真摯さとは「Integrity」(一貫性)である

 真意を語ることと、上記のドラッカーの言葉にある「真摯さ」は、つながります。「真摯さ」とは、元々の英語は「Integrity」、つまり「一貫性」です。自分自身の「内側」と「外に表現していること」に乖離がない、自分が心から大切にしていることに、偽りなく、誠実に向き合っている、そのような人の状態をさします。

 逆に、いくら雄弁で、外見も素晴らしい人であっても、「一貫性」がない人もいます。相手や状況によって言うことを大きく変えたり、本音と建前を過度に使い分けたりしている人です。「真意」が伝わって来ない人を信頼することはできません。

「根本的な資質が必要である。真摯さである。最近は、愛想よくすること、人を助けること、人付き合いをよくすることが、マネジャーの資質として重視されている。そのようなことで十分なはずがない。事実、うまくいっている組織には、必ず一人は、手をとって助けもせず、人付き合いもよくないボスがいる。この種のボスは、とっつきにくく気難しく、わがままなくせに、しばしば誰よりも多くの人を育てる。好かれている者よりも尊敬を集める。一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない。」

(ドラッカー 「マネジメント」)

 この言葉から、「真摯さ」についてドラッカーの思いがストレートに伝わってくる気がします。実際、職場には、口数が多いわけでも派手な言動があるわけでもないのに、「なぜか、その人と一緒に働くと人が成長する」という人がいます。その人の「人間として、プロとして、職人としての首尾一貫した姿勢」に多くの人が学ぶことができるからです。

 おそらくその本人は「自分はリーダーではない」「自分にはリーダーシップなんてない」と言うでしょう。しかし、彼/彼女らが望むと望まざるにかかわらず、その人は「信頼してついてくるフォロワー」を生み出している「リーダー」です。

 この「真摯さ」という言葉は、細かい定義を探すよりも「感じる」ことが大切です。自分の友人で、仕事仲間で、「ああ、この人は信頼できるな」と思う人を思い浮かべてみてください。ほぼ例外なくそのような人に共通するのは「真摯な人柄」なのではないでしょうか。

自分は、何によって憶えられたいか

「私が十三歳のとき、宗教の先生である牧師さんが 『何をもって憶えられたいかね』と聞いた。誰も答えられなかった。すると、『答えられると思って聞いたわけではない。でも五十になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ』といった。長い年月がたって、私たちは六十年ぶりの同窓会を開いた。ほとんどが健在だった。あまりに久しぶりのことだったため、はじめのうちは会話もぎこちなかった。するとひとりが、『フリーグラー牧師の質問のことを憶えているか』といった。みな憶えていた。この質問のおかげで人生が変わったといった。・・」

(ドラッカー 「非営利組織の経営」)

 誰にでも、「あの人との出会いがあったから、今の自分がある。本当に感謝している」と思えるような人がいるはずです。上司、友人、同僚など、様々なケースがあるでしょう。「厳しく指導されたけれど、あの人が一貫して伝えてくれたことが、自分の可能性に気づかせてくれた」、そう思えるような存在です。そこで、ドラッカーは、我々にこう問いかけます。

「では、あなた自身は、一体どのように記憶されたいだろう?」

 部署を異動した後、学生や弟子が巣立った後、定年退職後、あるいは自分が死んだ後に、関わった人が「あの人は、こういう人だった」と記憶してくれるとしたら、どのような存在として記憶されたいか。その問いへの答えに、自分自身が最も大切にしている価値観が現れてきます。この問いを常に考えることが、リーダーシップに不可欠な「自己認識」に繋がり、自分がリーダーシップを発揮できる可能性を大きく引き上げてくれるのです。

「捨てられる」人が真のリーダー

 リーダーシップとは、「やることを増やす」プロセスよりも、むしろ「やることを減らし、絞る」プロセスです。なぜなら、不要なものを削って、「本当に大切なこと」に集中することが、多くの人たちのエネルギーを束ねて新しい力を生み出す鍵だからです。

「成果を期待できなくなったものを捨てることによって、過去への奉仕を減らしていかなければならない。」

(ドラッカー 『経営者の条件』)

 リーダー的な役割を期待されている人の多くが「新しいビジョンを掲げる」「新しいやり方を導入する」など、何かを新たに始めることに躍起になってしまいがちです。しかし、目の前で決断すべきことはまず「何を捨てるか」を決めることです。実際、多くのクライアント企業の社員にヒアリングをして私自身が気づけたことは、「何かを新しく始める上司」よりも「もはややる意味を感じられないような無駄な仕事を、勇気を持って廃棄してくれる上司」の方が信頼されているという事実です。

 この「捨てる」ためにも、自分自身を知る「自己認識」がとりわけ大切です。自分自身の軸がぐらついてしまうと「廃棄」という勇気がいる決断はできないからです。