優れたパフォーマンスを生む「社風」の正体
見えない社風を可視化、業績アップにつなげよう(1)
目に見えない社風(コーポレート・カルチャー)を可視化し、科学的に分析して改革し、業績アップにつなげる――。
米国ニューヨークのコンサルティング会社ベガ・ファクターのニール・ドシ氏は、妻で同社CEOのリンゼイ・マクレガー氏とともに、社風やモチベーションこそ、業績を左右する「最も重要な資産」と捉え、研究と調査を20年近く続けてきた。マッキンゼー・アンド・カンパニー出身の2人は、その成果を『Primed to Perform』という書籍にまとめ、8月にその邦訳版『マッキンゼー流 最高の社風のつくり方』が発行された。
著者のドシ氏が強調するのは、“ToMo”(トモ)と呼ばれる「トータルモチベーション(総合的動機)」の数値化により、強みと弱点を具体的に明確化し、社風を改善していくことの大切さだ。良い社風の会社は、指示命令がいちいちなくても、現場が自律的・効果的に動き、変化に機敏に対応する。イノベーションのスピードが加速度的に増し、数カ月先の状況さえ読めない今、大幅な業績アップにつながる社風の改善は、21世紀を生き抜くためのカギと言えそうだ。ドシ氏に「最高の社風のつくり方」をずばり聞いた。
(在米ジャーナリスト・肥田美佐子)
「社風は意図的には作れない」というのは大きな誤解
ほとんどの組織は、「良い社風」の構築に苦労している。その結果、組織のメンバーはパフォーマンスを思うように発揮できず、社員も、本来味わうべき幸福感をまったく享受できていない。
経営者やリーダーは「社風」が重要であることを、すでに認識している。卓越した社風を持つ企業を見て羨ましいと思う半面、そうした社風はカリスマ経営者にしか作り上げられないもので、自社の「社風」を変えていくことなどできない、と思い込んでいる。
社風の構築を成り行きに任せにすべきではないとの認識も増えてはいるものの、社風をきちんと管理している組織は依然としてごくわずかだ。
企業にとって社風は最も重要な資産であり、良い社風は売り上げや利益を継続的に増やす。ところが、実際には軽視され、崩壊していることも多い。
ではいったい社風とは何だろうか?
私たちは、社風の正体は「トータルモチベーション(総合的動機)」だと考えている(略してToMo=トモと呼んでいる)。組織とメンバーの“ToMo”を押し上げれば、その結果、メンバーがパフォーマンスを発揮し、業績も押し上げられる。社風の経済効果は計り知れないほど大きい。だからこそ、企業は、社風の構築と強化に大きなエネルギーを注がなければならない。
私たちは、日本についてもリサーチしたが、社風に国境はない。社風は、人間の根本的な問題と密接に関わっている。それは、「人はなぜ働くのか」という最も根源的な問いへの答えでもある。
『マッキンゼー流 最高の社風のつくり方』共著者のニール・ドシ氏。マッキンゼー・アンド・カンパニーの元パートナーで、テック・スタート・アップの創設メンバー。著名な企業や組織団体において、社風や組織文化の変革を手がけてきた。妻のリンゼイ・マクレガー氏とともにベガ・ファクターを共同で創設し、情報テクノロジーや学習プログラムの導入、人事システムの変革などによって、激変する経営環境に適応し高業績を生み出す社風の構築を支援している。(撮影:肥田美佐子)
やる気を高める直接的動機とは
人は、「楽しさ(Play)」「目的(Purpose)」「可能性(Potential)」という直接的動機に突き動かされて働くとき、パフォーマンスが上向く。
一方、「感情的圧力(Emotional Pressure)」「経済的圧力(Economic Pressure)」「惰性(Inertia)」という間接的動機はパフォーマンスの足を引っ張る。これは、国や性別、年齢を問わない。
直接的動機はパフォーマンスを高め、間接的動機はパフォーマンスを下げる。つまり、社員が自分の仕事に「楽しさ」「目的」「可能性(仕事を通じて自分も成長する、など)」を最大限感じるようにする一方で、「感情的圧力(人によく思われたい、など)」「経済的圧力(お金のため)」「惰性(何となく続ける)」を最小化する。これが目指すべき社風であり、高レベルのToMoを備えた組織である。
ちなみに、直接的動機のなかでも、「楽しさ」>「目的」>「可能性」の順にパフォーマンスを引き上げる力が大きく、間接的動機は「惰性」>「経済的圧力」>「感情的圧力」の順でパフォーマンスに悪影響を及ぼす力は強くなる。
では直接的動機について、1つずつ見ていこう。
直接的動機1●楽しさ
「楽しさ」が動機であれば、仕事であれ、ダイエットであれ、成功する確率は高まる。人間は本来、学ぶことや適応することが好きなので、無意識のうちに楽しもうする機会を探し出そうとしている。それに応えられるような環境を整えれば、高業績を上げるための最も直接的で強い動機になる。
好奇心と実験は楽しさの核になる。トヨタは工場の労働者に、組み立てラインで使う新しい道具やアイデアを考案したり試したりすることを奨励する。WLゴア&アソシエイツやグーグル、その他多くの企業は、アイデアを検討するための資金や時間を社員に提供し、仕事を楽しむよう促している。ザッポスやサウスウエスト航空は、社員に顧客との交流を楽しむよう促す。いずれの場合も組織は従業員に、好奇心を発揮して仕事そのものを楽しむよう働きかけている。
直接的動機2●目的
目的が動機になるのは、仕事自体は楽しくないかもしれないが、それがもたらす結果が重要というケースだ。例えば、看護師なら、患者の苦しみを癒やすという目的が、仕事に励む動機になる。自分のやっていることが人々から感謝される重要な仕事と思えるから、必要な知識を身につけようとする。目的という動機は、パフォーマンスを高める動機になるが、「楽しさ」ほど強い動機にはならない。
直接的動機3●可能性
3つ目の動機の「可能性」が生じるのは、仕事の(直接の結果ではなく)2次的な結果が、自分の価値観や信念と一致する時だ。つまり、最終的にあなたが重要だと思うもの(個人的な目標など)につながるからその仕事に励むという場合だ。例えば、ロースクールの入学に役立つという可能性に惹かれて、弁護士のアシスタントとして働く人もいる。毎日、書類をとじるだけの仕事は楽しくないし(楽しさという動機がない)、その事務所がどんな人を弁護するかにも関心はない(目的という動機もない)。ただ、将来、弁護士になりたいから、その仕事を続けている。つまり、2次的な結果としての可能性を信じて働いているわけだ。
可能性という動機は、仕事から2次的にもたらされるため、楽しさや目的ほど強力ではなく、仕事から2歩(あるいはそれ以上)離れている。
足を引っ張る間接的動機とは
一方、社風を悪化させる間接的動機についても、見ていこう。
間接的動機1●感情的圧力
「感情的圧力」は、失望や罪悪感、羞恥心ゆえにある活動をする場合に生まれる。母親をがっかりさせたくないから働く(習い事をする)、立派な肩書が自尊心を満たしてくれるので仕事を続ける、健康のためではなく外見を恥ずかしく思うからダイエットをする。いずれの場合も、動機は取り組んでいることと直接つながっていない。
「感情的圧力」が仕事への動機である場合、パフォーマンスは伸びにくいが、企業の職場では、感情的圧力の影響をよく目にする。例えば若手社員は、経営幹部との打ち合わせで自分がどう思われるかを心配するあまり、プレッシャーにつぶされたりする。もっとも、「感情的圧力」は3つの間接的動機の中では一番弱い。次の「経済的圧力」はもっと悪い影響を及ぼす。
間接的動機2●経済的圧力
「経済的圧力」が生じるのは、報酬を得るため、あるいは、解雇などの罰を逃れるために、働く場合だ。この動機は仕事からかけ離れており、本人のアイデンティティーとも、かけ離れている。職場では、ボーナスを多くもらいたい、昇進したい、クビになりたくない、怒りっぽい上司にいじめられたくない、といった感情がそれに相当する。仕事以外でも、何かをしなければならないと感じる時、このプレッシャーが生じやすい。
一般に、ある活動に参加する目的が金銭だけという場合、パフォーマンスは低くなりがちだ。他の理由で参加するのであれば、報酬の有無は業績に影響しない。だからこそ、あらゆる動機を総合的に理解する必要がある。
間接的動機3●惰性
最も間接的な動機は、「惰性」である。「惰性」が動機の場合、それは仕事からあまりにも離れているので、それがどこから生じているのかさえわからない。ただ昨日やっていたことを今日もやるだけだ。「惰性」がもたらすのは、最低のパフォーマンスだ。破壊的で見えにくい「惰性」は驚くほど職場に蔓延している。わたしたちが行った調査により、被雇用者の大半が、これといった理由もなく今の仕事をしていると感じていることがわかった。
ちなみに終身雇用制度は惰性を生むと思われがちだが、必ずしもそうではない。「楽しさ」「目的」「可能性」を感じていれば、解雇されるという「経済的圧力」が抑えられる分、プラスに働く。
なぜ、組織はモチベーションを潰すのか?
社員の「楽しさ」「目的」「可能性」を高めることができれば、大企業より条件が厳しいスタートアップでも、解雇の必要性がなくなる。社員が高いパフォーマンスを見せてくれるようになるからだ。
だが、多くの企業では真逆のことが行われている。社員を教育せず、サポートもせず、職務・役割設計もお粗末で、高いToMoに支えられた社風もない。そして、社員のパフォーマンスが悪いとクビを切る。新しい人材を雇っても、堂々巡りだ。解雇も採用も非常にコストがかかるため、こうしたやり方は低ROI(投資利益率)、低リターンのビジネスモデルでしかない。
航空会社のなかで最も顧客満足度が高いサウスウエスト航空は、私たちが調べた全業種の大企業のうち、最も高いToMoを誇る。それはなぜか?
社員が歌を口ずさんだり、面白い服を着たりするのを許しているからか。そうではない。サウスウエスト航空は、ToMoの向上に向けて意識的に努力しているからだ。
図 サウスウエスト航空とその競合3社のToMoと6つの動機の測定結果
差別化が難しい業界にいながら、サウスウエスト航空のToMo指数は最も低い企業の2倍となっている。
サウスウエストは、非常に変動しやすく、破産も珍しくない厳しい航空業界にありながら、長年にわたって目覚ましい収益を上げ続けている。それは、環境への適応性からくるものであり、その適応性はToMoから生まれるものだ。
具体的には、まず、社員に自由や裁量を与え、いろいろなことを試したり、学んだりするよう働きかけること。これによって、大きな「楽しさ」が生まれる。人は、新しいことを学ぶと面白いと感じるものだが、サウスウエスト航空は、あらゆる職種の社員がこう感じられるよう努めている。
スキルアップなど、社員教育にフォーカスする組織づくりを行えば、社員への信頼が増し、より多くの裁量を与えられるようになる。その結果、社員の仕事に楽しさが生まれる。
サウスウエストが心がけているのは、自分の役割が顧客のためになっていると、社員が感じられるようにすることだ。上司ではなく、顧客を喜ばせることが目標なのだ、と。多くの会社では、「上司を喜ばせることが君のゴールだ」と指導するが、それではToMoが高い組織とは言えない。サウスウエストは、「念頭に置くべきは顧客」というシグナルを絶えず社員に送っている。
ToMoを高める直接的動機が大事
こうした企業がある一方で、優れた社風の企業が少ないのはなぜか。まず、サイエンスを学んだビジネスリーダーが少ないという事情がある。指導層の大半は、高業績を生む社風が何かもわかっていない。
また、社風という研究自体が、まだ新しいものであり、定量化され、データで証明できるような説得力のある研究へと進化したのは、つい最近だという事情がある。そうした意味で、拙著『マッキンゼー流最高の社風のつくり方』は最先端の研究を取り上げたものだ。
3つ目の理由は、企業が人事部を、給与や福利厚生を管理する部署として扱っていることだ。社風を資産としてみなすという戦略的役割を人事部に与えていない。人事部の中に社風チームを置き、社風のToMo度を高める必要がある。
日本では、(各現場が採用する米国と違い)人事部が採用に当たるようだが、社風の構築も任せるべきだ。「最高社風責任者(CCO)」を筆頭とする社風チームを人事部に置き、ToMoの向上によって社風を高めることを主任務とするのが理想だ。
今回は、良い社風を築くには、ToMoを高める直接的動機が大事であることを見てきた。次回は、ToMoを高める具体的な方法についてお話ししたい。
(次回につづく)
「良い社風」は意識的に努力して作り出すもの!
『マッキンゼー流 最高の社風のつくり方』
『マッキンゼー流 最高の社風のつくり方』 (ニール・ドシ、リンゼイ・マクレガー・著 野中香方子・訳、定価1800円+税、日経BP社)
同じような業種、人材の企業であっても、業績に大きな差がつく。現在のように厳しい経営環境のもとではなおさらです。本書著者のニール・ドシとリンゼイ・マクレガーは、マッキンゼーなどで数多くの企業の経営コンサルティングに携わりながら、「その差は社風や企業文化の違いによって生じるのではないか」と考えるようになりました。社風は捉えどころがなく、意図して作り出すことなどできない、と思いがちですが、著者たちは20年かけて、社風や企業文化の本質を科学的に解明。しかも、「悪い社風」を「良い社風」に変革する方法を編み出しました。不確実性と複雑性が高まる現在、良い社風を築き、社員一人ひとりが自律的に変化に対応できるように、環境を整えることが、企業経営にとって欠かせません。その一助として、本書が大いに役立ちます。
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