ファッションとしてのイクメンは終わった
元祖イクメン界リーダーが語った「新しいパパ」の実像(後編)
40代以下の男性経営者に子育ての実践と哲学を聞き、男性の育児にまつわる新しい価値観を探る連載「僕らの子育て」。その書籍化に合わせて話を聞いたのは、12年前に父親支援のためのNPO「ファザーリング・ジャパン」を設立し、厚生労働省が掲げた「イクメン」の普及に貢献してきた安藤哲也さん。自身も3児の父として子育てに関わり続けている。
時代がひと回りする間に、男性の子育てシーンはどう変化したのか。子育てに深く関わることで、男性のライフ&ワークにどんな影響があると分かってきたのか。これから先の、男性の働き方、生き方の未来像とは。この分野を見つめ続けてきた安藤さんに語ってもらった。(今回はその後編)
ファザーリング・ジャパン代表理事 安藤哲也(あんどう・てつや)氏
1962年生まれ。二男一女の父親。出版社、書店、IT企業など、9回の転職を経て、2006年にファザーリング・ジャパンを設立。「育児も仕事も人生も笑って楽しめる父親を増やしたい」と、年間200回以上の講演や企業セミナー、父親による絵本の読み聞かせチーム「パパ's絵本プロジェクト」などの活動で全国を飛び回る。子どもが通う小学校でPTA会長、学童クラブや保育園の父母会長も務め、“父親であることを楽しもう”をモットーに地域でも活動中。2012年には社会的養護の拡充と児童虐待、DVの根絶を目的とするNPO法人タイガーマスク基金を立ち上げ代表理事に就任。2017年、「人生100年時代をデザインする」をコンセプトにライフシフト・ジャパンを立ち上げ、代表取締役社長を務める。厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」座長、内閣府「男女共同参画推進連携会議」委員など、政府の各委員を務めるほか、「イクボス企業同盟」の企業ネットワークも推進する(インタビュー撮影/鈴木愛子、ほかも同じ)
安藤さんは、多忙なビジネスパーソンこそ、PTAなどにも父親が積極的に参加した方がいいと発信し続けていますね。
安藤氏(以下、安藤):はい。ダイバーシティ経営を学べるからです。
本連載に登場した、気鋭のビジネスリーダーやプロフェッショナルなど10人の子育て論をまとめた『
子育て経営学』
義務教育である小中学校の保護者が集まるPTAは、会社とは比べものにならないほどの多様性に満ちた場です。
そこで意思決定に関わる経験をした男性たちは、「会社の会議なんて楽勝ですね」なんて言いますよ。
特に小学校の6年間は貴重な学びが多い。僕は「6年間限定の地域パスポートをムダにするな」と後輩パパには伝えています。
PTAや地域行事への参加というと、どこか義務的な印象があるかもしれませんが、実際にやってみると地域で友達も増えて、会社でも家庭でもないサードプレイスが無限に広がっていきます。
地域に顔見知りが増えれば、お互いの見守りもしやすくなってリスクも減る。男性が市民権を獲得していくことは、「わが子だけでなく、他人の子も社会全体で育てていこう」という意識を広めるし、地域の発展にも貢献するはず。
みんな、高い金を払って“夢の国”の年間パスポートを買ったりしていますが、もっと魅力的なワンダーランドがすぐ近くにあることに気づいてほしいですね。
子育ては期間限定だけれど、この時期にしっかりと地域と関わっておけば、数十年後の自分にハッピーなお返しがある。
地域のつながりという“無形資産”が効いてくるのが定年後で、現役時代に仕事ばかりしていて地域でそれを築けなかった人たちが「孤立化した高齢者」として、今の社会問題になっています。
僕たちは、そんな一世代前の人たちを反面教師として、地域の関係性を積極的に築いていった方がいい。そのきっかけとして始めやすいのが、子育てを通じての地域デビューです。
僕は今、地域にパパ友40人、ママ友70人、ジジ友20人、ババ友30人くらいいますから、60代以降の生活も楽しめそうだという安心感があります。
東日本大震災の日には、出張中で新幹線に閉じ込められ、妻も勤務先からすぐに帰宅できませんでした。けれど近所の人たちが、子どもたちの安全を確認して保護してくれました。この関係性こそ、何にも代えがたい宝物だと思いましたね。
男性の子育て参加で「児童虐待」なども解消する?
男性が子育てに参加することは、個人の人生の幸福度を長期にわたって高めると。では、社会全体へのメリットはいかがでしょうか。
安藤:いくつもありますが、男性のワーク・ライフ・バランスが良くなると、まずは長時間労働や業務の属人化が減って企業の生産性が上がりますね。
さらに育休をそれなりの期間取るようになると、多様な視点が仕事の中に取り入れられることでイノベーションも生まれやすくなる。それは女性活躍で実証済。男性だって同じことが起こるはずです。
そうやって企業の業績が上がれば、給料も上がって消費も刺激され経済も活性化するし、家計所得が伸びることで経済的理由で子どもを諦めてた人が減り、出生数が伸びるでしょう。
企業の存在価値も、単に利益を上げる、株価を上げるといった数値で測られた時代は終わり、いかに社員やその家族を幸福にしていくか、社会を最適化していくかという側面に関心が集まっています。
若い人ほど、そういう企業姿勢への共感も高まっているので、企業の寿命を延ばす意味でも必須ではないかと思います。
日常的に子育てに関わる男性が増えれば、女性がキャリアを諦める例は減り、孤独な育児に苦しんで虐待に向かう問題も解消に向かい、女性だけが結婚後に改姓する制度に違和感を抱く人は増えていく。
つまり男性の子育て参加は、「女性の活躍」「児童虐待」「選択的夫婦別姓の実現」といった様々な社会課題を一気に解消する“一番ピン”となり得るわけです。
ボウリングで正面のピンを倒すと一気にすべてのピンが倒れるのと同じように、世の中の風景を変えるために一番早くて効果的なアプローチが、男性の子育てを支えていく施策なのです。
安藤さんがファザーリング・ジャパンを立ち上げたのが12年前。「イクメン」は新時代を迎えたと言っていいでしょうか。
安藤:明らかに言えるのは、「ファッションとしてのイクメンは終わった」ということです。
「イクメン」という言葉が流行語大賞にノミネートされたのは8年前のことですが、その頃は、海外ブランドのユニセックスデザインのベビーカーが流行して、形から入る男性が多かった。
それはそれでいいことで、スペック好きの男性にとっては入りやすいエントリーだったと思います。
その頃から、休日にベビーカーを押す男性や、通勤前に保育園に子どもを預けに行く男性が街中で見られるようになり、その間に女性活躍推進で共働き世帯は増加の一途を辿り、待機児童問題も注目されるようになりました。
今はその光景を見てきた次の世代が父親になり始め、「イクメン、というか、育児するのは当たり前でしょ?」と言う男性が急速に増えてきた。
イクメンOSが初期設定としてインストールされている彼らは、きっとこれから「イキメン(地域で活躍するメンズ)」となり、管理職となれば「イクボス」となり、やがて「イクジイ」なり、介護もこなす「ケアメン」にもなるでしょうね。
これ、ファザーリング・ジャパンでは「イクメンの5段活用」と呼んでいるのですが、男性の成長ストーリーだと思っています。
多様性を理解する力は、子育てで養える
これからの若い世代、特に経営に関わるリーダー層の男性たちに期待したいことは。
安藤:経営者はビジョンを描いて実行するのが得意なはずだから、今の社会像にとらわれず、「子どもたちが生きる未来の社会をこんな風景にしていきたい」と絵を描いて実現に向けて進んでいってほしい。
ビジョンを描く力があり、その実現のためのリソースもある人が、どんどん挑戦していってほしいと思います。
子育てや家事の経験から発想したビジネスを実現する起業家はかつて女性が多かったけれども、これからはどんどん男性も出てくるでしょうね。社会のために、会社がある。文字を入れ替えただけの、この二つの存在を上手に行き来できる世代の活躍がすごく楽しみです。
さらに言うと、子育てを通じて広がった視界をより一層、広げる努力をしていきたいものですね。
昔、僕が企業で部長時代に部下だった女性が「今日は休ませてください。体調不良で……」と連絡をしてきたんです。彼女はシングルで一人暮らしだったんですが、あとでよく聞いてみたら、「実はペットが急病になって」と。その時、「ペットも大切な家族なんだから、正当な理由じゃん」とサラリと言えるかどうか。
多様性を理解して、他人の事情に寄り添っていける力は、これからのリーダーにますます求められる資質。それを学ぶためにも、子育てのチャンスが来たらやっておいた方がいいと思います。
僕たちの世代もまだまだ成長ストーリーの途中にいますから、ぜひ一緒に新しい社会を作っていきたいですね。
本連載に登場した、気鋭のビジネスリーダーやプロフェッショナルなど10人の子育て論をまとめた『
子育て経営学』
本連載「僕らの子育て」が1冊の本になりました。新しい時代を担う若手経営者たちや、様々な業界のプロフェッショナルたちが、どのように「育児」と向き合っているのか。また子育てと仕事(組織運営や人材育成)との関係は――。以下のような方々が、「リアルな子育て」をありのままに明かしてくれました。
早稲田大学ビジネススクール准教授・入山章栄氏
ソラコム社長・玉川 憲氏
ノバルティスファーマ社長・綱場一成氏
建築デザイン事務所noiz代表・豊田啓介氏
SOUSEI社長・乃村一政氏
ソウ・エクスペリエンス社長・西村 琢氏
スペースマーケット社長・重松大輔氏
ガイア社長・中桐啓貴氏
NPO法人クロスフィールズ代表理事・小沼大地氏
WiL共同創業者兼CEO・伊佐山 元氏
『子育て経営学』は、絶賛、発売中です。
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