今回は「世代間ギャップ」について見ていきます。私たちは、世代によって「まったく異なる風景」を見ています。このことを理解しないと、いつまで経っても「わかり合えない」が続きます。では、どのような世代間ギャップがあるのか。

 前回は、ここ数十年のマネジメントスタイルの変遷を見ました。今回は、「世代間ギャップ」について見ていきます。私たちは、世代によって「まったく異なる風景」を見ています。そのことを理解しないと、いつまで経っても「わかり合えない」ことになります。そこで、どのような世代間ギャップがあるのかを認識し、「では、どうすればよいのか」を考察します。

上司と部下で「異なる風景」を見ている

 前回のコラムで、ここ数十年のマネジメントスタイルの変遷を見ました。1995年くらいまでの「異常な130年」。バブル崩壊後の「失われた20年」。そして、いよいよ始まった「人口減少社会」。これほど世の中の変化が激しいと、生まれたタイミングが少し違うだけで世の中の風景がまったく異なって見えます。今回は、これを注意深く辿っていきましょう。

団塊世代

 特徴的な世代として、まず取り上げたいのが、現在70歳前後の「団塊世代」です。戦後の高度経済成長の原動力となった人たちですね。人生の大半が日本の成長期だった世代でもあります。もう、ほとんどの方はビジネスの第一線から引退していますが、人口が非常に多いことから、今でも消費や世論形成の面で日本に大きな影響力を与えています(1949年生まれは約270万人 2015年生まれは約101万人)。

 団塊世代は、大勢の中で揉まれるように育ったため、ぶつかり合うようなコミュニケーションの中で過ごしてきました。また、生まれたころは終戦後で貧しかったものの、その後に日本経済がどんどん成長する中で、「頑張れば報われる」という価値観が育まれていきました。

新人類世代・バブル世代

 筆者は1965年生まれで、いわゆる「バブル世代」にあたります。私たちの少し上に「新人類世代」がいます。新人類と呼ばれた人たちが、もう間もなく定年を迎えるわけですね。これらの世代は、人生の半分くらいまで日本の成長期でしたが、後半は停滞期の中で過ごしてきました。団塊世代ほど無邪気に「頑張れば報われる」と信じ込んではいないものの、やはり根っこのほうにそうした価値観が沁みついているように思います。

 ちなみに、筆者が社会人になったころは、直接の上司が団塊世代で、さらにその上に「昭和ひとケタ」という世代がいました。名前の通り、昭和ひとケタに生まれた世代で、成長期に戦争でひもじい思いをして、さらに思春期の多感な時に軍国主義から民主主義教育にガラッと変わる経験をしたため、かなり独特な価値観をもつ世代でした。実は筆者の父親も昭和ひとケタ生まれ。自分の考えが全てで他人の言うことにまったく耳を貸さないタイプの人でした。バブル世代というと、お気楽なイメージがありますが、「昭和ひとケタ」と「団塊世代」という強烈な個性の上司たちに揉まれて、それなりに若いころは苦労していたのです(笑)。