「分かりません」と言わない子を育てている日本

藤原:中間・期末をやめましょうなんていうのは、まずほとんど誰も賛同してくれないんじゃないかな。

山本:たった1個のテストをやめるのでさえ大反対が起きるわけです。なぜなら、今まで当たり前にやってきたものを、もしやめてネガティブな結果が出たらどうしようと思うからです。

 そう考えると、もう既存のものを壊していくということはもう限界に近いなとも思います。ゼロからつくっていくしかないかなと、本気で今思っているんです。

藤原:なるほどね。

山本:今までやってきたことを真逆にする学校というのがあっていいんじゃないかなと思っていて。何か時間割を壊したり、校則を壊したりとか。

 例えば今うちの学校はクーラーが壊れていて暑いんですよ。昼休みにサッカーしてきた子たちは汗だくになって戻ってきて、制服に着替えている。「お前たち、汗だくな上に制服着るの?」と聞くと、「着なきゃいけないルールで、怒る先生もいるので」と言う。

 先生、僕はこう思います、ということが言えない子が社会に出ていって、上司に、それ違います、と言えるようにはならないと思うんです。一斉授業で先生分かりませんと言わない子を育てている。それがたぶん、社会とのつながりをより悪くしていると感じることなんですよ。

成熟社会では「納得解」を導くことが大事になる

藤原:1997年が高度成長した成長社会の最後で、1998年から成熟社会に入っていったわけです。「みんな一緒」という感覚が強かった時代から「それぞれ一人ひとり」とバラバラに考える時代になっていく。もうみんな一緒には無理があるんですけどね。

 みんな一緒が当たり前だった時代は正解が多かったので、正解を速く正確に当てるという情報処理力偏重の教育でよかったし、むしろそれが大正解だった。それが1997年から1998年に入れ代わって、正解がどんどんなくなっていく時代に入った。自分が納得し、かつ、かかわる他者も納得できる「納得解」を導くことが大事になった。

山本:納得解ですね。

藤原:頭を柔らかくして、納得解を協働で導き出す技術が重視される時代にもう入っているんです。

 学校の一斉授業は結局、兵隊を育てるための授業手法として明治期に採用されました。大量生産の時代には、今度は良質な工員やホワイトカラー事務職が大量に必要だったから、やっぱり一斉授業が効いた。でも江戸時代の寺子屋はもっと縦横無尽だったようです。いろいろな世代の子がわいわい言いながら協働で学んでいた。しかも教材は手紙のやりとりだった。

 ところが、もう成長社会が成熟社会に入っているのに、学校の教育メソッドだけがまだ成長社会のままで一斉授業を続けている。産業界は、大量生産の時代から、多品種少量生産の時代を経て、今やあの名著『MAKERS』に描かれた個別生産の時代なんですけどね。

 これは暗示的だと思うの、すごく。大量生産から多品種少量生産、そして個別生産へ。同じように、授業メソッドも変わらなければいけない。一斉授業には、あちこちに無理がきているんです。習熟度別少人数授業も中途半端。

山本:中途半端ですね。

藤原:だって2つのクラスを3つに分けて、できる子と普通の子とできない子って分けちゃってやっている。できない方は15人まとめても無理ですよね。15人がわからない理由がそれぞれ個別だから。

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