「オトコが育児に参加するのが当たり前」の時代に変わりつつある。旬の経営者や学者、プロフェッショナルたちも、自らの育児方針や育休取得についてパブリックに言及することが増えてきた。優秀なリーダーたちは、我が子にどんな教育を与えようとしているのか。また自身はどう育てられたのか。そしてなぜ、育児について語り始めたのか。
連載13回目に登場するのは、家事代行サービスを手掛けるベンチャー、CaSy(カジー)を経営する加茂雄一氏。妻の妊娠をきっかけに家事代行サービスを利用した経験から、家事代行サービスの必要性に気づき、カジーを立ち上げた。現在は1児の父親となった加茂氏は今、どのように日常の子育てや家事に向き合っているのか。話を聞いた。今回はその後編。
CaSy(カジー)代表取締役CEO(最高経営責任者)
加茂雄一(かも・ゆういち)氏。
1982年埼玉県生まれ。早稲田大学卒業後、公認会計士として大手監査法人に勤務。100社以上のベンチャー企業と関わり、株式公開などを手掛ける。妻の妊娠をきっかけに家事代行サービスを利用した経験から、「共働き子育て層がより気軽に使える家事代行サービスが必要」という気づきを得る。グロービス経営大学院在学中に同期の池田裕樹氏(当時、NTTデータ勤務のエンジニア)らと事業計画をまとめて、2014年、カジーを創業。現在、関東・関西・東北エリアを中心にサービスを展開する。会員数は約5万人。取材時、35歳。都内在住。社会保険労務士の同い年の妻、3歳の長女の3人暮らし
(取材日/2018年6月13日、インタビュー撮影/鈴木愛子、ほかも同じ)
娘さんにはこれから先、どんな経験をして、どんな力を身につけてほしいと考えていますか。
加茂:本人が自分でやりたいことを見つけて、目標に向かって進む道を楽しんでほしいですね。
僕自身が起業した経験から感じるのは、やりたいことを実現するために必要なことは、たくさんの人を巻き込んでいく力でしょう。僕たちが男3人で家事代行サービス業を立ち上げた時も、理念に賛同してくれるスタッフを集め、力を借りることからスタートしました。
そもそも家事が苦手な経営陣ですから、「サービスマニュアル」をどうやって書けばいいかも分かりませんでした。実際に現場に立つプロに主役になっていただいて、「どうやったら楽しんで働けるか」を一緒に考えてもらいました。
どんなに学歴やスキルを備えても、1人でできることには限界があります。自分が実現したいことを周りに伝えて、力を貸してもらう。
娘には、この「巻き込み力」が豊かに備わった大人に育ってほしいと思います。
「巻き込み力」がある人とない人の違いは何でしょう。
加茂:前向きであることだと思います。
僕は会計士時代、100社以上のベンチャー企業に携わって、IPO(株式公開)の伴走なども多く経験してきました。順調に成長できる企業とそうでない企業の違いは何だろうと見ていると、経営者が、社員に対して明るく希望が持てるメッセージを発信しているかどうかが大きいと感じました。
そう気づいていながら、僕自身は、自分の気持ちを明るく伝えることが苦手な方で、かなり努力しなければできません。
あまり上手ではないのですが、先日のミーティングでも意識的にビジョンを言語化して伝えると、あとから社員が質問をしてくれたり、「加茂さんの思いを聞けてうれしかったです」と喜んでくれたりする。何度でも、繰り返して伝えることが大事なんだな、と改めて思いました。
娘も僕に似て少し引っ込み思案なところがあるので、家の中では僕ができるだけ明るく反応して、彼女の発信力を引き出そうとしています。
仕事が忙しいなら、「仕分け」をしたらいい
父になって仕事観の変化はありましたか?
加茂:大いにありますね。そもそも娘の誕生が起業と深くつながっているという経緯もありますし、働き方の面でも、まるっきり変わりました。
以前は深夜残業が当たり前の「仕事を食べて生きている」ようなタイプでしたが、先ほどお話ししたように、立ち会い出産の夜をきっかけに、人生の第2章が始まったような感じです。
「仕事は何時間あっても終わらない」と思っていましたが、10時間かかる業務を8時間で終わらせようと本気で取り組めば、できるものなんですよね。これまでは単に頭を使って工夫してこなかっただけなのだと反省しました。
子どもを持つことに足踏みする理由の一つとして、「今の仕事が忙し過ぎて、子育ての時間を割く余裕がない」と考える男性は少なくないと思います。両立策を教えていただけますか。
加茂:やはり、仕事の仕分けを試してみることではないでしょうか。本当に自分がやるべきことと、ほかの人にお願いできることを振り分けてみる。結果、部下や後輩を育てるチャンスも生まれるでしょうし、人に任せる訓練をすることはリーダーシップを養うことにもつながると思います。
子どもが産まれると、半ば強制的に自由な時間は減りますので、生産性を強化するための“強制リセット”として子育てを前向きにとらえてもいいのでは。
将来、娘さんに職業選びのアドバイスをするとしたら、どんなことを伝えたいですか。
加茂:僕自身、今すごく充実した毎日を送れているのは、自分が本当にやりたい、実現したいと思える仕事に出合えているからです。彼女にも、そんな仕事に出合ってほしいなと思います。
自分で見つけることに意味があるので、僕から具体的に「こういう仕事がいいんじゃないか」とアドバイスをすることはきっとないと思います。見守る、に徹したいです。
インディ・ジョーンズに憧れて早稲田大学に
加茂さんは最初の仕事として会計士を選んでいますが、今の仕事に至った理由は何でしょう。
加茂:実は、大学卒業後に会計士の仕事を選んだのは、通過点であり、成り行きだったんです。もともと子どもの頃になりたかったのは、考古学者。映画『インディ・ジョーンズ』を観て、「カッコいい! この道しかない」と、遺跡を掘る仕事に憧れました。
考古学の権威、吉村作治先生に直接指導を受けようと、早稲田大学の教育学部を受験したのですが、残念ながら不合格。同じ大学の商学部には受かったので、「どこかで接点があるかもしれない」と入学しました。
商学部で講義を受けているうちに、「考古学者はなかなか稼ぐのが難しいらしい。ならば何かほかのビジネスで稼いでから、考古学に打ち込もう」と方針転換したのが大学3年生の頃でした。
会計士の知人から「こんなにやりがいのある仕事なんだよ」と話を聞いて、資格試験にトライしてみることにしました。数字は昔から嫌いではなかったこともあって、大学4年の時に合格することができました。
会計士として働くようになってから、いろんなベンチャー企業経営者に出会ううちに、「自分で事業を始めてみたい。どうせやるなら世の中のためになる仕事を」という思いが膨らんで、今に至るというわけです。
ですので、今はこの仕事に夢中ですが、いつか引退したら考古学の夢を追うつもりです。ずっと土を掘る生活に浸りたいと思っています。今は、娘との砂場遊びでたくさん土を掘りながら、時々出てくる貝殻のカケラなどにロマンを感じています(笑)。
親からもらった「信じてもらう」ことの強さ
加茂さんが進んできた道には、ご両親から受け取った影響もあると思うのですが、特に心に残っていることはありますか。
加茂:両親は、僕が子どもの頃から一貫して「信じる」姿勢を貫いてくれていました。たしか小学生の頃、家の近所で遊んでいた時に、ガチャン!と音がして、隣の家のガラスが割れたんです。
状況的に僕が疑われたのですが、「やっていない」という子どもの主張を僕の親は信じてくれていた。ささいなことですが、そういうやりとりは覚えていますね。
僕が大学の途中で突然「就職活動をせずに、会計士の試験を受ける」と言い出した時は、父親がちょうど定年を迎える年でした。もし不合格だったら、もう1年、親のスネをかじることになるわけで、両親もリスクを感じたはず。けれど、黙って応援してくれました。
信じて協力してくれたことが、僕のモチベーションも高めて結果を導いてくれたと思っています。
最後に、加茂さんにとって「子育て」とは。
加茂:今の話の流れになりますが、やはり「子どもを信じること」に尽きます。
自分にとって未知の世界も含めて、子どもが見つめる先を信じて応援してあげる。そんな親でありたいという気持ちで、僕自身も成長していきたいと思います。
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