「“何もしない”」をして子どもの可能性を伸ばす
ホラクラシー経営を実践するダイヤモンドメディア社長の子育て(前編)
「オトコが育児に参加するのが当たり前」の時代に変わりつつある。旬の経営者や学者、プロフェッショナルたちも、自らの育児方針や育休取得についてパブリックに言及することが増えてきた。優秀なリーダーたちは、我が子にどんな教育を与えようとしているのか。また自身はどう育てられたのか。そしてなぜ、育児について語り始めたのか。
連載14回目に登場するのは、不動産業界の情報整備・共有の促進によって、不動産業界のイノベーションに取り組むダイヤモンドメディアを経営する武井浩三氏。「ホラクラシー(分散型・非階層型)」経営を実践することでも注目を集める。2児の父親でもある武井氏は、経営と子育てをどのように関連づけているのか。話を聞いた。今回はその前編。
ダイヤモンドメディア社長 武井浩三(たけい・こうぞう)氏
1983年神奈川県生まれ。高校時代までミュージシャンを目指し、バンド大会などで受賞。高校卒業後、米ロサンゼルスに留学。21歳で帰国後、友人らとファッション系CGMメディア事業で1度目の起業。1年で倒産し、企業の組織運営について、ゼロから再考する。翌2007年、ダイヤモンドメディアを設立。不動産業界の情報整備・共有の促進によって、不動産業界のイノベーションに取り組む。創業時より「自分の給料は自分で決める」「働く時間、場所、休みは自由」「財務情報はすべてオープン」といった独自の経営を実践。“ホラクラシー経営のモデル企業”として国内企業から注目される。2017年、第3回ホワイト企業大賞を受賞。取材時、34歳。都内在住。同い年で元看護師の妻、4歳の長女、2歳の長男の4人暮らし
(取材日/2018年6月20日、インタビュー撮影/鈴木愛子、ほかも同じ)
武井さんが2007年に創業したダイヤモンドメディアは、従来のヒエラルキー(中央集権型・階層型)経営とは相対する、「ホラクラシー(分散型・非階層型)」経営の実践企業として注目されています。2児の父としての姿も、その経営に通じるものがあるのだとか。まず、経営面でどんな取り組みをしてきたか、教えてください。
武井氏(以下、武井):マネジメント面では、理念や目標はありません。働く時間や場所、休日の規定もなし。上司・部下という関係はなく、全員一律に「メンバー」という立場です。
金銭面では、財務情報は全員に公開して、給料はチームで話し合って決めています。副業や起業を応援していて、社員の家族も応援する文化です。
ほかにもいろいろと試しながらやっていますが、一番の極めつきは、「社長」という立場すら、あってないようなものであることでしょう。
登記上は必要になるので僕が社長という立場を務めていますが、実際には、メンバー全員が少しずつ経営の役割を担っています。
さらに昨年には、会社の中に経営管理組合という組合をつくって、議決権の70%を持たせました。僕個人は12%しか持っていないので、僕の判断だけで会社を動かすことはできません。特定の個人に権力が集中しない組織になっています。
理念なし、目標なし、規則なし、上司も社長もなし
理念なし、目標なし、規則なし、上司なし、さらに社長なし。これまでの組織運営に絶対必要とされてきた条件をほとんどなくしていますね。それでうまくいっているのでしょうか。
武井:10年間経営をしてきて、「この方法で間違いない。世界がこれから目指す方向と合っている」と確信できています。
10年前は、「ホラクラシー経営」という言葉すら意識せずに始めたことですが、近年の経営学で注目されていることもあって、最近では国内外から視察や講演の依頼が舞い込みます。
当社の本業は不動産業界にITサービスを提供することです。けれど最近は「経営について教えてほしい」というコンサルティング業務も急増していて、自治体や国土交通省からも、お声がかかるようになりました。
韓国のサムスングループやフランスのビジネススクールが研究のために視察に来たこともありました。ブロックチェーンのように、分散型のテクノロジーが急速に発展していることも、環境面での追い風になっています。
日本でも、未来工業やメッツトヨタ南国など、部分的にホラクラシー経営を取り入れている企業はこれまでもありました。けれど当社では、会社全体で丸ごと実践できないかと挑戦をしています。
子育ても経営も“何もしない”をする
そもそも、今のような経営を始めようと思ったきっかけは何だったのでしょう。
武井:1度目の経営の失敗経験からです。アメリカ留学から戻って、ファッション系の会社を起業したのですが、全くうまくいかず、負債も膨らんで、1年で倒産させてしまいました。
2度目のチャレンジをしようとした時、「価値のあることを成し遂げなければ意味がない」と強く思いました。それは、金稼ぎや名声を上げることではなく、本当に世の中を良くするインパクトを生み出すことなのだと思います。
では、何をするべきなのかと、改めて経営の基本から勉強し直しました。
いわゆる管理会計の近代的手法も一通り勉強しましたが、さらに思考を深めて、蟻や蜂の生態や人間の体、宇宙の仕組みも研究して、「自然の摂理を経営に活かせないか」と考えるようになりました。
例えば農業で、福岡正信さんが確立した「自然農法」という手法があるのですが、雑草を抜かず、耕さず、肥料や農薬も与えない。木村秋則さんの“奇跡のリンゴ”で有名になった農法です。何もしていないようだけれど、それを繰り返していくと、一般的な農法よりも収穫高は増えていくそうです。
経営も同じように、「これをやれ、あれをやれ」と押し付けず、その人が成長したいように成長するのを、邪魔しないことが大切。「“何もしない”」をすることで、一人ひとりの本来の持ち味が芽生えてくる。
子育ても全く同じだと実感しています。
改めて、子育ての方針について伺わせてください。お子さんは2人ですね。
武井:4歳の長女と2歳の長男です。妻は、今は働いていませんが、元看護師です。僕の兄の誕生日会で知り合って、27歳の時に結婚しました。
今朝も家で、(お菓子の)「ねるねるねるね」を一緒につくって遊んでから、ここに来ました(笑)。
幼稚園に行く娘を見送りがてら、息子とゴミ捨てに行く様子を、会社のメンバー同士でつながっている「slack」(オンライン上のグループチャット)で流していました。
僕に限らず、子育ての様子は会社のメンバー同士でごく普通に見せ合うカルチャーが、うちにはあると思います。毎月、締め日には社内イベントとして「納会」をやっているのですが、家族同伴で参加するメンバーもいます。
オンとオフ、公私が混ざっていて、メンバーそれぞれが、お互いの人生を尊重する。
先日も静岡県の下田まで社員旅行に行ってきたのですが、OBやOGも来るし、業務委託の人も来る。どこまでが社員なのか分からないような賑わいでした。
一度、社員の奥さんのお母さんまで参加していた時はビックリしましたね(笑)。
社員の家族も顔を出したくなる会社になっているのは、いいことだと思っています。これからは社員の人生や家族と一体化した経営が、強い組織のために必須となるはずですから。
考えて選択した「オルタナティブ教育」
典型的な1日のスケジュールはありますか。
武井:それが、一概に決まっていないんです。というのは、そもそも出退勤という概念がなく、オフィスには用事がなければ来なかったりするので。会社で仕事をすることが多いエンジニアのメンバーも、子どもを保育園に送り届けてからゆっくりと出社したりしています。
武井さんがお子さんを通わせている幼稚園も、特別な教育方針のところなのでしょうか。
武井:画一的すぎる教育には、僕はあまり賛同できませんでした。ですから、特色のある幼児教育については、とても勉強しました。モンテッソーリやシュタイナー、レッジョ・エミリア、サドベリーといった、子どもの主体性を尊重する方針には共感しています。
これらはいわゆる、「オルタナティブ(代替)教育」と呼ばれ、「非伝統的な教育」や「教育選択肢」とも言われるものですが、僕としてはむしろ、こちらの方が本来の教育のあり方なのではないかという感覚です。
一方で、「モンテッソーリ教育を掲げていれば安心」というわけでもなく、実際に現場でどんな教育が行われているか、足を運んで見に行くことが大事だとも思っています。
ブランド化の過程で形骸化してしまうことはよくあることですし、結局は人次第。娘の幼稚園を選ぶ時も、やはり園長先生の人となりを直接会って知った上で判断したかったので、かなりの数の園を見学して回りました。
特に運動会には、その園の本質が表れると思ったので、たくさん観に行きました。
第1回に登場した入山章栄さんも同じように話していました(「育児とは、答えが見えない永遠の学習」)。結局、どんな園に落ち着いたのですか?
武井:夫婦と娘の全員一致で選んだのは、特別な看板を掲げていない、仏教系の幼稚園です。
ここの運動会は、とにかく子どもたちが楽しそうに参加していたのが印象的でした。大事な時期に、多くの時間を過ごす場所なので、環境選びにはこだわりたいと思っていました。
娘は何でも自分で選びたいタイプなので、本人が気に入るかも重要でしたが、「ここに行きたい」と即断。今も毎日楽しく通っていますし、「もっと幼稚園で遊びたいから、延長保育してほしい」とまで言ってきます。いいことですよね。
同じように、習い事も全部自分で選んでいるんです。
どんな習い事をしていますか。
武井:今はピアノと新体操と水泳と英語の教室に通っています。全部、自分で「やってみたい」と言い出して、体験会に参加して、本人が決めるんです。
楽しそうにしているので「よかった?」と聞くと、「うん、楽しかったけれど、ここじゃない」とか言うんです(笑)。親としては家から近いところが助かるんですけれど、本人の納得が一番なので、妻が根気強く、何カ所も連れて行って決めていますね。
とことん、子どもの希望に付き合うんですね。英語教室は何がきっかけで興味を持ったのでしょうか。
武井:多分、「YouTube」とかを観ていて、海外の動画を再生して、自然と英語に触れるようになったんだと思います。
「この言葉、英語って言うんだけど、できるようになりたい? やってみたい?」と聞いたら、「やってみたい」と。
デジタルデバイスを与えることに抵抗はないですか。
武井:ないですね。与えすぎるのは考えものですが、今の時代に、全く触れさせない方が不自然だと思います。
それに、ゲームや動画も、全部が悪いのではなくて、中には「マインクラフト」のような創造力を刺激する素晴らしいコンテンツもありますよね。いいものと悪いものが混ざっているという前提で、実際に触れてみないと分からないという見方をしています。同じコンテンツでも人によって向き不向きや相性もありますし。
善し悪しを決めつけずに、自分の目で見て判断する。これは幼稚園選びしかり、子育てにおいて常に意識していることですね。
(後編に続く)
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