会社も、ビジネスも、仕事も、短期間で姿を変える時代

 芸人としてだけでなく、近年は絵本作家はじめ多種多様なフィールドで活躍する、お笑いコンビ「キングコング」の西野亮廣さんは、著書の中でこう語っています。

 「こんなことを言うと先輩方から怒られるかもしれないけれど、僕より上の世代は、僕より下の世代のように『職業に寿命がある』という体験をしてこなかった。多くの大人は『職業は永遠に続く』という前提で話を進めてくる。だから、すぐに、『お前は何屋さんなんだ!?』と肩書きを付けたがる。」

(西野亮廣著「革命のファンファーレ」より)

 お笑い芸人という仕事も、以前に比べかなりバラエティーに富んできました。ワイドショーなどの情報番組MC、俳優、作家、スポーツキャスターなど、その活躍の場がどんどん広がっています。このような変化の中で、画一的な「職業定義」にとらわれることの危険性を西野さんは訴えかけています。

 当然、お笑い芸人だけでなく、飲食業、金融機関、宿泊業、製造業、鉄道・輸送機関など、あらゆる業界でビジネスの形、仕事の形がどんどん変化しています。そのような現実の中で、「自分自身」のキャリアや人生を自ら定義して、マネジメントできる人は、60歳、70歳を過ぎてもますます生産的に働き、成果も、仲間も増やすことができるようになります。

 たとえば、池上彰さんというジャーナリストがいます。今はテレビで見ない日がないほど活躍している池上さんは、元々NHKの記者としてキャリアをスタートさせ、約30年間大組織で仕事をしました。「週刊こどもニュース」で子供にもわかりやすくニュースを伝えるその能力を開花させ、50代半ばでフリージャーナリストに転じた後も、様々な時事ニュース解説、多数の著書執筆、また複数の大学で教鞭をとるなどの活躍で、年を重ねるごとにますます生産的に仕事をされています。

 池上さんは、NHK退職後に時間ができたため、放送大学で講座を受け知識を学び直されたといいます。現在でも、毎日複数の新聞や書籍を読み、さらに現地での徹底した取材から新しい知識を貪欲に吸収している、まさに知識労働者です。その池上さんの活動から生み出される経済効果は相当の規模です。50代あるいはその前から、ご自身の関心、強み、能力の発揮の仕方を徹底して考え抜いてこられた結果、今の活躍があるのでしょう。

 もうお一人、実業家の出口治明さんの人生も、まさしく「知識労働者」的です。出口さんも日本生命相互保険会社という巨大企業を50歳代で退職され、ライフネット生命というベンチャー企業を開業し、代表取締役会長として活躍されました。同時に、大変な読書家でもあり、特に「歴史」に関する深い教養で知られ、著書も多数出版されてきました。2018年1月からは立命館アジア太平洋大学の第4代学長に就任し、70歳で大学経営という新しいフィールドでの挑戦を始められました。

 ドラッカー自身もそうですが、ここで紹介させていただいた皆さんは、組織や業界の常識にとらわれず、何歳になっても常に新しい挑戦をしながら生産的に働いています。その秘訣はどのような点にあるのでしょうか。

「会社」から「自分自身」へ

 共通するのは、「組織が」という主語ではなく、「自分は」という主語で、早い時期から第二の人生(ネクスト・キャリア)の準備をされていたことです。それは簡単なことではありません。大企業であれ、中小企業であれ、ずっと慣れて続けてきた環境から視点を一旦離し、「自分自身はどうしたいか、何ができるか」という問いに答えることは大きなストレスを伴うからです。

 私のクライアントのお一人で、親しくお付き合いさせていただいている方は、ある著名企業で役員を務められながら、50代の後半から熱心に「第2の人生を、自分らしくいきいきと生きる」ための方法を探っておられます。会社内でのポジションに甘んじず、積極的に社外の学びの場に参加し、親子ほども年の離れた若者や起業家たちと議論し、そこからも謙虚に学ばれている姿勢には頭が下がります。その方を見ていると、そういった「社外」での自己研鑽が、結果として、会社での実務にも生かされて成果が上がっているように感じます。

 その方に今回のテーマについてご意見を聞いたところ、以下の率直なコメントをいただきましたので、ご紹介します。

 「今まで自分を守ってくれていた枠が外されたときに、如何に会社という存在が有難かったかを真に理解できる気がします。まさに、親離れを40代、50代で再経験するようなものです。今まではある意味親のすねをかじっていたようなものだと認識するのです。その親から(様々な事情で)独立せざるを得なくなるときが必ずくるわけですが、親という後ろ盾がなくなると、さてさて、『自分って誰?』という問いに直面し、急に背中が寒くなるという無力感に襲われます。」

 さらに、以下のコメントには、「会社組織」という枠から出て「自分自身」を定義し直す経験につきまとう不安感が表れています。

「会社を絡めた文脈でしか自分という人間を語れないことに唖然としました。そこで、自分を再定義するには、基準が必要なことに気づくのです。会社には、上司/部下/同僚/資格/肩書きなどの自分を相対化できる基準があふれていました。しかし、会社外ではそのような基準は通用しません。私は、自分を相対化するために、積極的に会社の外に出ようと決意しました。」

 人生100年時代と口で言うのは簡単です。しかし、年齢に拘らず、自分が慣れ親しんだ仕事、組織、職場を超えて新しい仕事の可能性を開拓して行くことには、常に恐怖と不安がつきまといます。知識労働者として「自らの人生をマネジメントする」と決めた方は、勇敢にその壁を超えて行くのです。