前回の記事「交渉は相手に会う前から始まっている」に引き続き、交渉について話そう。

アフガニスタンでの武装解除に伴う、民兵組織との交渉風景。交渉内容によって、司令官と単独でするか、他の部下の面前でするかが変わることもある。

 お互いにすんなり合意に達する交渉ばかりなら、どれだけ気が楽だろう。現実には、明らかに相手が難色を示す条件について合意を引き出さなければならないこともある。前回も述べたように、交渉において相手と直接話をしている時にできることは限られている。

 合意するのが困難だと予想される交渉に臨む際に、事前に準備すべきことがある。相手が交渉に「合意するメリット」と「合意しないデメリット」をつくることだ。

 交渉に合意するメリットはイメージしやすいだろう。ポジティブな変化を想像させる要素だ。ビジネスの世界なら、「○○を買ったらこれだけ快適になる」「□□を受講したらこれだけスキルがあがる」「△△を導入したら生産性が上がる」などが考えられる。

 一方、相手が新しく得る何かよりも、それと引き換えに失う既得権益を気にする場合、その交渉の難易度はぐっと高くなる。ビジネスで言えば、購入するプロダクトやサービスと引き換えに支払う金銭含めたコスト、現状を変えることで生じうる手間やリスクへの懸念などがそれに当たるだろう。

 ちなみに紛争地での交渉がビジネスの交渉と決定的に違うのは、サービスを受ける現地の受益者が金銭的なコストを支払うケースがまれなことだ。現地の支援事業の多くは国際社会からの援助で成り立つ。「学校ができる」「職業訓練を受けられる」といったプロジェクトの恩恵を現地の人々が受ける場合にも、金銭的な対価を現地の人たちが負う必要は基本的にはない。現地の受益者は、支援の良し悪しや成果を判断する“顧客”でありながら、金銭的な負担は各国政府、国際機関、財団など他のドナーが負う。

失うものと得られるもののバランス

 紛争解決の現場で行う交渉では、相手に社会的地位や権力をあきらめさせることが交渉の目的になることがある。例えば、アフリカやイスラム諸国など伝統的な男性社会において、女性の権利や社会参画を向上させるプロジェクトを実施する場合。男性がそれまで占有していた集会での発言権や決定権を脅かすと受け取られることがある。

 こうしたケースでは、失うものに代わるメリットを具体的に示せるかどうかが合意の鍵となる。例えば、男性のみで世帯収入を向上させるための話し合いをしてもらったあとに、家計を把握している女性の意見を聞く場を設ける。女性の意見を取り入れたほうがより効果的に各世帯の生計を向上させるプランが作れることを示すわけだ。

 社会的地位を与えることも有効だ。妻への家庭内暴力など女性が抱える問題に対処するプロジェクトを受け入れたコミュニティでは、大臣やメディアも招いたセレモニーを行い、地元の長老たちが新たな社会的ステータスを得られるよう配慮する。

 しかし、代わりになるメリットを生み出すことがそもそも不可能な場合もある。例えば、武装勢力の司令官に武器と部下の兵士を手放すよう交渉する場合だ。手放す権力に見合う社会的地位というと、知事など何らかの政治職になる。