リビング集合型学習で娘をスタンフォードに
在シリコンバレー経営者が明かす最強の家庭教育(前編)
「オトコが育児に参加するのが当たり前」の時代に変わりつつある。旬の経営者や学者、プロフェッショナルたちも、自らの育児方針や育休取得についてパブリックに言及することが増えてきた。優秀なリーダーたちは、我が子にどんな教育を与えようとしているのか。また自身はどう育てられたのか。そしてなぜ、育児について語り始めたのか。
連載11回目に登場するのは、アメリカのシリコンバレーで、日米のベンチャー企業の発掘・育成を手がけるWiLの創業経営者である伊佐山元氏。19歳の長女が世界難関の米スタンフォード大学に入学。子どもたちの学習を支えているのは、毎晩にリビングでみんなが集まって学ぶことだと明かす。どのような子育て方針を貫いてきたのか、話を聞いた。今回はその前編。
■お知らせ■
日経ビジネスRaiseでは、子育てに関して、伊佐山 元氏(WiL共同創業者CEO)と小沼 大地氏(NPO法人クロスフィールズ代表理事)を招いた読者との対話会「日経ビジネスRaise Live」を開催します。参加ご希望の方は、記事最後の募集要項をご覧ください。
■日経ビジネスRaise Live
~起業家との対話会「子育ての未来」~
■日時 10月21日(日) 13:00~15:00
■場所 ランサーズ「新しい働き方LAB」(東京都渋谷区渋谷2丁目22-3渋谷東口ビル11F)
■詳細 募集に関する詳細へ
■応募 対話会の応募ページへ
伊佐山 元(いさやま・げん)WiL共同創業者CEO(最高経営責任者)。1973年東京都生まれ。1997年東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(当時)に入行。2001年米スタンフォード大学大学院に留学。MBA(経営学修士号)取得後、2003年に退行。同年から米大手ベンチャーキャピタルDCMの本社パートナーとして勤務。2013年日米のベンチャー企業の発掘・育成を手がけるWiLを創業。取材時は45歳。米パロアルト在住。専業主婦の妻と、19歳の長女、15歳の長男、14歳の次男、9歳の三男の6人家族(取材日/2018年7月、インタビュー撮影/鈴木愛子、ほかも同じ)
伊佐山さんは日米のベンチャー企業の創生や育成に携わる第一人者として活躍されています。アメリカのシリコンバレーに生活の拠点を移したのは2001年。当時はまだ、日本人は珍しかったのではないでしょうか。
伊佐山氏(以下、伊佐山):はい。銀行の留学制度で、2年間の勉強のつもりでスタンフォード大学に留学したのですが、MBA(経営学修士号)を取得後、新しい産業が次々と生まれる秘密を理解するため、シリコンバレーに残ることを決めました。
渡米した当時は娘が2歳、大学院を修了した頃には長男も生まれていました。アメリカで子育てをする選択も含めてチャレンジでしたが、夫婦で「何とかなるだろう。家族で一緒にサバイブしていこう」と決断しました。
今でこそ、シリコンバレーのベンチャー企業で日本人を見かけるようになりましたが、当時はほとんどいませんでした。苦労もありましたが、振り返ってみると、「この業界で生き残るだけで価値がある。ダメなら日本で出直そう」という、ある種の割り切りがあったので、やってこられたのかもしれませんね。
改めて、ご家族構成は。
伊佐山:妻と子ども4人の6人家族です。妻は大学時代のテニス部で知り合った2歳下で、今は専業主婦ですが、もともとはNTTのエンジニアです。
子どもは、上から大学2年生になる19歳の娘と、その下に息子が3人、15歳、14歳、9歳と続きます。にぎやかに暮らしています。
そのお嬢さんが、2017年にスタンフォード大学に入学されたとか。
伊佐山:世界の強豪が競う受験で、合格率は4%らしいので、僕も素直に強運だなと思いました(笑)。全学年通してもほかに日本人はいないらしく、孤軍奮闘しているようです。
彼女はちょうど今、夏休みを利用して、アイディオの日本オフィスでインターンとして働いています。
並々ならぬ結果を出している伊佐山家の子育て方針を教えてください。
伊佐山:一番大切にしているのは、「ただ一心に愛情を伝えること」です。人が成長する上で最も重要な条件が、親子の愛情に基づく信頼関係だと思っているからです。
難しいことに挑戦しようとする時、誰かとぶつかってしまった時、恥ずかしくなるような失敗をしてしまった時。どんな時でも戻れる場所があれば、リスクを取ることは怖くなくなります。安心して戻れる場所として家族の存在があると確信できれば、人間はどこでもたくましく生きていける。
だからわが家は、もう異常なくらいに子どもたちに愛情を注いでいます。アプローチはいろいろあると思いますが、僕の場合はスキンシップを大事にしています。
家の中ではしょっちゅう子どもとくっついています。僕の出張が多いこともあり、9歳の三男ともできる限り、一緒のベッドで「川の字」になって寝ています。旅行先で1部屋で寝る時には、6人全員で「川の字2つ」になることもあります。
欧米では、子どもは自分の部屋で寝るのが一般的ですが、わが家は密着優先。子どもたちが離れていくまでは、親から積極的にくっついていこうと思っています。子どもたち同士もぎゃあぎゃあと言いながら、くっつき合っているのが日常風景です。
「利他」の精神を教えるワケ
精神的な安心・安全を重視する方針は、グーグルなどの企業経営でも注目されていますね。
伊佐山:いわゆる「セキュア(安全)な環境」という価値に当たりますが、精神的に「大丈夫だ、自分は守られているんだ」と脳にすり込まれていない限り、自分の気持ちに余裕を持って周りの人に優しく接することはできないし、社会を良くする行動にはつながっていかないはずです。
わが家の子どもたちに共通しているのは、自分の宿題をあと回しにしてでも、友達の宿題を手伝ってあげたりする気持ちがあること。友達を手伝った分、自分の成績を上げるための時間は削られるけれど、「自分の成績だけを上げるより、友達を助けることに価値がある」という行動が自然にできる。「利他の精神」を大事にしてほしいですね。
これはアメリカの資本主義の価値観ではあまり見られない行動で、個人の効用を最大化するには非合理な行動かもしれません。
けれど、これからはむしろ、コンピュータが決して選択しない非合理な行動をできることが、人間らしい価値になると思うんです。
一見、非合理に見える利他的な行動が、結果として自分に返ってくることも多いのではないでしょうか。
伊佐山:そのように経営学者は評価してくれるかもしれませんね。「giver の方がtaker に勝る」と。ただそれは結果であって、逆算して人に恩を売る子にはなってほしくないですね。「自分に余裕がある時には人を助けよう」と自然に思えるようになってほしい。そのために何をすべきかというテーマには、夫婦でこだわってきました。
その答えが、「親が徹底的に愛情を注いで安心を与える」ということでした。
実際、ほかの人の幸せと笑顔を優先する人生は必ず得するはずです。自分だけが成功しても、周りの社会が幸せでなければ、評価も名誉も成り立ちません。誰もが社会の一員で、社会全体が豊かにならなければ、成功の恵みは享受できません。
だから、まずはほかの人を笑顔にして、社会を幸せにする。そうしたら自分もハッピーになれる。この順番を大切に考えています。
リビングに集まって、みんなで勉強する
お子さんたちの普段の勉強には、どんなこだわりがありますか。
伊佐山:うちの学習スタイルは「リビング集合型」です。子どもたちにはそれぞれ個室を与えていますが、宿題や自習は、夕食後にリビングで一緒にやるのが習慣になっています。
その時、僕も一緒に本を読んだり、仕事の資料を読んだりする。要は「家族みんなで一緒に勉強する時間」をつくって習慣にしているんです。
この習慣化が何よりも大切で、子どもは「勉強しなさい」と強制されても、やる気は起きません。歯磨きや入浴と同じように、「やるのが当たり前」になれば勝ちです。うちでは夕食後に1時間の自由時間、その後、勉強をするのが家族の習慣になっています。
僕は夕方から夜遅くまで日本とのやりとりがあるので、仕事を進めながらになりますが、子どもたちと一緒にリビングで過ごすようにしています。
勉強することが生活の一部になっている。しかも親も一緒に勉強するのですね。
伊佐山:試験前だけ集中して勉強するのは、本来の学習とは違うと思います。
大切なのは、いつでも学びたいことを学ぶようにすることです。何か気になることがあれば、すぐにウェブで調べて議論をする。そうした知的好奇心を満たす面白さを体得しているか素通りしてきたかでは、そのあとの行動が大きく変わるのではないかと思います。「知りたい」と感じた時にすぐに学ぶ習慣を、子どもたちには身につけさせたいですね。
僕も時間がある週末には、「リビング講義」をすることがあります。
「お金の儲け方にはいくつかのパターンがある」と話して、「どう思う?」と意見を聞いたりしています。いつでも取り出せる黒板をリビングに置いていて、図解しながら話しているんです。
「勉強は一人でするもの」というルールも、わが家にはありません。これからはチームで協業する時代ですから、課題で苦手なところはお姉ちゃんに聞いてもいいし、リサーチとまとめをそれぞれが分担したっていい。社会に出た時、たった一人で完遂できる仕事はありません。ですから手分けをすることを、勉強でも勧めています。
伸びる組織や人材をよく知る伊佐山さんならではの、人間力にこだわった家庭教育を実践されているのですね。逆に、お子さんたちから伊佐山さんが学ぶこともあるのでしょうか。
伊佐山:僕も知らないことはたくさんあるので、子どもたちから教わることは多いです。「こういうサービスあったら便利だと思う?」と聞いて、「いいと思う」という反応が返ったら、「子どももいいと思うのだから将来性はあるな」と感覚をつかんだりしています。
親が子どもに一方的に教えるより、互いに学び合う関係にしていきたいですね。
僕は、仕事の話もよくするので、子どもたちも働くことには自然と興味を持っているようです。日本だと、学校教育と社会に出て働くことが分断されていますが、本来は学ぶことと働くことは不可分であるべきです。社会を良くするために学んでいるわけですから。
お子さんたちはほぼアメリカで育っていますが、日本語の習得は。
伊佐山:自分のルーツをいつでも検証できるよう、必要最小限の日本語を教えるように意識しています。家庭で「漢字テスト」をやっていて、その結果によってゲームの制限時間を決めるなど、身につきやすい工夫をしています。
将来は、日本の美しい文化や文学作品を楽しんでもらえたらいいなと思っています。
(後編に続く)
本連載「僕らの子育て」が1冊の本になります。新しい時代を担う若手経営者たちや、様々な業界のプロフェッショナルたちが、どのように「育児」と向き合っているのか。また子育てと仕事(組織運営や人材育成)との関係は――。
『子育て経営学』は絶賛、予約受付中です。
【お知らせ】「子育ての未来」対話会の参加者を募集します
趣旨 |
日経ビジネスRaise Live
~起業家との対話会「子育ての未来」~ |
日経ビジネスの読者と時代を拓くイノベーターとのライブ対話。今回は「子育ての未来」について、伊佐山 元氏(WiL共同創業者CEO)と小沼 大地氏(NPO法人クロスフィールズ代表理事)を招いた読者との対話会を開催します。読者によるワークショップや交流会も企画しています。 |
プログラム |
【第1部】
『子育て経営学』起業家対談
12:30 受付開始
13:00 開会の挨拶/日経ビジネスRaiseの説明
13:10 セッション『子育て経営学』起業家対談
■パネリスト
伊佐山 元氏 WiL共同創業者CEO(最高経営責任者)
小沼 大地氏 NPO法人クロスフィールズ代表理事
■モデレーター
宮本 恵理子氏 エディター/ノンフィクションライター、『子育て経営学』著者
13:50 休憩(10分)
【第2部】
読者ワークショップ・交流会
14:00 ワークショップ_「子育てしやすい社会の条件ってなんだ!」
14:30 読者交流会
15:00 閉会
※プログラムは変更になる場合があります |
日時 |
10月21日(日) 13:00〜(受付開始12:30~) |
場所 |
ランサーズ「新しい働き方LAB」(東京都渋谷区渋谷2丁目22-3渋谷東口ビル11F) |
募集対象 |
「子育て」について考えたい全世代が対象。ご夫婦での参加、子連れ大歓迎!所属する企業や組織の規模・業種は問いません |
募集人数 |
約40人 |
参加費 |
無料。移動にかかる交通費などは参加者の負担となります。 |
応募者多数の場合の選考基準 |
1. 氏名、所属を日経ビジネス本誌やオンラインの記事、Raiseで公開できること(イベントの撮影あり) |
2. オンライン、オフラインでRaiseの活動に積極的に参加できること |
3. 自己紹介(氏名、所属、経歴など)、参加希望理由 |
>>>応募する<<< |
締め切り |
2018年10月15日(月)23:59まで |
選考結果 |
ご参加いただく方にのみ10月16日(火)までにご連絡致します |
問い合わせ先 |
日経BP社読者サービスセンター |
この記事はシリーズ「僕らの子育て」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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