司令官が必要としていたものは…

 この司令官と交渉したところ、規定上その少年を解放するわけにはいかないとの一点張りだった。そんな規定があるはずはないのだが、そこを攻めたら交渉が破綻するのが直感的に分かった。これは彼の面子の問題なのだ。

 協議の過程で、いったん話題を変えて、彼が担当する地域の治安問題や警察がどのような働きをしているのかを聞いてみた。南スーダンで治安を改善するための新たなプロジェクトをしたいと思っていたので、単に司令官の意見が聞いてみたかった。

 司令官は最初のうち、見事なほどに一切表情を変えず短い返事しかしなかった。警戒していたのだろう。しかし、苦労話や彼の抱える責任の大きさについて話を聞くうちに、徐々に表情に変化が出てきた。

 ちなみに、こういうときに私は、自分が本当に興味があることしか聞かないし、素直に反応することにしている。感心したふりをしても相手に伝わってしまうからだ(私に演技力がないせいもある)。

 一通り話を聞くうちに、彼が少しでも多くの人手を必要としていることを強調していることに気づいた。どの程度本当かは分からないが、彼にとっては何らかの理由で重要な主張だというサインだ。このようなことが、交渉の突破口を開く鍵となることがある。そこで、彼の立場と役割の重さを受け入れたうえで、唐突に本題に戻って尋ねた。「では、自警団やその下で働く少年が業務時間以外に学校に行けば問題ない?」。司令官は一瞬驚いた顔をしたが、仕事に影響がなければそれは構わない、と答えた。

 その結果を少年と自警団リーダーに伝えに行った。彼らは、私が司令官に本当に会いにいったことに驚いていた。警察全体としては中堅程度の役職だが、彼らからしたら雲の上の存在だ。それに、普段は相当怖いらしい。

 少年に至っては、最初は信じてくれず、私が彼を落ち込ませないために嘘をついていると言い張った。こういう時に備えてデジカメで撮っておいた写真を見せた。私と司令官が一緒に映っているものだ。写真の中の司令官は微笑んでいた。少年は写真を見て驚き、両手で顔を覆ったあと、初めて声をあげて笑った。

 本来は、少年が自警団を辞められればベストだ。しかし、司令官の面子や組織の統制などを考えると、一気に全ての希望を通すことで交渉が破綻するリスクのほうが高いと判断した。それまで閉塞状態だった交渉にわずかでも突破口をつくることが最初の目標だ。それを探し当てたら、その突破口が再び閉じないようにする。突破口を徐々に広げるための条件やタイミングを冷静に推し量る必要がある。

少年はついに親戚の元に

 この司令官には、その後も南スーダンに行くたびに会いに行った。何回か会ううち、少年に体力がないことを理由に、仕事をしばらく免除して休ませることが認められた。最初の交渉から1年後、少年は自警団を離れ、親戚が引き取ることが認められた。

 このときの交渉の一部はNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」で放送された。ちなみに、司令官も自警団リーダーもどちらも大柄。かなりの強面であることに加え、顔も傷だらけだ。映像を見た外務省やNGO関係者から「よくあんな人たちと話せるね…」と驚かれた。確かに見た目は怖そうなのだが、二人とも性格はチャーミングなところがある。

 個人的に気になっているのは、この司令官に会いに行くと麻雀のようなゲームを部下としょっちゅうしていたことだ。「実は全然忙しくないんじゃないか」と突っ込みを入れることが最後までできなかった自分はまだまだだったなと思う。