだ」
ということです。この組織の、この事業の、あるいはここで働くことの「本来の目的」はなんだったのか。複雑に分散した業務や制度の中ですっかり見失われているこれらの目的を共有し直すために対話を重ね、仕事の進め方、取り組み方の根底にある考え方、自分の弱さや恐れをさらけ出していくことで、氷山の下に長年隠れていた「思考パターン」を表出化し、変革の対象とすることができるようになります。仲間の力を借りて勇気を持って、弱さを見せ合うことで、弱さを克服することができるのです。
そのために必要なのは、非公式な「コミュニケーション」の場をどんどん増やしていくことです。会議などの公式な場ではなかなか人の考え方の根底に踏み込んだ対話はできません。風土改革では、オフサイトミーティングなどの非公式な「場」をたくさん生じさせることで、根本の問題解決につながる対話がたくさん生まれるようにします。
組織において「コミュニケーション(意思疎通)」とは、人の体でいえば「血流」です。血流が止まれば、その箇所(組織)は鬱血していきます。鬱血した箇所からは、様々な不正や人間関係の悪化といった問題が生じていきます。従って、コミュニケーションという血流を流し続けることが大前提です。初期は、解決や結論を求めることが場の目的ではありません。「仲間」を増やしていくことが目的です。業務や役職に基づいた関係性ではなく、「信頼に基づいた関係性」を組織の中で増やしていくために、「安心して、気楽に、真面目な話ができる場」が必要です。
ドラッカーは、
「信頼は、相手の言うことが真意であると確信を持てる関係から生まれる」
と言います。風土改革の場においても、「本音」で話すだけでなく、「真意」を語ることが大切です。愚痴や不満を本音で言うことももちろん大切ですが、そこからさらに「自分はこう思う」「こうしたいと思っている」「こうあるべきだと考えている」という「真意」をストレートにぶつけることから、「この人なら信頼ができそうだ」「一緒に何か取り組んでいけそうだ」という関係性が生まれます。さらに、「それだったら、あの先輩に相談してみよう」「あの部署のあの人とも話してみたら」と、ますます「仲間」を増やしていく結果に繋がります。ドラッカーのいう「真意」から「信頼」が生まれるというのはそう言う意味です。
「効率的」である前に、「効果的」であるということ
私が約15年前にドラッカー・スクールMBAで学んだ重要な教えの一つに、「『Efficient(効率的)』である前に、『Effective(効果的)』であれ」という考え方がありました。「いかに速くやるか」「いかに省力化してやるか」という「効率性」のプレッシャーに日々我々は追われます。しかし、「そもそもそれをやることにどんな価値があるのか」「誰がどのように幸福になるのか」という「効果的」な問いこそが重要です。それは勇気がいる問いでもありますが、仲間の力を借りればきっとできるはずです。
組織風土という固い「氷」を溶かし、新しい考え方、行動の仕方を導入していくことには時間がかかるかもしれません。しかし、最初は小さな活動でも、気づけばその信頼のネットワークが広がり、結果として組織風土が新しく生まれ変わることになるはずです。もちろん、そこには経営層の強いリーダーシップや、活動を見守り、奨励する「スポンサーシップ」も大切です。しかし、実際に風土を変えていくのは、一人一人の思いのある社員たちなのです。
風土改革成功の5つの条件
最後に、「組織風土改革を成功させるための条件」を5つまとめます。
原則1:「仲間」を見つける
本音で話し、真意を語ることで、「信頼」のネットワークが増殖します。対話を重ねられる仲間を見つけ、繋がりをつくっていくことが第一ステップです。
原則2:「溶かす」のが先、「整理」は後
風土はまさに氷山と一緒です。固まりきっているものをいきなり強引に変えようとしても無理です。まずは安心して話せる場で、対話を通じて凝り固まっている暗黙の考え方を「溶かし」、溶けきったタイミングで徐々に「課題整理」に進みましょう。
原則3:「小さく」始める
活動のネットワークをいきなり大きくしすぎる必要はありません。それは、大きくするというよりも「増殖」していくものです。最初は小さい単位で始めていきましょう。
原則4:「実務」と繋げる
「暗黙に共有された思考・行動のパターン」が変わるのは、最終的には「実務の結果」が変わると実感した時だけです。実務の中で新しい考え方、行動の仕方にトライして、具体的にポジティブな結果を生み出すことが何よりインパクトがあります。組織のリーダーであれば特に、戦略、業務、人事、人材配置など具体的な意思決定の中で新しい考え方、行動の仕方を示していくこともできるはずです。
原則5:振り返り、新しい思考・行動パターンを「認識」する
仲間との対話、実務での挑戦を経て、自分たちが「どのような考え方を捨てて、どのような考え方を新たに取り入れ、結果がどう変わったか」を随時振り返ります。途中経過でも構いません。この「振り返り」を経て、新しい「思考・行動パターン」が認識され、組織に植え付けられていきます。
最後に
ドラッカーが亡くなる直前に本人にインタビューし、その内容を「P.F ドラッカー 理想企業を求めて」(ダイヤモンド社)にまとめた経営コンサルタントのエリザベス・ハース・イーダスハイム氏は、その著書の中でドラッカーの次の言葉を紹介しています。
「企業とは人であり、その知識、能力、絆である。」
風土改革はトップダウンで機械的におこなわれるものではありません。まさに現場の「人」が主役になり、その考え方、「知識」「能力」を共有すること、そして何より仲間との「絆」を再確認することで、本物の風土改革が実現していきます。そのように考えると、風土改革とは、このドラッカーの言葉にあるように、「企業本来の形に戻っていくこと」と言えるのかもしれません。
組織の風土改革に参加することで、仕事の誇りと働きがいを取り戻して、日々いきいきと働く人が一人ででも増えて欲しいと心から思います。それは、誰かの評価を得るためにやる仕事ではなく、まさに自分の「インテグリティ(真摯さ)」を取り戻すための挑戦であるはずです。
(第7回 終わり)
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