2)は、主に中堅の司令官向けだ。トップの司令官はうなるほどお金を持っている者が多いので、このインセンティブには見向きもしない。一方、中堅司令官はお金はそれほど持っていないが、部下の一般兵と同じ職業訓練を受けるのはプライドが許さない。そのため、一般兵とは一線を画した選択肢を準備することにした。場合によっては、起業した元中堅司令官が、職業訓練を終えた元部下たちを雇う棟梁のような役割を果たした例もあった。

 3)はアフガニスタンに特有のもの。アフガニスタン国内では受けられない高度医療や外科手術を海外で受けたいと希望する司令官向けだ。同国は肉料理が多いため、一定の年齢以上になると心臓や血管に持病を抱える人が多い。しかし国内の医療はそれほど進んでいない。海外で治療を受けたくても、アフガニスタン国籍、しかも司令官という経歴を持つ者が先進国に入国するための査証を取得するのは困難だった。

そしてデメリット

 もちろん、これらのインセンティブを用意しても全ての司令官が交渉に応じたわけではない。このため、期限までに武装解除に応じない場合に課すペナルティーを設けた。彼らにとってのデメリットである。

<武装解除に応じないペナルティー(デメリット)>
1)処罰の対象とする。
2)政党の結成を認めない。
3)議会選挙に立候補する権利を失う。

 1)は分かりやすいが、現実には、司令官を逮捕できるほどの司法力・警察力・軍事力がアフガニスタン政府にあるわけではなかった。国際社会にも、不用意に現地の武装勢力と対峙して自国の軍を危険にさらす国はなかった。実質的には、「これ以上交渉に応じないと罰則が生じる段階に交渉のフェーズが切り替わった」と周知する効果を狙うにとどまった。

 上記1)~3)のいずれも、「既得権益を失う」デメリットを作るために大統領令などの新たな法律までつくった。交渉相手に「条件に応じないうちに流れが変わってしまった」「このままでは乗り遅れる」と感じさせることができるからだ。交渉に応じず現状のままとどまると、乗り遅れて負け組になるという危機感を持たせる流れをつくることも重要だ。

 2)と3)については、トップレベルの司令官の多くが政治的な野心があることを利用したものだ。

 ちなみに、メリットとデメリットのなかには、同じコインの裏表になりうるものがある。同じ条件の言い方を変えるだけで、メリットにもデメリットにもなる。メリットが「期限までに武装解除すれば選挙の立候補の権利を得る」ならば、デメリットは「立候補の権利を失う」だ。重要なのは、よりインパクトが強い方に振ることだ。

 メリットとデメリットをつくるのに、事前の情報収集と分析は不可欠だ。アフガニスタンの場合、司令官一人ひとりの資産、収入源、部下の数、家族構成、どんな政治的・経済的・社会的野心を持っているかなどの情報を集め交渉に使える道具が何かを洗い出した。

 「除隊後の行くあてが無い部下の仕事を確保するまで武装解除には応じない」と語った司令官が、数ヶ月後には「自分が県知事になれるなら、部隊は手放す」と本音を語るようなこともあった。

支援する側も一枚岩ではない

 この時期の私は、米国を含めた主要支援国、駐留軍、国連とほぼ毎日作戦会議を実施。その結果を踏まえて、カルザイ大統領と閣僚一同に対して週に3日、武装勢力と交渉する際の戦略を提言していた。