(前回から読む)
叱りたいのに叱れない。そんな上司が増えています。中堅大手企業でよくうかがうのは「パワハラやメンタルヘルスの研修などで、『怒るな、褒めて育てろ。叱るときには注意しろ』と言われて、ロールプレイングもしたけど、よく分からない」という声。また、ベンチャーや成長企業で、20~30代で管理職をしている方からは、「自分たちは学校や家庭でも叱られずに育ってきた。『叱れ!』と言われてもやり方が分からない。それに自分が叱られてこなかったから、叱るのが怖いし、部下から嫌われるのも怖い」という悩みを聞きます。
叱る目的は、間違った言動を相手自身に「間違っていた」と気づかせ、自主的に改善してもらうように仕向けることです。つまり、叱ることは育てることです。また、若手社員の研修をしていると、参加者から「上司が指摘してくれないのは自分の成長に無関心なのかなと感じます」や「何も言われないし、多少手を抜いても褒められるので、『これぐらいでいいのかな』って思っていました」という声もよく聞きます。正しい叱り方をマスターして、部下を育て、部下からさらに尊敬される存在になりましょう。
前回は失敗の3大パターンと失敗を避けるための対策を紹介しました。今回はそれを踏まえて、部下との人間関係も維持して、“将来感謝される”正しい叱り方の5ステップを紹介します。
叱るべきことを書いて、自分をセット
正しい叱り方の5ステップを実践するうえで、最も大事なことは、「自分自身をセット」することです。そのために一番のお勧めは、事前にどう叱るかを紙に書いて整理すること。直近で叱りたい人、コトがあるようでしたら、ぜひ紙とペンを用意して、5ステップに従って、「正しく叱れるように自分自身をセット」してください。紙とペンがない方も頭の中で考えながら、5ステップをお読みください。
5ステップに入る前に、紙の一番上に「今回叱りたい相手の言動」を書きましょう。そして、その下に「叱ることで得たい結果:相手に何に気づいて、言動をどう修正してもらいたいか?」を簡潔にまとめましょう。
例えば、「叱る対象:鈴木くんの遅刻」「叱る目的:遅刻することで信頼を失っていることに気付いてほしい。今後遅刻しないための行動を自ら考えて設定してもらう」といった形です。
叱りたい相手の言動を特定(できれば1つ)する。そして、得たい結果を明確にする。これだけで失敗の3大パターンを回避することにつながります。もちろん、いつも紙に書くのは難しいでしょう。慣れてくれば頭の中で整理して、スムーズに自分をセットできるようになります。ただ、慣れないうちは紙の切れ端でも、スマートフォンでも結構ですから、メモを。目的と得たい結果が特定できたところで、5ステップに入ってきましょう。
ステップ1 事実を確認する
事実は当たり前に分かっていると感じられるかもしれませんが、意外と間違っていることもあります。また、「自分が捉えている事実」と「相手が認識している事実」が違うこともあり得ます。例えば…
■叱り手(佐藤課長)にとっての認識
●「鈴木くんは先週も朝礼にいなかった。今日も朝礼に遅刻してきた。鈴木くんは遅刻が多い」
■叱られ手(鈴木さん)にとっての認識
●「先週はお客様先へ直行するので朝礼に欠席することになり、近藤先輩に欠席を伝えた。今日は電車が信号トラブルで止まってしまい、なるべく間に合うように別ルートで来たが間に合わなかった」
こうした認識のズレがあるかもしれません。私たちはつい自分が把握していること、自分から見えていることが正しいと思い込み、それを前提に叱ってしまいます。叱る対象となる事実がズレているまま、頭ごなしに叱りつければ、当然、相手は「何を言っているんだ…」と心を閉ざしてしまいます。まずステップ1で自分が捉えている事実が正しいか?を確認しましょう。これも自分が捉えている事実を紙に書いておくと実行しやすいでしょう。
■佐藤課長が確認すべき事項
●「鈴木くん、もう9時を回っていて、遅刻じゃないか。何かあったか?」
●「鈴木くん、先週も1回朝礼にいなかったよな?」
ステップ2 相手の言い分を聴く
ステップ1に続いて行うことは「相手の言い分を聴く」です。これはステップ1と一体と思ってもらってよいでしょう。
[ケース1]
佐藤課長:鈴木くん、もう9時を回っているけど、何があった?
鈴木さん:乗っていた電車が信号トラブルで止まってしまい、急いで来たのですが遅れてしまいました。
[ケース2]
佐藤課長:鈴木くん、先週も1回朝礼にいなかったよな?
鈴木さん:あの時はお客様先への直行で近藤先輩にお伝えしていました。
[ケース3]
佐藤課長:鈴木くんはいつも9時ギリギリに来るけど、なんでだ?
鈴木さん:だって、9時始業ですから、9時前に来れば問題ないですよね?
相手の言い分を聴くことで、叱る対象が変わることもありますし、叱る理由が変わるかもしれません。ケース2のようにこの段階で事実のズレが明らかになるケースもあるでしょうし、ケース1のように相手の事情を掴むことができます。叱られる側も自分の状況を理解してもらったうえで叱られることで、心を開いて受け入れやすくなります。人が行動するには何かの理由や意図、そして、行動を取った背景や状況があります。
もちろんケース1やケース3のような相手の状況や言い分をすべて受け入れる必要はありません。相手なりの背景があったとしても、修正してもらう必要があれば、叱ることをやめる必要はありません。例えば、「遅刻」という相手の行動は修正してもらう必要があります。ただし、「なぜ遅刻したのか?」について相手の状況を理解したうえで叱ることで、相手が受け入れやすいように叱ることができます。ここは事前に紙に書いておけませんので、紙に「○○さんの言い分」と言い分を聴く枠を作っておくと意識しやすいでしょう。
ステップ3 理由を明確にして叱る
ステップ2で相手の言い分を聴いた上で、いよいよ叱ります。叱るうえで重要なことは、相手の言動がなぜいけないのか、なぜ修正してほしいのかを明確にすることです。当たり前のことだと思われるかもしれませんが、理由を明確に伝えないまま叱り、新人、若手との信頼関係を失っているケースも多々あります。
■佐藤課長の言い分
●「何を言ってるんだ、9時ギリギリじゃなくて、30分前に来るのは当たり前だろう」
●「俺の新人時代は30分前には出社して、先輩方の机を拭いたもんだ」
上記の理由を見れば、「なぜ始業時間ギリギリではなく、早めに来ないといけないか?」の理由になっていないことが一目瞭然です。
鈴木さんも相手は課長ですので、表面的には「はい、分かりました」「申し訳ありません」と返しますが、内心では「いやいや、全然理由になってないでしょ。意味が分からない」だったり、「もう最悪。また昔話かよ。時代が違うよ」などと思っている可能性もあります。
私たちは、自分が当たり前だと思っていることほど、その「理由」を的確に説明できません。そして、「当たり前」「そうするのが自然」「だってそうでしょ」と思っていることに、相手の行動が反した時ほど怒りが込み上げてきます。
そして、「若い頃は上司の言うことが絶対だった。理由なんて関係ない。でも上司の言うことに従ったから成長して、今の自分があるんだ。上司には感謝している」と思っている方ほど要注意です。今の若い人は理由がないと動かず、理不尽を嫌う傾向があります。ですので、必ず「なぜその言動を修正する必要があるのか」を明確に伝えましょう。理由を伝える時は、相手が理解しやすい例え話や事例を交えると効果的です。また相手と双方向で会話していくことで、相手の納得感が高まります。
■佐藤課長が明確にすべき「叱る理由」
●「会社の勤務時間っていうのは、サッカーの試合時間みたいなものだ。ユニフォームに着替えて、試合時間にピッチにいるだけで、プロの世界で通用するか? 通用しないような。会社も一緒だ。つまり、9時の始業にはウォーミングアップを終えて、本業に取り掛かれる状態でいることが大事だ。鈴木くんは先週、9時~9時半まで何をやっていた?」
●「もちろん電車が遅れることはあるし、止むを得ず遅刻する時もあるよね。ただ、鈴木君と同じ路線を使っている他メンバーは全員、間に合っているよね。その中で鈴木くんだけ遅刻したら、どう思われると思う?」
叱るのが下手な方は、このステップ3ができていないケースが圧倒的に多いです。慣れないうちはこのステップ3=叱る理由をしっかりと紙に書いて事前に整理しておきましょう。
ステップ4 今後の改善策を促す
繰り返しになりますが、叱る目的は間違った言動を相手自身に気づかせ、言動を改善してもらうことです。従って、行動が改善しなければ、叱る目的は達成されません。そのために重要なのがステップ4で、質問する、相手に考えさせるということです。自ら改善策を考えることで、実行される可能性が高まります。
しかし、現実には上司が先に解決策を答えてしまうケースが多く見られます。そうすると、「上司に指示されたことを実行する」だけになってしまい、言動の改善がその場限りになってしまいがちです。
ある工場でコミュニケーション研修をした時、管理職の方に「自分がいる時はメンバーも整理整頓をやるのですが、自分が海外出張などでいないと途端にやらなくなるのです。出張から帰ってくると、工場が乱れています。しょうがないから、また叱りつけてやらせるのですが…。イタチごっこでもう疲れました。どうしたらやってくれるのでしょう?」と相談されたことがあります。
真剣に悩まれていたので、部下の方から匿名を条件に話をうかがったところ、叱り方のステップ4ができていませんでした。「○○さんが指示したやり方だと効率的にならないんですよね。ただ、上司に指示されたやり方なので。だから、面倒くさくなって…」といった具合です。
ステップ3まではできていましたので、管理職の方に状況を伝えて、メンバーの皆さん自身に改善方法を考えてもらうことにしました。
研修が終わって2カ月ほど後、管理職の方から「自分がいなくても取り組むようになってくれたどころか、自分たちでどんどん改善してくれるようになりました! 自分が改善策を指示しないとダメだと思っていたけど、それこそがダメだったんですね。よく分かりました」と連絡をいただきました。
■佐藤課長が改善を促すために
●「遅刻しちゃまずいし、早めに来た方がいいことは分かったかな。じゃあ、どうやって改善する?」
ここもステップ2と同じく、事前に答えは書けません。紙に書く際は枠を作って「質問するスペース」を作っておきましょう。
ステップ5 期待を伝える
叱ることは相手を育てるうえで意味があり、必要なことです。とはいえ、大半の人にとっては叱ること、叱られることは気持ち良いものではありません。だからこそ、最後にステップ5「期待を伝える」を行うことで、今後も叱りやすくなりますし、お互いに気持ちよく終えることができます。「褒めたり、期待を伝えるのは得意でない」という方は、ぜひ意識して紙に書いておきましょう。
「ゆとり世代」と一括りにするのはよくないですが、今の若手は、自分が実現したい姿、ありたい姿のために頑張る傾向が強いと言えます。普段から叱る相手のことを見て、相手がなりたい姿、手に入れたいモノを把握しておくと、期待を伝えるうえで役に立ちます。
■佐藤課長が鈴木さんにかける言葉
●「鈴木くんも、もう2年目になったな。6月には新人が配属されるから、先輩としてしっかり後輩を鍛えてやってくれよ」
●「鈴木くんの何事も物怖じせずにガンガン取り組むところは高く評価しているんだ。今、足りていない基本行動を徹底できたら、先輩たちや他部署からも信頼されるし、そうしたら、お客さんも引き継いでいけるからな」
うまく行かなければ、前のステップに戻る
5ステップを進めるうえで、各ステップでうまく行かなければ、前のステップに戻ることが肝心です。
「こんなステップを踏んで叱らなきゃいけないのは面倒くさい…」と思われるでしょうか。
ステップを飛ばしたり、相手が納得しないまま次にステップに進んだりしても、こちらは上司ですので、相手も表面的には「はい、分かりました」と従います。しかし、内心では「上司からの指示だし、また叱られるのは嫌だから、面倒くさいけどしばらくは我慢するか」という状態です。
そうすると、何度も同じことを繰り返し、叱る側も徐々に苛立ちが溜まっていきます。そして、どこかで「失敗の3大パターン」に陥ってしまい、相手との関係を壊してしまいます。叱ることも「急がば回れ」です。順を追って、5ステップをしっかりと踏んでいくことで、相手が自身の間違っていた言動に気づき、解決策を自ら考え、実行できるようにしましょう。そうした先に、部下の成長があり、尊敬される上司への道が開けていきます。
次回は「叱りたいのに叱れない4大ケースと対策」をご紹介します。
(次回に続く)
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