子育てを通して備わった、いい意味での“鈍感力”

育児の経験が、仕事に影響したと感じることはありますか。

豊田:いい意味での“鈍感力”が備わったと感じています。つまり、すべてを自分でコントロールしようとしてもムダである、という諦め。相手に委ねて任せること。

 これは、うちの事務所の方針とも一致するんですが、デジタル技術の能力を最大限に発揮させようとする時には、すべてをコントロールすることを諦めた方が、人間の計算能力をはるかに超えた領域に達することがあるんです。「あ、これって子育ても同じじゃん」とある時気づいたんです。

 子どもの人格や能力をすべてコントロールすることは不可能です。大まかなガイドだけして、あとは本人の資質に委ねる。そうすることで、子どもの可能性がより大きく広がっていく。

 ただし、何もしないで放置していても育たないので、中身を活性化させるように刺激を与える努力は必要です。パンパンの状態までエネルギーを刺激した上で、パッと手を離してあげると、「ボン!」と膨らむ。本人の力で膨らむためのエネルギーを溜める準備を手伝ってあげる。そういう感覚で、子育ても組織の運営もやっていますね。

このオフィスの雰囲気も、行き来自由でオープンな、心地よい雑多な空気が魅力になっています。これも狙いがあるのでしょうか。

豊田:単に散らかっているだけとも言えますが(笑)、あえて整然とし過ぎていない、ゴチャゴチャした雰囲気にしています。試作品をパラパラ並べてあったり、ここには、開発中の自動運転車椅子もあったり。イベントのフライヤーも入り口近くに置いていて、スタッフには「昼間に行ってきていいよ」と言っています。

 大規模な設計事務所と違って、うちは「いかに外と組めるか」が大切です。副業も大歓迎ですし、むしろ外から刺激を吸収してアイデアに還元してほしい。多様性のある環境でこそ、ユニークなものは生まれると思います。人員比率の過半数は外国人ですし、社内では英語でコミュニケーションをしています。面白いものと交わりながら成長していきたいので、オフィス空間の演出も、「何でも持ち込んでOK」という余白を感じられる雰囲気にしているんです。

 セルフコントロールをしすぎないこと。これは組織運営と育児に共通しているポイントかもしれないですね。

家族はもっと迷惑をかけ合っていい

これまでのお話で、豊田さんの育児観・家族観はがパートナーの蔡さんから大いに影響を受けているということが分かったわけですが、ほかにも感化されたことはありますか。

豊田:「家族はもっと迷惑をかけ合っていい」と考えるようになったのは、大きいと思います。日本では、僕たちの親の戦後世代から、「核家族で自立して生きるのが美徳」という価値観が広がってきました。子どもは成人したら親に迷惑かけてはいけないし、年老いた親も子どもに迷惑をかけてはいけない。そんな考え方が称賛されるような空気がありませんか? 成人した親子が世帯を分けたら、年に数回しか会わないのが普通で、お互いに自立して生きるのが理想だ、と。

 確かにそれができれば格好いいけれど、現実ではいろんな問題が起こるし、少人数の核家族だけでは解決できない問題の方が多い。

 その点、台湾の家族観は全く違っていて、家族同士の関係が密で、とにかく関わり合うんです。いとこやまたいとこなども含めて、親戚が集まると50人くらいになって、すごく賑やかです。しかも、そのうちの何家族かは同じマンションに住んでいたりして、毎週末のように集まってご飯を一緒に食べている。よくそんなに話すことあるなと思うんですが、「ケイスケも来い」と呼ばれて行くと、なんか楽しいんです。

 そういう環境の中で育つ子どもたちは、やっぱり満たされている感じがあって、親以外の親戚のおじちゃんおばちゃんが口出ししながら、みんなで子育てをしているんです。

 大らかな干渉というか、たくさんの目が届く中で子どもが守られて育っている。それはすごくいいなと思うようになりました。親が高齢になって倒れても、いとこ同士が協力して看病するから、負担は軽減されていたりもする。いいシステムですよね。

 振り返って日本の核家族システムは、よく考えたら戦後以降の経済政策でつくられただけのもの。いくらでも構築し直せるものじゃないかと思います。とりあえず、いいことは真似しようということで、うちの実家の親と兄、姉とも月に1回、理由はなくても集まって食事をするようになりました。

 家族や社会そのものをつくってきた価値観や常識を問い直したくなる新しい視点は、妻からたくさんもらっています。見た目はおとなしそうで、性格も穏やかな女性なんですが、いつもサクッと核心をつく意見を言って、その度、「うわ。すげぇ。その通りだ」と納得させられてしまうんです(笑)。いろいろ気づかせてくれてありがとうと言いたいです。

最後に、豊田さんにとって「子育て」とは何でしょう。

豊田:僕にとっては発見の連続で、常に新たな視点を得られる経験です。

 子どもが生まれて最初に抱いた瞬間に、自分の中で何かのスイッチがパチンと入ったのを感じたんです。子どもが大人になった時の社会を本気で良くしたいと考えるようになりました。「自分が今、楽しければいい」という世界から、「子どもたちが生きられる未来を残そう」という世界へ。

 未来がリアルに迫ってきて、そのために何ができるのか、頭をひねって考え続ける生活に変わりました。ひと言で表すなら、「発見と貢献」。新たな発見と未来へ貢献しようとする行動をもたらしてくれるのが、僕にとっての子育てなのだと思います。