今回から2回に分けて「部下との対話」について考えていきます。最近は、以前のような「同質な人材からなるピラミッド型の組織」は少なくなり、上司・部下の関係も大きく変わりました。自分よりもずっと年下だったり、逆にずっと年上だったり。また国籍などのバックグラウンドが異なる、「自分とのギャップが大きい部下」をマネジメントすることが多くなりました。それだけ、昔に比べてマネジメントが難しくなったと言えます。そこで今回は、ギャップが大きい部下をもつ上司の皆さんに、ぜひお勧めしたい手法をご案内いたします。
価値観をすり合わせる
現在の組織は多様な人材によって構成されています。ということは、マネジメントのアプローチも変化して当然といえます。しかし、マネジメントに携わる人たちを見ていると、いまだに多くの人が「上意下達」の動き方にこだわっているように思えます。実際に、「なんとかして部下に自分の考えていることを理解させたい。そのためにどうすれよいか」という相談を受けることがよくあります。
自分が考えていることを相手に理解させるためには、お互いの価値観の違いを把握することが必要です。世代が近くて共通点が多く、同じ常識をもっている部下が相手なら、考えていることをそのまま言葉にすれば理解してくれるでしょう。しかし、ギャップが大きい部下が相手の場合、お互いの価値観の違いを踏まえて言葉を選ばないと、いくら熱く語ったところで理解されることはありません。
ということは、ギャップが大きい部下をもつ上司は、「自分と部下の価値観をすり合わせる」作業をする必要があるわけです。顧客ならともかく、仲間内でこんなことをやるなんて、なんだか面倒ですね。でも、がっかりしないでください。多様な人材で構成されている組織は、各人の特徴をうまく活かせばそれだけ生産性が高まる可能性があります。マネージャーの腕次第で大きく伸びる組織を任されているわけですから、ぜひ前向きに取り組んでくださいね。
「ライフストーリー・インタビュー」
価値観をすり合わせるための手段として、私が強くお勧めしたいのが「ライフストーリー・インタビュー」です。簡単に言うと、これまでの人生経験を一気に通しで語ってもらうことです。もちろん、決して強要してはならず、お互いの合意の上で取り組む必要があります。「過去のことを無理やり話せと言われた」なんて受け止められたら、それこそパワハラになってしまいますからね。それから、プライベートの細かいところや、ナーバスな問題を根掘り葉掘り聞くのは厳禁です。
幾度か書いているように、人間には「わかってもらいたい」という欲求があります。部下としては、上司から「君のことをよく理解したいから、これまでの経験を差支えのない範囲で聞かせてくれないか?」と言われれば、むしろ嬉しいはずです。実際に、私はこれまでたくさんの部下をもちましたが、皆喜んで自分の経験を語ってくれました。
やり方は、できれば物心ついた時を起点にゆっくりと聞いていきます。どんな子供だったのか、それが中学、高校…と経るにつれ、どのように変化したのか。そして、社会人になってからどうか。異動、転勤、転職など、節目となった出来事を思い出しながら話してもらいます。人間の記憶は、「時系列を過去から現在に辿るようにすると、たくさんのことが思い出せる」という特性があります。話している本人がビックリするくらい、いろいろなエピソードが出てくると思います。
聞いているうちに、部下の特徴がよくわかります。人は同じような行動をくり返す傾向があります。安全な選択肢を好む人もいれば、リスクをとるタイプもいます。熱しやすく冷めやすい人もいれば、地味だけど根気強い人もいる。そういった傾向がわかります。
ライフストーリー・インタビューを行うと、話している部下本人もメリットが得られます。経験の棚卸をすることで、自分自身を正しく認識することができるからです。
自己認識と他者認識のギャップを埋める
「自分はこういう人間である」という自己認識と、周囲の人から見た「この人はこういう人間である」という他者認識は、往々にして一致しないものです。一般に、自分に対する評価は甘くなりがちです。とはいえ自分を過小評価している場合も少なくありません。この自己認識と他者認識のギャップが大きいのは、個人としても組織としても好ましいことではありません。ライフストーリー・インタビューで、このギャップを修正することができます。
部下は、「わかってくれた」という実感がわくと、上司の言うことを素直に聞くようになります。やはり、自分のことをよくわかってくれる人の話は、多少耳が痛くても受け入れるものですからね。なので、扱いに困っている部下にこそ、ぜひライフストーリー・インタビューを試していただきたいと思います。
私は仕事柄、数多くの人たちにライフストーリー・インタビューをしてきました。その経験で言うと、20代で2時間、30代で3時間、40代で4時間ほどかかります。もちろん、こんなに時間をかける必要はありません。人生を通しで語ってもらえばよいだけですから、あまり硬直的に考えないでくださいね。
それから、「いきなり部下に行うのはハードルが高い」という場合、同僚や親しい知人などに頼んで練習させてもらうとよいでしょう。
余談ですが、私は亡父にもライフストーリー・インタビューを行いました。おかげで、父親の人生がよく理解できたし、話し終えた父も満足そうにしていました。親の人生って、案外と子供はわからないものです。葬儀の参列者の話を聞いて、親の意外な一面を知ることが珍しくないと言います。父親を亡くした後に、「もっと会話しておけばよかった」という人も多いですが、ありがたいことに私にはそういった後悔がありません。ちょっと照れくさいかもしれませんが、親御さんが健在でいらっしゃる方は、ぜひその人生経験をお聞きになってみてください。
顧客と同じく、部下も進行形で理解する
「営業で顧客の無理な要求に振り回されないために」の回で、「顧客の状況を聞いていく時には、過去⇒現在⇒未来という進行形で理解する」というお話をしました。これは、部下を理解する時も同じです。部下は、これまでどのような経験をしてきたのか。そして、現在の自分自身をどう認識しているのか。さらに、これからどのようなキャリアを築いていきたいと考えているのか。このように上司が理解してくれると、部下としては「本当にわかってくれた!」と実感するものです。
進行形で理解すると、部下に指示・命令・指導を与えやすくなります。たとえば、難しいミッションを与える時に、「今いるメンバーの経験からすると、この難題に取り組めるのは君しかいないんだ。それに、このミッションを果たせば、君の経験にあるこの部分の空白を埋めることができるよね」という言い方ができます。こう言われれば、部下としても勇気百倍で取り組んでいくことでしょう。
ライフストーリー・インタビューは、相手をよく理解し深い信頼関係を構築する手段として、部下だけでなく様々な人に試してほしい手法です。行う際には、必ず相手の立場になって親身に話を聞くようにしましょう。そうすると、いろいろな人の人生を疑似体験することになります。相手と自分の間にあるギャップが大きければ、それだけ幅広い経験を得られることになります。とてもお勧めの手法ですので、ぜひ機会を見つけて取り組んでみてくださいね。
最近は、数多くの適性検査が開発され、採用や配属を判断するのに利用されることが多くなりました。私は適性検査の利用には賛成の立場ですが、とはいえ頼り過ぎは禁物で、参考程度に止めるべきだと考えています。やはり、多少手間がかかっても、対話によって相手を理解することが大切です。ライフストーリー・インタビューが、もっと多くの職場で行われることを願っています。
今回も、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。次回も、引き続き「部下との対話」について考えます。文句や要求ばかり言う、悲観的な話ばかりするなど、部下もいろいろです(苦笑)。そこで次回は、こうした「扱いが難しい部下」の話をどう聞いていくかについて、考察してみたいと思います。
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