私がアフガニスタン大使館で外交官として武装解除を担当したときは、大使とともにカルザイ大統領に会って協議をしていた。多い時には週に数回、会うこともあった。

 同大統領への提案の素案をつくるのは私の役割だった。その分、プレッシャーも相当だったが、日本政府の外交政策や数百億円の予算を持つプロジェクトを、20代なかばで作った経験はこれ以上ない財産となった。

 NGOは、社会課題に寄り添った立ち位置で現場の事業運営を直接行う立場。現地住民との折衝、企画立案、実行から評価まですべてのフェーズに関わることができる。経験を積み成長できる速度は他の機関に比べてずっと速いのが強みだ。

 私が24歳の時にルワンダのNGOで社会人として初めて働いた際に担当したのは、数百万円程度の大きくはないプロジェクトだった。それでも、事業計画や予算の作成、現地スタッフの雇用、事務所開設、日々のトラブルシューティングなど、自分で現場を動かす充実感があった。毎日、何かを学んだし、いざとなったら自分ひとりで何とかする覚悟もついた。

 NGOは、高度な専門性を持つプロ中のプロと認識されており、金銭面で国連機関より待遇が良いところもある。途上国では、民間企業より待遇がよいことも多い。

 しかし、日本のNGOは、十億円を超える規模のプロジェクトを実施することはほとんどない。待遇も、国際機関や民間企業に比べて低い。長い間、ボランティアと同じとみなされてきたことが理由の一つだ。ただ近年は、日本でもNGOへの理解が進み、ずいぶんと改善している。専門分野ごとに高いスキルを備えたNGOが増えており、企業との連携も進んでいる。

NGOは自分の裁量で働ける余地が大きい

 私は30歳を節目に当時勤めていた国連を辞め、日本を拠点に平和構築の仕事をすることにした。どの組織で仕事をするか、選択肢はいくつかあった。フリーの国際コンサルタントになるか、NGOを立ち上げるか、それとも起業するか。

 まず、「組織」や「チーム」として、ニーズがあるのにやり手がいない新しい平和構築に取り組もうと考えた。20代のうちはとにかく現場経験を積み個人としてのスキルを高めることを優先した。でも、現場にさまざまな問題があるなか、私がひとりでできることには限界があることに気づいた。

 次にNGOに戻ることに決めた。国連や政府など大きな組織は新しいことを始めるのに時間がかかりすぎる。そして、日本紛争予防センターで過去最長の9年以上働くことになった。

 NGOの良さは、フットワーク軽く自分たちの裁量で組織の形を変えていけることだ。新たに生じたニーズに対し、動くと決めたら短期間で新規事業を立ち上げ現場の問題に対処することができる。国連と役割分担して共同事業をすることもできる。政府に政策を提言し、外交政策に影響を与えることもできる。志と手段とスキルさえ確立できれば、自分やチームの力量に応じていかようにも活動することができる。NGOに可能性を見出した理由として、この点が一番大きい。

 NGOはベンチャー企業に似ているところもあると思う。一方、私は社会起業家のようなビジネスの切り口は選ばなかった。民間企業で働いた経験も企業関係者と現場で接する機会もさほどなかったため基盤がないという単純な理由だった。それどころか、当時は民間企業の人たちと接する勝手が分からず、打合わせでは毎回とてつもなく緊張した。「武装勢力の司令官と交渉しているほうがよほど気が楽だ」と本気で思っていたほどだ。

 ただし、NGOで働き始めると、企業と連携したり協力したりする機会が日常業務の中で頻繁に起こる。いつまでも勝手が分からないままではいられない。とりあえずジャック・ウェルチの本を読んだり、ビジネスセミナーを受講したりした。

 その後年月が流れ、3年前にJCCP Mという会社の取締役となった。途上国でのビジネスを支援し、復興につなぐ仕事を営んでいる。さらには日経ビジネスで連載までするようになった。まだまだ発展途上だが、少しは苦手意識を克服できたのかもしれない。