ワークスアプリケーションズ代表取締役CEO牧野正幸氏の連載2回目。1回目で「ワーカーになれなければ普通の生活すら送れなくなる」という厳しい現状認識を突きつけた話の続きです。
よく聞く「最近の若いやつ」というキーワードから始まるものの、牧野氏の認識は一般的ではありません。上司を最も身近な取引先と考えるところから導かれるボスマネジメント論は必読です。あなたも上司コントロールを始めてみませんか?
編集:前回は書道教室でのエピソードで終わりましたが、本題は、諦める若者は損をする、というものでした。
牧野氏は、社員4000人を擁するソフトウェアメーカー、ワークスアプリケーションズの創業経営者。現在53歳。趣味はスーツ(写真:菊池一郎)
牧野:そう。まずは諦めないでやり抜いてみてほしい。例えば、せっかく会社に入って間もないのに辞めようと思っている人。大学を卒業して1年や2年で、自分の適性なんて分かるはずがないんだよ。
能力があるのに諦める人は、ちょっとした躓きに意気消沈して、自分の能力の限界を自分で決めてしまう。本来の限界点よりも低いところにね。でも、自分が無能だと認めることもできない。自己肯定感を持てずに心が壊れてしまうから、当然の行動かもしれないね。その結果、能力の問題ではなく、適性の問題によって結果が出ないという結論にたどり着く。
戦中・戦後の社会に身を置いていると意識が違う
編集:こういっては何ですが、「我慢が大事」と仰っているようにも聞こえます。
牧野:「最近の若いやつは諦めが早い」なんて言われ方をすると、言われたほうはたまったものじゃないだろう。ただ、僕の考える「最近の若いやつ」はちょっと幅が広い。僕の定義では60歳以下を指すんだ。昭和30年以降に生まれた世代すべてが若いやつ。もちろん53歳の僕もそう。皆さんの会社で働いている人はほとんど一緒だよ。共通点は「考え抜かない」ところですな。
編集:60歳以下というと、私の親も、「最近の若いやつは」「ゆとり世代はこれだから」とありがたいお言葉を私に賜る先輩方も、全員該当します。彼らは明確に「自分は上の世代」という認識があるように感じます。
牧野:60歳より上の世代は、戦中・戦後の社会を体験している世代だ。実際に戦地に行ったかどうかではなく、そうした社会に身を置いていたかどうかが大きな境目になっていると僕は考えている。
そこから下の世代は、みんな「腑抜けている」と思うんだよね。
編集:1947年~49年生まれの団塊の世代も上の世代に入るんですね。高度成長の申し子というイメージがありますが。
牧野:現代から結果だけを見ると、彼らは確かにバラ色の高度成長を謳歌した。それでも、考えてみたら当然の話だが、彼らは少年期や青年期に明るい未来なんて描けなかった。
産業を興さなきゃいけないのに、発電所一つ建てるのだって外国からお金を借りなければならなかった。そんな時代だから、彼らはとにかく考え抜いた。自分や家族だけは生き残れるように、懸命に考えたはずだ。そこには、頑張れば全員が幸せになれるといった発想はないだろう。
話を”最近の若いやつ”に戻そうか。この世代は「考え抜いた経験がない」点で共通しているが、その方法論が違っている。
頑張れば報われるなんて嘘だもの
例えば、僕ら50代はかなり諦めが悪い。単純な話で、僕らの世代は、就職した会社で頑張っていれば結果が出やすかった世代だ。脱サラした人が軒並み苦しんだ世代でもある。会社に残って、そこで活路を開くほうが成功確率は高かった。ぶら下がっているだけでも、年次が高くなれば高給がもらえた。だから、「余計なことは考えず頑張り抜けば誰でも幸せになれる」という集団主義的な考え方になりがちだ。
この世代の頑張り至上主義の根拠に、自身の経験以外はないんだ。そんなもので説教をされる20代や30代はたまったもんじゃないだろう。経済の先行きは真っ暗で、自社や、自社が属する業界もジリ貧。右肩下がりが当たり前の状態で「とにかく頑張れば報われる」なんて言われても説得力なんてないよね。頑張ったらバラ色なんて嘘だもの。その上、自慢したら怒られる。結果に対する賞賛がない。
そして、最も尊ばれているはずの努力を積み上げても、それだけでは未来がない。
編集:そんなことを言ってしまうと、さらに若い世代の人たちが目標を見失いそうなのですが。現に私は暗い気持ちになってきております…。
牧野:そんなことはない。僕の言いたいことが伝わっていないようだね。君が考え抜いて、力をつけたり自分が進む道を描けなかったりしたら、間違いなく没落するんだ。この社会は沈んでいく船なんだ。絶対に這い上がるという意思がなければ、ワンルームのぼろアパートにすら住めないようになるかもしれない。ほら、やる気を出さなきゃいけないと思えてこないかい。
没落しないという予測は幻想
編集:理屈は分かるのですが、実感が湧きません。もしかしたら、希望がない世代であるのと同時に、そこまでの絶望的な状態もイメージできない世代なのかもしれません。私の世代には、そこそこのビジネスパーソンとして生きて、結婚するなら共働きで、世帯年収を安定させればそれで十分、という考えが主流だと感じます。ずっと、経済が停滞した状態が続くと思っているのかもしれません。実際、私たちは物心がついてからずっと、停滞し続けています。
牧野:その見通しは残念ながら甘い。既に話したように、主体的に仕事ができるワーカーでなければ、大企業勤務だろうと、一度放り出されたらおしまいだ。名の知れた大企業だって、倒産も大規模リストラもいつ起こるか知れたものではない。つい最近だって、誰もが知っている企業が買収されたばかりだ。安定した企業なんて今の日本にはないんだよ。
これからの時代、自分や家族が路頭に迷いたくなかったら、大先輩達がそうしたように、考え抜かなければいけない。会社に残るにしても、転職や独立をするにしても、だ。考えて、行動して、実力を伸ばした人だけが、いわゆるエリートとして幸せを享受できる資格を持つことができる。
そして、これも当たり前のことだが、エリートになったからといって、成功が約束されるわけでもない。エリート同士の競争に敗れれば、それもまた落ちぶれることになる。それでも、実力があれば、別の会社に入ったり独立したりして、再挑戦することは何度でもできるけれどね。
もちろん、成長や競争だけがすべてではない。全員が働いてトップを目指し続けている社会は異常だ。だけど、能力や適性の見極めが終わらないうちに諦めるのはやっぱりもったいない。せめて30歳を超えるまでは全力で取り組んでから頑張らない生き方を模索しても、遅くはないだろう。
編集:ここで、私たちが諦めないために、牧野社長が考える、「今日からできる心がけ」を一つ、教えていただけないでしょうか。
牧野:それなら、ボスマネジメントだね。自分の評価を決めたり、仕事を与えたりしてくれる先輩や上司との関係性を円滑に保つのが目的だ。
編集:媚を売ったりして人心をコントロールするのは、フェアじゃないとか人をバカにしているとか批判的な意見を持つ人がたくさんいます。
牧野:それは知っている。でも、こんなことすらせずに、「上司は何も分かっていない」「先輩はえこひいきをする」と愚痴ってみたところで、何も変わらないでしょう。それどころか部下側は冷遇され続け、不当な評価を受けたり、成長につながらない仕事を押しつけられたりして成長の機会を失ってしまう。おべっかを使うくらいでいいんだ。
上司だと考えるから気が進まない。取引先に置き換えてみよう。取引先が多少のワガママを言ったとして、それにいちいち本気で反論するだろうか。上司や先輩を顧客だと考えれば、自ずと対応は変わるはずだ。
上司の目を見るだけで評価は上がる
牧野:僕の子ども時代の話をしよう。勉強そのものはできる方だったが、授業態度が悪いために、通知表の評価は良くなかった。そんなときに祖母から、「成績が良くなったら何でも好きなものを買ってやる」と言われてね。現金な僕は必死で成績が上がる方法を考えたんだ。
通知表がテストの点数ではなく、先生の印象で決まると判断した僕が採った方法は、「授業中に真剣な顔で教師を見つめ、何かあるとふんふんと頷く」というもの。結果は大成功だったね。
編集:随分と古典的な方法ですね。
牧野:そう、単純な話なんだよ。当然、同級生から「牧野は教師に媚を売っている」なんて嫌味を言われたよ。でも、こっちには媚を売るだけの理由があったからね。シンプルだけど、上司や先輩にやっても効果は抜群だと思うな。
編集:こうした行動を汚い手段として選ばない人たちは一定数います。彼らは、「人を煽てて目的を達成する」という考え方そのものを、卑しいものと見ているように感じます。もしそんな人が上司だったら、逆効果ではないでしょうか。
自分ができないから、「ズルい」と指弾する
牧野:まず、部下から尊重されて気分を害する人間なんていない。あんまり露骨にゴマを擦っているように見えたら別だけどね。普通は気付かないよ。
あと、こういう手段を嫌う人たちは、自分ができない行動を、覚悟を持ってやっている人たちを妬んでいるんだと僕は思う。その結果、「ズルい」と指弾している。
僕は学校の教師だけでなく、会社の上司や同僚にも気を使った。えこひいきされて楽をしようというよりは、自分の糧となる仕事をやりきるための環境整備が目的だった。特に、契約コンサルタントとしてIBMで働いていたときは気を付けたよ。上司・同僚とはいえ、僕は外部から来ている人間で、パフォーマンスはもちろん、煙たがられるだけでも切られる立場だったからね。
これは、リンクアンドモチベーションズを創った小笹芳央さんが提唱している「アイ・カンパニー」の考え方につながると思う。自分という一つの会社をどうやって経営するか、というものだ。上司や先輩、同僚は最も身近な取引先や競合になる。そんな風に考えられたら、飲み屋で上司の愚痴を言いつつも、昼間は上司の目を見て話を聞きたくなってくるはずだ。人の心をつかめないと、大きな仕事は絶対にできないんだからね。
編集:私にも社内に取引先がたくさんいます。この意識を入社時から持って仕事をしてきた人とは大きな差ができているんだろうなと反省しております。
牧野:そう思うなら今日から始めることだ。君の上司にお会いしたら、部下との関係性について確かめておくとしよう(笑)
編集:勘弁してください…。
(続く)
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