(前回から読む)
ここまで、第1回「叱ろうとして失敗する3大パターンと対策」、第2回「部下から尊敬される上司になるための正しい叱り方5ステップ」、第3回「叱りたいけど叱りづらい 4大ケースと対応ノウハウ」と、正しい叱り方をご紹介してきました。
叱る目的は、間違った言動を相手自身に「間違っていた」と気づかせ、自主的に改善してもらうように仕向けること。つまり、叱ることは育てることです。そして、育てるうえで「叱ること」と同じくらい重要なことが「褒めること」です。
叱ることの3倍、褒めよう
一般的に、叱ることの3倍、褒めることが必要と言われます。
心理学で証明されているネガティビティ・バイアスという心の作用があります。私たちの脳には自分を守るための生物としての自衛本能があり、ポジティブな情報よりもネガティブな情報に敏感に反応し、より長く、より強く記憶されるようになっています。
「叱ること」は育てるために必要、重要とはいえ、叱ることは「君の言動は間違っている」というメッセージです。従って、叱ることは上司にとっても気持ちよくないですし、叱られる側にも心地よいものではありません。だからこそ、「正しい叱り方5ステップ」でも、ネガティブな情報を受け入れて行動を修正してもらうために、最後に「期待を伝える」わけです。そして、それではまだ足りないので、「叱られた」というネガティブな情報の3倍、「褒められた」というポジティブな情報をインプットする必要があるのです。
今まで多くのコミュニケーション研修をやってきた感覚でいうと、40歳を越えると一気に褒めることが苦手な方が増える、極端にできない方が増える印象です。苦手な方は「家族にも褒めたことなどない」と言います。
そういう方に「なぜ褒められないのでしょう?」とできない理由をうかがうと、「相手に媚を売っているみたいだ」「気持ち悪い」「わざとらしい」「自分が褒められても嬉しくない」「おべっか、御世辞みたいだ」と否定的な答えが返ってきます。そんな方々にまずお伝えしていることが「褒める目的」です。
叱る目的が「間違った言動を修正してもらう」だったことに対して、褒める目的は「好ましい言動を習慣化する」ことです。相手が気持ちよくなるようにお世辞を言うことでも、モチベーションをあげることでもありません。そんなことを考える必要はありません。相手の人格ではなく、相手の言動、その中でも好ましい言動を強化し、繰り返してもらうことで、相手を成長させる。それが褒める目的です。これをお伝えすると、苦手という方の多くが納得されます。
肯定語で、「I」メッセージで、プロセスを
人は誰しも「認められたい」という欲求を持っています。だからこそ、良い言動を褒められると、それを繰り返そうとします。褒める基本は相手に良い期待をかけることです。そして、期待をうまく伝え、良い行動を強化するための「正しい褒め方」のポイントは3つです。
ポイント1 肯定語で褒める
脳科学において、われわれの脳は否定語、「○○ではない」「○○しない」「○○を考えない」を理解できないと言われています。
従って、褒める時には「Eさんはいつも納期に遅れないよね」と否定語で褒めるのではなく、「Eさんはいつも納期前に提出してくれるよね」のように、「○○だ」「○○している」「○○を考える」といった肯定語で褒めましょう。肯定語で褒めることで、何が好ましい言動かが正しく脳にインプットされます。否定語で褒めると、間違った行動、例えば「納期×遅れる」が刷り込まれてしまいますので要注意です。
ポイント2 「I」メッセージで褒める
「I」メッセージとは意図的に「私」を主語にして伝えることです。
つまり、「Fさんはいつも納期前に提出してくれるよね。おかげで私も次の仕事にスピーディーに取りかかれてすごく助かっているよ」「Fさんが元気に挨拶してくれると、私も清々しい気分になるよ」「Fさんはいつも朝早く出社しているね。その熱心さが嬉しいよ」といった表現です。「相手の言動によって、私がどう思い、どう感じるか」。自分の感情を伝えることで、相手は“自分の影響力”を感じ、褒められた行動を繰り返しやすくなります。
ポイント3 プロセス(過程)を褒める
プロセスを褒めるということは、結果だけでなく、相手の行動や変化、意図を褒めるということです。
褒めるのが苦手な方は、褒めることができない理由の2つ目として、「結果を出していないのに褒めるわけにはいかない」「結果目標もプロセス目標も足りていない。褒めるところなんてない」と仰います。結果に責任を持つ上司の方の気持ちとしては非常によく分かります。ただ、行動や変化といった相手のプロセスまで着目すれば、必ず褒められるところはあるはずです。
最も重要なことはプロセスを褒める
褒める目的は好ましい言動を強化して、習慣化することです。 だからこそ、3つのポイントの中でも、ポイント3「プロセスを褒める」は非常に重要です。
繰り返しになりますが、褒められない上司は、「売上目標に到達していない」「見込数も足りない」「訪問目標も達成していない」「だから褒めるところなんてない」と結果に注目しています。一方で、褒めるのが上手い方はプロセスや変化に注目しています。例えば…
「○○機械の案件は□□という提案をしたところがすごく良かった」
「先週より訪問件数が徐々に増えてきた。来週のアポも順調に入っているな」
「△△商事の件、受注できなかったけれど、問い合わせをもらってから即日提案したスピード感は素晴らしい」
…という具合です。もちろん最終的な目標を達成していない、結果を出していないことが許容されるわけではありません。それはそれで指導すればよいのです。ただ、「達成していないからこそ、プロセスの中で好ましい言動を強化、習慣化してもらい、次は達成してもらう必要がある」と考えてみてはどうでしょうか。
繰り返し成功したり、大きな結果を出してもらうために仕事のプロセスにおける好ましい言動を褒め、それを加速させることが上司の役割です。
結果を褒めることが悪いわけではありません。ただ、結果を出すプロセスと比べれば、結果を出すことは再現するのが難しいですし、われわれは常に良い結果を出せるわけではありません。しかし結果を出すためのプロセス、すなわち好ましい言動は習慣化していくことができます。リーダーにとって、そして、組織にとって、結果が重要であることは言うまでもありません。だからこそ、プロセスや言動の変化を褒めることで、継続して結果を出せる組織、結果を出せるメンバーを育てていきましょう。
プロセスを褒めるうえで重要なのは、部下に興味を持って見ているかということです。部下の方をしっかりと見ていない上司はプロセスを褒めることができません。何を褒めたらいいか分からないという上司の方は、部下の方のプロセスにしっかりと着目してあげてください。“褒めノート”をつくり、そこに褒めるための材料を書き留めていくのも1つのやり方です。
できることから始め、自信を育てていく
ここまで「正しい褒め方」のポイント3つをご紹介しました。3つとも身に付けられると非常に効果的なのですが、「褒め慣れていない」という方は、ポイント2の「I」メッセージを苦手とするケースが多いです。その場合には、ポイント2はやらなくても大丈夫です。「『朝早く来てくれて、(私は)嬉しいよ』なんて言うのは気持ちが悪い、虫唾が走る!」という方は、ポイント1とポイント3だけ徹底して下さい。
「今日も8時出社か。早いね」
「○○商事への報告書、約束した納期の3日前に出してくれたね。良いスピード感だ」
「作ってくれた資料、△△のまとめ方が非常に丁寧だ」
良い言動(プロセス)を肯定語で伝える。つまり、「事実をそのまま伝える」だけです。繰り返しますが、褒める目的は相手の良い言動を繰り返してもらい、習慣化することです。べつにお世辞やおべっかではありません。仕事するうえで好ましい言動、繰り返してほしい言動をフィードバックすることが「褒める」ことです。
若手の社会人向けに研修していると、「褒められるとやっぱり報告したくなります」「褒められたくてやっているわけではないですが、でも一緒に喜んでくれると嬉しいです」「褒められると自信がつきます」と、上司から褒められることに対しては非常に前向きな声があがってきます。
毎年のように新入社員研修をやっていると、 「自分に対する自信」が失われてきていることを感じます。もちろん、高校や大学時代に何かをやり切った、何かに挑戦したという方は自信があります。ただ、「大学も、バイトも、就職も、何となく流れに乗ってやってきました」という若者が増えているのです。そして、自分で意思を持って選択したり、挑戦してきた経験が少ないから、自分に対して自信がないのです。褒めることで、相手の好ましい言動を強化し、習慣化する、「あなたの○○という言動は良い言動だから、繰り返してほしい」と伝えることで、ぜひ彼らの自信を育てていってください。
「叱る」と「褒める」の掛け算で
なお、褒める場合に、言動だけでなく、相手の意図も褒められるようになると、褒めるスキルも上級レベルです。これができるようになると、「褒めながら叱る」というやり方もできるようになります。例えば…
「○○への提案、△△という意図で行ったのか?」
「そうか、△△という意図はとても良いな。入社1年目の□□さんが△△の意図をもって動いているのはすごく嬉しい」
「ただ結果として、××という結果になってしまったな。なんでだと思う? どういう提案の仕方をしたら良かったと思う?」
「そうだな、一度提案する前に私に報告してくれれば、私もアドバイスできたな。今回ダメだった結果はしっかり受けとめてほしい。ただ、挑戦しようとした△△という意図はとても良いから、今後はいま言ってくれたように事前に報告してほしい」
…といったやり方です。褒める⇒叱る⇒期待を伝えるという流れにすることで、好ましい言動を強化し、間違った言動は修正してもらうという勢いがさらに加速します。
ここまで全4回で、正しい叱り方のステップ、正しい褒め方のポイントをご紹介してきました。すでにご理解の通り、
「叱る」=相手の間違った言動を相手自身に気づいてもらい、修正してもらうように仕向ける
「褒める」=相手の好ましい言動を強化し、習慣化してもらう
ということで、「叱る」と「褒める」は対になっています。理性的に、相手の言動という事実にフォーカスして、相手を成長させるための方法、それが「叱る」と「褒める」なのです。正しい叱り方、正しい褒め方を使いこなすことで、部下を育て、より尊敬される上司となり、結果を出し続ける組織を作っていきましょう。
(了)
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