親のフィルターを通して教えるより、現場を体感させる

「仕事の現場を子どもに見せる」ことで、何を伝えようとしているのでしょうか。

玉川:働くってどういうことなのか、ぼんやりとでもいいから感じてもらえたらいいなと思っています。

 実際に連れて行ってみると、僕たちの世代とは明らかに違う感覚で世の中を見ていますね。妻は「中国は日本を追いかけている国」というイメージを持っているんですが、深センでQRコード決済とか電動バスとかを目の当たりにした息子は、「中国の方が日本よりもずっと進んでるよ!」って言うんです。

 そういう今の感覚を素直に持ってもらうためにも、親のフィルターを通して教えるより、現場を直接体感させた方がいい。彼は将来、中国企業で働くことに、何の抵抗も持たないでしょうね。

お子さんから「パパは何のために働いているの?」と聞かれたら、どう答えますか。

玉川:そうですね。「ソラコムというサービスを一生懸命、チームの仲間と一緒につくっていて、それをお客さんに提供した時に『すごいのが出たね』『便利だね』と言ってもらえるのが嬉しいから」と答えるかな。

 いいものをつくって、人に喜んでもらうこと。それを1人じゃなくて、チームでやって、チームのみんなと喜び合えるのが「いい仕事」だよ、と伝えたいですね。

戦後の高度経済成長期の価値観では、「仕事とは身を削って奉仕するもので、給料は苦役代だ」という感覚もあったと思います。けれど、玉川さんのお子さんたちはきっと仕事をもっとポジティブなものとして受け止めそうですね。

玉川:そうだと嬉しいですね。もちろん、仕事にはいろんなステージがあるし、自分の体力や時間を削って提供することで報酬を得ることを優先する時期も、人生にはあると思います。

 僕は高校時代、バイクが欲しくて時給700円の皿洗いのバイトを遅くまでやっていました。これはまさに、そういう仕事のスタイルだったと思います。

 けれど、知識やスキルを身につけながら経験を重ねることで、人はより自由になれるし、自分の責任で取れるリスクの範囲も広がっていく。それが成長だと思うので、その成長プロセスは、ぜひ踏んでいってほしいと思っています。

 「玉川の子どもだから全部すっ飛ばしてラクできる」といったことは、絶対にさせたくありません。

達成して、積み上げる喜びこそ、人生の喜び

成功した起業家ならば、やろうと思えば、いくらでも子どもにラクをさせられます。でも、そうはしたくないと。

玉川:はい。ソラコムを継がせたいとも思っていないし、財産を残したいとも思いません。

 子どもたちには自分の人生を自分自身で積み上げていってほしいんです。なぜ強くそう思うかというと、僕自身がそれがよかったと思っているからです。達成して、積み上げる喜びこそ、人生の喜びなんだと思っていますから。

 逆に、全部渡されて、「ここから絶対に下げるなよ」と言われる方が辛いでしょう。

日本IBMで最先端の基礎研究に打ち込み、米国に留学。その後、アマゾン・ジャパンでクラウドの日本事業開始に従事し、起業に至ったという玉川社長ならではの、人生の成功則なんですね。お子さんが将来なりたい職業を決める上で、どんなサポートをしていきたいですか。

玉川:本人が興味を持つことは否定せず、できるだけ情報を与えることかなと思っています。先ほどの「ビジネスの現場を見せる」こともそうですし、一見華やかに見える職業のリアルな側面も、敢えて見せたりしています。

 例えば長男は、サッカーが好きなので、普通に「サッカー選手になりたい」と言うんです。僕は「なれたらすごくいいよね」と返します。一方で、プロの試合を一緒に観に行った時、「ほら、あっちを見て。試合中、ずっとベンチに座っている選手もいるよね」という話もする。これも、話をするだけじゃなくて、実際の現場を見せながら話すようにしています。

 サッカーでも何でも、今、夢中になってやっていることから吸収できる普遍的な学びを得ながら、たくさんの選択肢から将来を考えていってもらえたらいいなと思っています。

人が成長するパワーを毎日見せつけられている

逆にお子さんから玉川さんが得ているものはありますか。子育ての経験がビジネスに還元されていると感じることは。

玉川:うーん、あまりつなげて考えたことはなかったんですが、今思えば、僕は子どもが生まれるたびに、キャリアのステージを変えてきました。

 留学中に1人目が生まれて、2人目が生まれた時に転職した。3人目が生まれた時に起業しています。「俺も生まれ変わるぞ」というエンジンになっていたのかもしれませんね(笑)。

 今、改めて考えてみると、確かに子どもが生まれてから、日々、受け取っていたのは、「うわぁ、お前ら、めっちゃ成長するな」という驚きなんです。

 ハイハイしていたのが立ち上がって、歩き出し、しゃべって……と、ものすごいスピードで成長して、上しか見てない。人が成長するパワーを毎日見せつけられていると、自然と自分も成長したくなります。

 子どもたちからすごいものをもらっていたことに、今、気づきました。

最後に、これから先、どんなふうにお子さんと関わっていきたいか教えてください。

玉川:これからも一緒にたくさん過ごして、人生を分かち合っていきたいですね。

 経営者になって、自分自身や社員の働き方をクリエートできる立場になったから、僕はこれを実践できていますが、男性も女性も、もっと多くの人が、子育てを前向きに楽しみながら働ける社会が実現するといいなと思っています。

 僕の父親もそうなんですが、団塊世代の先輩方は、ずっと成長路線でビジネスを広げてきて、“人生の広げ方”はよく知っている。けれど、定年を迎えた後の“人生の閉じ方”が分からなくて迷っているケースが多いような気がするんです。

 仕事を手放した時に残るのは、すごく近い友人と家族だけ。その家族といかに向き合って人生を美しく閉じていけるか。将来を見通しながら、今しか体験できない子どもとの時間を大切にしていきたいですね。

 
まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。

この記事はシリーズ「僕らの子育て」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。