「悪い社風」を「良い社風」に変えるには
見えない社風を可視化、業績アップにつなげよう(3)
目に見えない社風(コーポレート・カルチャー)を可視化し、科学的に分析して改革し、業績アップにつなげる――。
米国ニューヨークのコンサルティング会社ベガ・ファクターのニール・ドシ氏は、妻で同社CEOのリンゼイ・マクレガー氏とともに、社風やモチベーションこそ、業績を左右する「最も重要な資産」と捉え、研究と調査を20年近く続けてきた。マッキンゼー・アンド・カンパニー出身の2人は、その成果を『Primed to Perform』という書籍にまとめ、8月にその邦訳版『マッキンゼー流 最高の社風のつくり方』が発行された。
著者のドシ氏が強調するのは、“ToMo”(トモ)と呼ばれる「トータルモチベーション(総合的動機)」の数値化により、強みと弱点を具体的に明確化し、社風を改善していくことの大切さだ。良い社風の会社は、指示命令がいちいちなくても、現場が自律的・効果的に動き、変化に機敏に対応する。イノベーションのスピードが加速度的に増し、数カ月先の状況さえ読めない今、大幅な業績アップにつながる社風の改善は、21世紀を生き抜くためのカギと言えそうだ。今回は「悪い社風」を「良い社風」に変える方法を教えてもらった。
(在米ジャーナリスト・肥田美佐子)
(前回から読む)
「会社に良いことより短期の実績が優先」の矛盾
社風改善に当たって、成果主義はマイナスに働く。例えば洋服を買う際、コミッションベースの店員と、そうでない店員のどちらを信じるか。コミッションをもらえる店員から「お似合いですよ」と言われても、店員の動機と自分の動機が同じなのか、また、本当のことを言っているのか疑いたくなるだろう。
最高レベルのパフォーマンスを構築するには、信頼がものを言う。信頼には、お互いの動機が一致していることが必要だ。社員の動機が、それぞれの利己心に基づいていたら、チームの動機が一致することはない。
一方、一人ひとりの動機が、楽しさや目的、可能性に基づいたものだとすれば、チーム全体の動機が一体化する。研究からも、成果主義が(パフォーマンスの)質を損なうことがわかっている。イノベーションも同様だ。成果主義はToMoをぶち壊し、信頼も打ち砕く。
例えば、ある販売員は四半期ごとの売上目標が強いプレッシャーになっていて、そのプレッシャーゆえに、同僚に手を貸したり、仕事上の難問に取り組んだり、気難しい客に穏やかに対応したりする余裕がなくなる。これを「キャンセル効果」と呼ぶ。
経営幹部も例外ではない。短期目標がプレッシャーになっている幹部が、より重要ではあるが差し迫ってはいない長期目標をおろそかにする例が、残念ながらよくある。
『マッキンゼー流 最高の社風のつくり方』著者のニール・ドシ氏。マッキンゼー・アンド・カンパニーの元パートナーで、テック・スタート・アップの創設メンバー。著名な企業や組織団体において、社風や組織文化の変革を手がけてきた。妻のリンゼイ・マクレガー氏とともにベガ・ファクターを共同で創設し、情報テクノロジーや学習プログラムの導入、人事システムの変革などによって、激変する経営環境に適応し高業績を生み出す社風の構築を支援している。
(撮影:肥田美佐子)
「コブラ効果」が組織を蝕んでいく
もっとやっかいなのは、「コブラ効果」が生じることだ。
かつてインドで、コブラを減らすため、「コブラの死骸を持って来た人に報奨金を支払う」という通告を出した。この話を聞いた数人の起業家が、コブラの死骸で一儲けしようと、コブラの養殖場を作った。それを知った政府は、報奨金を出すことをやめてしまった。起業家たちはやむなく養殖場からコブラを逃がし、町には逆にコブラが増えてしまった、というエピソードからその名前がついた。
ToMoが低い人は、プレッシャーを和らげることができそうな最短の道を探し始める。たとえその道が、組織の目的とは反対の方向に向かっていたとしてもだ。これがコブラ効果だ。
いくつかの事例では、社員は、高成績の人が自分のチームに入らないようにして、自分のランクが下がるのを防いだ。駆け引きが、生き残るためのスキルになった。「最も重要なテクニックは、素知らぬ顔で必要な情報を同僚に回さず、彼らが自分より上のランクにならないようにすること」と、あるエンジニアは言った。私たちは、同様の業績管理システムを持つ他の企業で、似たような話を聞いた。その会社のチームの責任者は、業績評価が終わるまで、成績の低い者をわざとチームにとどめ、高成績の者のランクが下がらないようにしていたそうだ。
米国では成果主義が重視されてきたが、最近、成果主義の弊害のほうが大きいことに気づき始めた企業が増えている。楽しさや目的、可能性という動機があれば、成果を指標に評価する必要がないことを、研究結果が示しているからだ。
不確実性の時代にこそ「適応的パフォーマンス」
次に、「戦略的パフォーマンス」と「適応的パフォーマンス」について見てみよう。
パフォーマンスには、「戦略的パフォーマンス」と「適応的パフォーマンス」の2種類がある。戦略的パフォーマンスとは計画を実行する能力で、ほとんどの組織はこちらを重視する。一方、適応的パフォーマンスは、計画外のことをこなす能力で、こちらも等しく重要である。戦略的パフォーマンスと適応的パフォーマンスは反対の性質のもので拮抗するが、そのバランスの取り方を知っているリーダーはかなり少ない。
ほとんどの組織では、経営指標から査定、報酬にいたる業績管理は、戦略的パフォーマンスを最大にすることを目指している。しかし、戦略的パフォーマンスだけに注目すると、適応的パフォーマンスがおろそかになる。日々変動する業界では、それは命取りになりかねない。
この2つのパフォーマンスのバランスをどのように取っていくか。これは、最も難しい問題の1つだ。戦略的パフォーマンスは、組織にとって重要な予測可能性や一貫性をもたらす。一方、適応的パフォーマンスは、質や創造性、イノベーション、問題の解決、学び、(同僚を助けるといった)人間としての責任と自覚をもたらす。
最も優れた組織であるためには両方が必要だが、問題は、2つが拮抗することだ。楽しさや目的、可能性という直接的動機を感じる一方で、感情的圧力や経済的圧力、惰性という間接的動機が抑えられていれば、高いToMoにより、双方のパフォーマンスのバランスを取ることが容易になる。
社風改革の鍵を握る最高社風責任者(CCO)
社風改革に当たって、専属チームが必要であることは前回述べた。
社風改革に取り組みたいと思うなら、まず、あなたの組織の人事部に任務を任せたいか、人事部はそれを望んでいるか、彼らに社風のエコシステムを構築する能力があるかを考えるのが先決だ。
人事部内に社風チームを置くことが決まったら、次は研修だ。大企業の場合、半年間の集中研修で、社風改革のサイエンスを学ばせるのがいいだろう。例えば、ある組織では、人事部が毎週、読書会を開いて拙著を1章ずつ読み進め、ランチを持ち寄っては感想や意見を交換し合ったりしている。
本連載の「第1回 優れたパフォーマンスを生む『社風』の正体」で、最高社風責任者(CCO)を筆頭とする文化チームを人事部に置き、ToMoの向上によって社風を高めることを主任務とするのが理想だと説明した。CCOは、組織のトップであるCEOに直接報告ができるような体制にすべきであることはすでに述べた。
社風は最も重要かつ強力な資産であるとともに、極めて慎重に扱うべき資産でもある。その資産の管理に責任を持つという任務の重要性を考えれば、CCO がCEOに報告する立場にあるのは当然だ。
CCOの適任者としては、主に3つのタイプがある。
まず、組織心理学に通じている人。2番目が組織のトップを経験した人。3つ目が、意外かもしれないが、システムエンジニアだ。私自身、エンジニアでもあるが、社風というのは、意図を持って設計するものだ。しかも、社風は、「人間」という、いかなるマシーンよりも複雑なものが絡み合ってできている、非常に複雑なエコシステムだからだ。
最高人材責任者、人的資本責任者、最高人事責任者など呼び方は違っても、CCOに相当する役職を置いている組織もすでにある。スタートアップなどの新興企業のほうが熱心だ。最高の人材を雇い、確保するのが大企業より難しい分、良い社風や高いToMoが必要不可欠であることを承知しているからだ。
一方、大企業では変革が容易ではないため、社風チームをつくったら、少人数のパイロットグループを試験的に立ち上げ、社風改革を試すのがいいだろう。大企業の中に小規模企業をつくるような感じで、スムーズに社風を改革できるかどうか試してみる。それがうまくいけば、改革の有効性を会社全体に示すことができる。
改革後1年でToMoが20ポイント上昇
最後に、「悪い社風」を「良い社風」に変えた具体例を紹介しよう。
ある大手投資管理企業と仕事をしたときのことだ。関連グループの1つに、ToMoが非常に低い組織があった。その事務管理部門は、ファストフード・レストランと何ら変わるところがないほどToMoが低かった。
そこで、私たちは、社風チームの設置を手伝い、小規模のパイロットグループを立ち上げた。1000人規模の組織なので、社風チームはわずか10人ほどだった。パイロットグループを使い、報酬・昇進制度やパフォーマンス管理の改革を試したところ、半年から1年でToMoが20ポイント上がったのだ。現在、同社は、全社を挙げて改革に乗り出している。
社風という資産の構築は一朝一夕にはいかない。だが、今後30年以内に、世界中の企業が1社残らず高いToMoを持てるようヘルプすることが、自分たちの使命だと考えている。(おわり)
「良い社風」は意識的に努力して作り出すもの!
『マッキンゼー流 最高の社風のつくり方』
『マッキンゼー流 最高の社風のつくり方』 (ニール・ドシ、リンゼイ・マクレガー・著 野中香方子・訳、定価1800円+税、日経BP社)
同じような業種、人材の企業であっても、業績に大きな差がつく。現在のように厳しい経営環境のもとではなおさらです。本書著者のニール・ドシとリンゼイ・マクレガーは、マッキンゼーなどで数多くの企業の経営コンサルティングに携わりながら、「その差は社風や企業文化の違いによって生じるのではないか」と考えるようになりました。社風は捉えどころがなく、意図して作り出すことなどできない、と思いがちですが、著者たちは20年かけて、社風や企業文化の本質を科学的に解明。しかも、「悪い社風」を「良い社風」に変革する方法を編み出しました。不確実性と複雑性が高まる現在、良い社風を築き、社員一人ひとりが自律的に変化に対応できるように、環境を整えることが、企業経営にとって欠かせません。その一助として、本書が大いに役立ちます。
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