会社勤めを続けている限り、避けては通れない職場の健康診断。自覚症状のない病気を見つけてくれるのは有難いが、仕事に追われるなかで再検査を受けるのはできれば避けたいのが人情。異常値を指摘されたとしても、どこまで生活を見直せばよいのか、今ひとつ釈然としない人も多いだろう。このコラムでは、各種検査への臨み方や結果の見方、検査後の対応など、誤解交じりで語られやすい職場健診についてわかりやすく解説する。
Q
職場健診の尿検査で「尿たんぱく陽性」だったが、そのほかの項目や血液検査の腎機能に関する項目は異常なしだった。腎臓病は心配しなくてもいい?
A
いいえ。必ず再検査を受けて、一過性で心配いらないものなのか、異常が疑われるものなのか、確認した方がいい。
尿にたんぱく質が漏れ出る「たんぱく尿」が検出されると、腎臓の病気の可能性がある。 (©Jarun Ontakrai-123RF)
尿にたんぱく質が漏れ出る「たんぱく尿」の有無を調べる検査は、腎臓の病気を見つけるうえで重要なものだ。慢性の腎臓病の多くは、かなり進行するまで特に自覚症状がないので、本人が気づかないうちに悪化することが多い。また、近年では糖尿病をきっかけとして腎臓を患うケースが増えている。とはいえ、検査で一度たんぱく尿が出たからといって、病気だとは限らない。腎臓病を専門とする順天堂大学名誉教授の富野康日己氏はこう話す。
一過性のたんぱく尿は心配無用
「腎臓の病気がなくても、例えば、動き回った後や、立ちっぱなしだった後、熱があるときなどは、たんぱく尿が現れることがあります。腎臓が下垂している人でも、たんぱく尿が見られることがあります。また、尿検査は本来、起床後の最初に出た中間尿(少し出た後の尿)で行うのが望ましいのですが、職場健診では業務の合間に行われることもあるため、状況によっては、たんぱく尿が現れることもあります。そうした場合は『生理的たんぱく尿』と呼ばれる一過性のものなので、特に心配はいりません」
とは言え、自己判断で「一過性のものだろう」と軽視するのは禁物だ。「尿たんぱく陽性」の判定なら、きちんと再検査を受けておくこと。そのうえで、一過性と判断されれば安心だが、現時点では問題がなくても、経過を観察した方がいいと判断される場合もある。
富野氏の経験でも、こんなケースがあるという。ある大きな病院で検査をして「尿たんぱく陽性」のほかには異常が見られなかった患者さんが、医師に「今の状態なら問題はないので、定期的に経過を見ましょう」と言われたのを、「経過観察なら大丈夫だろう」とそのまま放置。その後、風邪をきっかけに急激に腎機能が悪化し、急性腎障害で入院となり、血液透析を開始したのだ。「こうした事例を見聞きするたび、定期的に検査を受けていれば、悪化せずに済んだかもしれないと感じます」と富野氏は語る。
「尿たんぱく陽性」なら、検査を3回受けて判断する
尿たんぱくが陽性のとき、体ではどんなことが起きているのだろうか。陽性と判定されたら、その後にどんな検査が待っているのだろうか。
心臓から腎臓に送られた血液は、「糸球体」と呼ばれる部分でろ過されて、尿のもと(原尿)が作られる。ここで不必要なものは尿として排泄され、必要なものは再吸収されて血液に運ばれる。たんぱく質は体に必要なものなので、通常なら、糸球体ではろ過されずに血液中に残ったり、ろ過されても糸球体の先の「尿細管」で再び吸収されるため、尿にはそれほど出てこない。
尿に一定量を超えるたんぱくが漏れ出ていると「たんぱく尿」と呼ばれ、たんぱくの量が多い場合や、たんぱく尿が持続的に認められる場合には、腎臓の病気が疑われる。
職場健診の尿検査で「尿たんぱく陽性」と判定されれば、それが一過性の生理的なものなのか、病気の可能性があるものなのかを判断するため、後日3回の尿検査を行うのが一般的だ。
「尿たんぱく陽性」だった場合の再検査の流れ
3回の再検査のうち、陽性(+)が1回だけなら一過性のたんぱく尿と判定され、陽性が2回以上の場合は病的たんぱく尿が疑われる。初回の検査結果が陰性(-)、あるいは疑陽性(±)の場合、糖尿病でなければ再検査の必要はない。擬陽性とは陽性が疑われる状態を指すが、激しいスポーツをした後など、一時的にたんぱくが増えているケースが多い。
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この3回の検査のうち、陽性が1回だけなら、一過性のたんぱく尿と考えられる。陽性が2回以上の場合は、病的たんぱく尿が疑われる。病的たんぱく尿は、問題のある部位によって「腎前性」「腎性」「腎後性」の3つに大別され、それぞれ、次のような原因が考えられる。
尿試験紙は主に、尿中のたんぱく質で最も多いアルブミンに反応する。そのため、尿たんぱく陽性となるのは、主にアルブミンが出る腎性の糸球体の病変や、腎前性の全身性疾患の場合が多い。
ただし、試験紙による尿検査では、尿中のたんぱくがどこから出ているのかは分からない。そこで、病的たんぱく尿が疑われた場合は、必要に応じて精密検査が行われる。精密検査では、一定量の尿中の成分などを調べる「定量検査」や、超音波検査をはじめとする画像検査などを組み合わせて、たんぱく尿の原因を探っていく。「たんぱく尿がみられたときは、さまざまな角度から原因を調べ、鑑別することが重要です」(富野氏)。
放置すれば腎不全につながる可能性も
富野氏によれば、職場健診の尿検査で「尿たんぱく陽性」と判定された人は、腎性の糸球体腎炎が原因のケースが多いという。腎臓には毛細血管の塊である糸球体が、左右に100万個ずつあるといわれている。この糸球体の中に炎症が起こる病気が、糸球体腎炎だ。
「糸球体腎炎の場合は、たんぱく尿よりも先に、血尿が現れるのが一般的です。そのため、過去の尿潜血反応の有無も確認した方がいいでしょう。仮に、過去に血尿が見られて、現在は尿たんぱくだけがみられる場合、腎機能が低下していることも考えられ、放置すれば腎不全につながる可能性もあります」(富野氏)。
「血尿」というと、尿が赤くなるものと思っている人もいるかもしれない。しかし、医学的には、尿に赤血球が混ざっているものを血尿といい、腎臓や、尿が排泄されるまでの尿路のどこかで、出血が起きていることを示している。泌尿器系の病気では、目で見て尿が赤いと分かる「肉眼的血尿」が現れることも多いが、腎臓の病気の初期では主に、肉眼では認められない「顕微鏡的血尿」が現れる。見た目で判断するのは禁物だ。
血液による腎機能検査に異常がなくても、「尿たんぱく陽性」や「尿潜血反応陽性」と判定された場合は、再検査を受けて、その原因をしっかり調べておこう。
富野康日己(とみの やすひこ)さん
順天堂大学名誉教授、医療法人社団 松和会 常務理事

1949年生まれ。74年順天堂大学医学部卒業。同大学腎臓内科教授、同大学附属順天堂医院副院長、同大学医学部長、同大学大学院医学研究科長などを経て、2015年から現職。医学博士。専門は内科学、特に腎臓病。医師・研究者向けの著作のほか、『自分でできる! 腎臓病カンタン療法80』(学研パブリッシング)、『別冊NHK きょうの健康 慢性腎臓病(CKD)』(NHK出版)など、一般向けの著書・監修書多数。
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