ワークスアプリケーションズ代表取締役CEO牧野正幸氏の連載3回目。今回は並々ならぬこだわりを見せるファッションについて持論を展開していただきました。牧野氏の各ブランドへの愛を、過激な言葉で表現しています。読者の皆様は、ご自身が好きなブランドのルーツをご存知ですか?
編集:前回の記事は、大変反響がありました。アンケートでも、世代論に対して牧野さんへの肯定も否定も、多くのご意見がありました。
牧野氏は、社員4000人を擁するソフトウェアメーカー、ワークスアプリケーションズの創業経営者。現在53歳。趣味はスーツ(写真:菊池一郎)
牧野:読者の皆様が考えるきっかけになったのであれば、何よりです。多くの人に読まれないと、きっかけにはなれないからね。
編集:今回はいよいよ、ファッションについて踏み込みます。待っていた人も多いのではないでしょうか。何しろ、趣味はスーツとプロフィールに入っていますから。
そもそも、本コラムのタイトルにもなっている、「ジャケットを脱がない」という牧野さんの行動ですが、日本のビジネスパーソンの方には意味が伝わっていない可能性があります。一度、牧野さんからご説明いただけないでしょうか。
取引先に言われても絶対に脱がない
牧野:簡単なことだ。スーツというファッションの歴史を調べてみれば分かる。ジャケットの下に僕らが着ているシャツというのは、本来は下着と同じ。だから、人前でジャケットを脱ぐというのは、下着の露出にほかならない。
僕は、何事もルーツを大事にする。スーツを着るのなら、スーツは何なのかを知りたくなる。シャツが下着だと分かれば、人前では脱がない。それだけのことだよ。
編集:今でこそ、牧野さんは経営者としての立場を持ち、スーツへのこだわりも周知が進んでいます。しかし、牧野さんがスーツにこだわり始めた頃は、上司や先輩、頭の上がらない取引先などもいらっしゃったと思います。そんな彼らから、飲み会において「今日は暑いし、楽にしてよ」と言われても、脱がずに通してきたのでしょうか。
牧野:通してきたね。でも、それで怒りだす人はいないよ。何回も脱ぐことを提案されても、「趣味ですから」と断りを入れて、絶対に脱がなかったね(笑)
編集:このエピソードを聞くだけでも、牧野さんがファッションに傾ける情熱が並々ならぬものだと理解できます。そんな牧野さんがトップを務めるワークスアプリケーションズには、ほかの会社にはない身だしなみに関するルールなどはありますか?
社内スリッパを絶対に許さない
牧野:身だしなみは僕の趣味だから、他人に押し付けるつもりはないんだ。
ただ、どうしても認められないものもある。その1つが、オフィスでのスリッパだ。
編集:牧野さんとしては、どのあたりが一番許せないのでしょうか。
牧野:すべてだよ。ここは自宅ですかと。仕事をする気があるのか疑ってしまう。
編集:この熱量、マクロ経済や未来予測などについて語る牧野さんとは別人ではないかと思われるほど大きいものです。
ところで、身だしなみへの強いこだわりは、いつ頃からなのでしょうか。
牧野:若い頃から持っていた。もちろん好みの変遷はあるがね。僕は、社会人になる前は、カーリーヘアだったんだ。とてもじゃないが、社会人として通用するものではなかった。
それを、社会人になるタイミングで、シチサン分けにした。美容師に、
「誰が見ても銀行員だと思うくらいビシッと分けてください」
と頼んでね。これは僕の覚悟だった。仕事には覚悟が必要だと思っていたし、今も思っている。だから、オフィスでスリッパを履いている人を見ると、つい気になってしまう。覚悟を持って仕事に打ち込むつもりはあるのかと。
もちろん服装が適当でも仕事ができる人をいくらでも知っているが、これは僕のこだわりだからね。自分が経営している会社では、これくらいは許されるんじゃないかな。
編集:話題を牧野さんのファッションに戻しましょう。牧野さんは、どんなブランドのスーツを愛用されてきたのでしょうか。現在愛用されているブランドは、若手会社員が気軽に買えるものではないと思います。
ブルックスブラザーズに憧れた20代半ば
牧野:社会人になり立ての頃は、ブルックスブラザーズに憧れていた。当時はそんなに知識もないから、ブルックスブラザーズが世界で一番良いスーツだと思っていた。
東京・表参道に当時から店があって、覗いてみては、カッコいいけど高いなと感じていた。
そんな時、シリコンバレーに出張する機会があった。それで休みの日にニューヨークまで飛んで行って、ニューヨークにあるブルックスブラザーズの本店に行ったんだ。とにかくカッコよかった。
小説か何かで、ウォール街で働く一流の金融マンはみんなブルックスブラザーズを着ている、なんて話も読んでいたから、とにかく一流になるには、ブルックスブラザーズを着ないとダメだと。それで結局、ニューヨークでオーダーした。それが海外で初めてオーダーしたスーツだ。給料2カ月分くらいだったね。
編集:婚約指輪みたいな例え方ですね。
牧野:それくらい高かったからね。でも、気持ちだけでも周囲から頭1つ抜けたかったんだ。「しっかりとしたスーツを着ている牧野は、デキるやつだぞ」と周囲に思ってもらいたかったのかもしれない。
編集:現在の20代では圧倒的に少数派の意見ですね。牧野さんが若かりし頃でも、給料2カ月分をスーツにつぎ込む方は相当珍しいとは思いますが。
牧野:珍しかっただろうね。でもその効用はあった。着続けるには相応の稼ぎも必要だから、着続けるためにも、今よりも稼がないといけないという覚悟も持てた。
米国のエリートがスーツを選ぶ基準
編集:お話を聞いていると、ブルックスブラザーズのデザインなどに惹かれた、というよりは、米国の一流ビジネスマンが愛用しているから、といった理由が、ブルックスブラザーズを愛用した一番の動機に聞こえます。
牧野:そう。当時は、「やっぱりエリートってブルックスブラザーズを着るんだな」くらいに感じていた。ただ、その後、スーツにのめり込んでいく中で、知ってしまった。なぜ、米国のエリートがブルックスブラザーズを着るのか。あとは、英国やイタリアのブランドを知って、そちらに惹かれていった、というのもあるけどね。
編集:米国のエリートがブルックスブラザーズを選ぶ理由は何なのでしょうか。
牧野:彼らは、ファッションに対する関心が薄いんだよ。
編集:もう少し、説明をお願いします。
牧野:当時の僕のような若造にとっては、ブルックスブラザーズのスーツは高い。しかし、例えばウォール街で働くトップエリートにとってはどうだろうか。安い買い物とは言わないが、一大決心を要する買い物ではない。
だから、「スーツとかよく分からないけれど、ブルックスブラザーズを着ておけば、恥はかかないだろう」程度の認識だ。要は、服装をまったく気にしていないんだよ。
彼らがとんでもなくダサいと、当時の僕は気付いていなかったんだ。
編集:私の年収では、とても安い買い物には思えませんので、実感が湧きません。
牧野:そうかもしれない。ただ、これは現実だ。米国人は本当にファッションに気を使わない人が多い。
ファッションにこだわらないという点では、僕はね、バーバリーの靴を履いている人が嫌いなんだ。
誤解がないようにいっておくと、僕はバーバリーというブランドが好きだ。それに日本人がよく知っているブランドで、僕の話を理解してもらう上で最適だと考えたので取り上げた。その上で、ということを理解した上で読んでほしい。
まず、バーバリーは、何から始まったメーカーか知っているかな?
編集:コートですよね。私は昨年、ロンドンでバーバリーのコートを買いました。
牧野:そう。コートだ。バーバリーというブランドの根源はコートにある。服という視点で広げていくと、スーツなども、コートで培った技術や考え方が反映されるだろう。
僕が言いたいのは、それだけ優れた服を生み出すブランドで、なぜ靴を買ってしまうのか、ということだ。革靴でもそれ以外の靴でも、それらを得意にしているメーカーは世界中にある。
編集:バーバリーが好きだから、頭のてっぺんから足の先までバーバリーで揃えたい、という考えなのではないでしょうか。
牧野:そういうことかもしれないね。ただ、それだけブランドを愛しているなら、どうしてそのブランドについてもっと知ろうとしないんだろう。僕なら、靴は靴屋さんで買うよ。
編集:単純に、ショーウィンドウで見かけた特定の靴が、気にいるデザインだったのかもしれません。
牧野:それは少なくとも僕の周りでは、少数派だよ。靴まで揃えてしまう人に限って、自分はブランド通だと思っている人が多い。そんな人は僕に言わせると、「マグロは大間に限る」と語っていながら、実は味が分からない人だ。大間のマグロであれば、冷凍でも気にしないと言っているのと同じだと思う。
クオリティやルーツへのこだわりではなく、ブランドさえついていればいい、と。そういう考え方は杜撰だと思うんだよね。
ブランドの情報を現地メディアまで味わいつくす
編集:話を現在の牧野さんに戻しましょう。現在の牧野さんは、どういった基準でブランドを選ばれるのでしょうか。
牧野:商品だけでなく、ブランドそのものを味わいつくすんだ。物事の本質を知るというのが、僕の原理原則だからね。
昔は、気になったことを調べたいと思ったら、本を探さないといけなかった。知識を得るために必要なコストが膨大だった。
今ならインターネットでいくらでも調べられる。機械翻訳の技術も進んできたから、海外のブランドを知りたければ現地語の情報を翻訳すればいい。大まかな意味やキーワードは分かる。これだけ興味関心を注ぎ込んで商品の購入に至るから愛着がわくし、良さが伝わってくる。
そうやって、本当に自分が好きなブランドに出合えるものだと僕は考えているんだ。
編集:牧野さんのこだわり、よくわかりました。ファッションだけではなく、家具などほかのものについても、同じようにこだわっていらっしゃるんですか。
牧野さん、お手元のペンが…
牧野:そうだね。こだわりを持って選んでいるつもりだよ。
編集:あっ。
牧野:どうしたかな?
編集:今まで気づいていなかったのですが、牧野さんが使っていらっしゃるペンが。あまりこだわりがあるとは思えないボールペンだと気づいてしまいました。
牧野:これね。よく気がついたね。実は、ペンとライターだけは、安いものを使うようにしている。
編集:ここまでのモノやブランドへのこだわりをすべて覆しそうなお話ですが、大丈夫でしょうか?
牧野:大丈夫だ。実はね。僕はモノをメチャ失くすんだよ(笑)。ペンもライターも、机に置いたが最後、そのまま意識の外にいってしまい、行方知れずになる。ペンもライターも、昔はこだわりを持って選んでいたんだよ。
それでも、とにかくなくす。メモを取りたいときに即座にペンが出てこないとイライラしてしまう。シガーを吸いたいときもそうだ。だから、失っても痛手にならないものをたくさん使って、自分の行動範囲には常にあるよう心掛けている。
編集:牧野さんの新しい一面を読者にお見せすることができました。机に置くものというと、メガネもそうですか。
牧野:そうだ。サングラスと老眼鏡に使い分けようと、7、8年前に20本近くフレームを購入した。どれも、しっかりと選んだし、値も張るものだ。もう10本ほどしか残っていない。
飛行機内での読書に使ったりして、そのままシートの裏に落ちたりしてしまうと、探すのが面倒になる。そして、そのまま忘れる。
編集:いずれ、「牧野さんが失くしてきた高額商品ランキング」やりませんか?
牧野:なくしたモノを思い出して腹が立ちそうだから止めておこう(笑)
(続く)
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