奈良市立一条高等学校の校長として新たな取り組みを始めた藤原和博氏と、東京都立両国高等学校で「教えない授業」を実践している山本崇雄氏の対談の2回目(1回目は「先生が授業で「教えない」ほうが子供は伸びる」。
 ロボットやAIが人間の仕事を代替する社会が現実的になり、親世代が受けてきた教育や価値観が通用しなくなるかもしれない今、子供たちにベストな教育とはどんな形なのか。山本氏は近著『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』の中で、そのためには講義型の一斉授業より、ペアやグループで学び合う「アクティブ・ラーニング」型の授業が有効だと述べる。
 様々な面で「正解主義」に偏りがちな日本。しかし、今求められているのは、従来になかった仮説をたて、チームで協働して解を見つける能力だ。そのために藤原氏と山本氏が行っている授業について話し合う。

大人が子供をひたすら褒める関係をつくる

藤原さんが奈良市立一条高等学校で行っている「よのなか科」の授業では、教室に生徒だけでなく保護者らの大人も一緒に授業を受けていますが、最初から授業に大人を混ぜていたのですか。

藤原和博(以下、藤原):大人と子供が一緒にブレストしたりディベートしたりするということを重視するようになったのは2003年からなんです。

 自分の子じゃない中学生や高校生を相手にすると、大人はその子をひたすら褒めるようになる。なぜかというと、自分の子じゃないから。つまり人生全般にコミットしなくて済むので、大人はみんな優しくなっちゃう(笑)。すごく面白い効果で、これを人間関係における「ナナメの関係」の効果と僕は呼んでいます。自分の息子だったら、漢字が間違っているだけでもイライラしちゃうでしょう。

奈良市立一条高等学校の「よのなか科」の授業風景(写真、水野浩志)
奈良市立一条高等学校の「よのなか科」の授業風景(写真、水野浩志)

 とにかく生徒は同じ班の大人から、意見を言うだけで褒められる。ちょっと言いよどんだ男の子に対して、おばちゃんにもうちょっと聞かせてとお願いされたり。あるいは山本先生が今日の授業でやったように、わざとちょっと意地悪な質問をして反応を見てから、答えがどうであっても「ああ、なるほど」とうなずいてくれたり。

 僕は200人から2000人まで、かなり大規模に「よのなか科」の授業をやったことがあるんですけど、一斉に各班で大人たちが子供たちを褒めて動機づけてくれます。普通の授業では、先生はせいぜい1人か2人の生徒しか褒められないでしょう。

 ルールとして守ってもらっているのは、自分の息子や娘のいる班には入らないということだけ。

偏差値は偏差値でいい

 「教えない授業」にしても「よのなか科」にしても、親がどう教育にコミットしていくのかは、先生の悩みの一番なのではないかと思います。「そんな授業で学力は上がるんですか」「そんな授業で受験は大丈夫なんですか」という親の心配です。

藤原:山本先生は散々言われているでしょうね(笑)。

山本崇雄(以下、山本):そこはもう、決して本質じゃないですけど……。1つの方法は偏差値を使うことです。今の保護者は、偏差値に一番親しんで育ってきた世代なので、この学年の偏差値はこう伸びてますよと見せれば安心するようです。

「よのなか科」の授業で生徒と議論する山本崇雄氏(前列右。写真:水野浩志)
「よのなか科」の授業で生徒と議論する山本崇雄氏(前列右。写真:水野浩志)

藤原:説得力ありますよね。僕は偏差値のことをばかにしていないし、あれはもう確立された、あまりにも分かりやすい指標です。あれを超える指標が突如として現れたりはしないでしょう。だから、偏差値は偏差値でいいと思っています。

山本:偏差値は使いようです。その生徒の持っている力のごく一部の数値化ですから、あまり振り回される必要もないと思います。

 それから、僕が「教えない授業」をなぜやっているかというと、1つは学校と社会とのつながりがめちゃくちゃ悪いということがあります。

 僕は教員以外の経験がないんですけれども、いろいろな職業の人と積極的に交流はしようとは思っています。そういう時に一番言われるのは「学校は何で変わらないの?」です。

 社会に出たら多様な考え方をまとめてチームで新しいものをつくり上げなきゃいけない。だけど学校には圧倒的にそういう教育をする時間が少ない。例えば学校では個人でテストに取り組んだとしても、共同してテストに取り組むことはほとんどない。だから僕の授業では、生徒たちがグループでテスト問題や課題に取り組んだり、課題そのものを作ったりします。

 あとは本にも書いたんですけれども、震災の後の衝撃というのはもう本当に教師として言葉を失ってしまった。あれは僕ら教師は絶対に忘れちゃいけないんだと思うんですよ。あのような状況に遭ったとしても、そこから立ち上がれる強い子を育てなければいけない、あるいは社会に出てたとえ勤め先の会社が倒産したとしても、自分の足で再び立ち上がれる強い子を育てなきゃいけないというのがもう1つの強い思いですね。

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