人は誰でも「話したい欲求」がある

 人の気持ちには「防衛本能=ブレーキ」がある半面、「話したい欲求=アクセル」もあります。「話したい欲求」とは、「本当のことを知ってほしい。よくわかってもらいたい」「できればウソをつきたくない。正直に話したい」「自分だけが知っていることを、『実はね…』と打ち明けたい」などの気持ちです。いかがでしょうか? 皆さんにも、こうした欲求があるのではないでしょうか。

 実は、「話したい欲求」は誰にでも存在します。どんなに無口な人でも、気難しい人でも、多かれ少なかれこの欲求をもっています。これを上手に刺激することができると、相手は喜んで話してくれるようになります。

 あるスポーツジャーナリストに伺った話を紹介しましょう。プロのスポーツ選手は繊細で気難しい半面、「この人は自分のことをわかってくれる!」と感じると、ものすごくおしゃべりになる人がたくさんいるそうです。プロスポーツは過酷な世界です。ここで活躍している人たちは、孤独と戦いながら試行錯誤を繰り返しています。そうした中で、自分のことを理解してくれる人に出会うと、「もっともっとわかってほしい!」という気持ちになるのでしょう。気難しくて近寄りがたいと思われている選手と親しくなって、その「意外な一面」を引き出していくのは、まさにジャーナリストとしての醍醐味なのだそうです。

 余談ですが、プロスポーツ選手と女子アナウンサーが結婚する例がよくありますね。双方とも魅力的だし、取材で出会う機会が多いから当然と言えば当然ですが、私はもう一つ理由があると思っています。人には「自分のことをわかってくれる人を好きになる」傾向があります。「取材を通して理解を深めていくことで、自然と好意が芽生える」側面もあるだろうと考えています。

 警察官が取り調べを行う際にも、この「話したい欲求」を刺激するようにしているそうです。ドラマのように「お前がやったんだろう!吐け!」なんて取り調べ方をしたら、容疑者は萎縮や反発をして余計に話そうとしなくなります。というか、人権的に問題になってしまいます。そうではなく、容疑者のことをよく理解しようと努め、寄り添うように話を聞いていく。そうすると、やはり「もっとわかってほしい!」という気持ちが芽生えてきて、ポツリポツリと自白を始めるのだそうです。

 繰り返しますが、人には「話したい欲求」があり、決して話すこと自体が嫌なわけではありません。むしろ、話したいのです。相手への理解を示し、アクセルを踏み込むように、「話したい欲求」を上手に刺激していく。遠慮することなく、「欲求を満たしてあげているのだ」というくらいの自信をもって話を聞いていきましょう。

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(2)興味・関心・問題意識をもつ

 「興味・関心・問題意識をもつ」には、対象が2つあります。
・「相手そのもの」に対して、興味・関心・問題意識をもつ。
・「聞くという行為」に対して、興味・関心・問題意識をもつ。

 これも、当たり前のことですね。でも対話の時は、どうしても「自分の伝えたいことを、相手にわかってもらいたい」という気持ちが先に立ってしまうので、この2つに興味・関心・問題意識をもつのは意外と難しいものです。

 まず、「相手そのものに対して、興味・関心・問題意識をもつ」について説明しましょう。人は、自分が興味・関心・問題意識をもっていることしか頭に入ってきません。たとえば、自分が身につけている腕時計の文字盤のデザインは、よく見ているにもかかわらずあまり覚えていないものです。普段、時計を見るのは「時刻」を知りたいだけで、「時計」に興味はありません。そのため、いつも見ているのに文字盤のデザインは頭に残らないわけです。

 対話する時も同じです。経験の浅いセールスパーソンは、顧客と接する時に「顧客の購買意欲(買うか・買わないか)」しか見ていないことが往々にしてあります。このような状態では、顧客との対話は成り立ちません。また、上司・部下の関係でも同じことが言えます。「部下の業績」ばかり見ている上司と、「上司の機嫌」ばかり気にしている部下。このような上司と部下だと、対話は成り立ちません。

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