「オトコが育児に参加するのが当たり前」の時代に変わりつつある。旬の経営者や学者、プロフェッショナルたちも、自らの育児方針や育休取得についてパブリックに言及することが増えてきた。優秀なリーダーたちは、我が子にどんな教育を与えようとしているのか。また自身はどう育てられたのか。なぜ、育児について語り始めたのか。
連載2回目に登場するのは、IoT専用のSIMカードを手掛けるソラコムの玉川憲社長。2017年には、KDDIが約200億円で同社を買収したと報じられた。注目企業のトップを務める玉川社長は、3児の父として、ユニークな子育て方針を貫いている。玉川社長の育児論を聞いた。今回はその後編。
玉川憲
1976年大阪府生まれ。東京大学大学院工学研究科修了後、日本IBMに入社し、基礎研究所で超小型コンピュータの開発に携わる。2006年より米国留学し、MBAとソフトウェアエンジニアリングの2課程を修了。アマゾンデータサービスジャパン(当時)に転職し、技術統括部長兼エバンジェリストとして活躍した後、2014年にIoTプラットフォームを提供するソラコムを創業。2017年8月にKDDIによる大型買収を決めたことは大きな話題となった。取材時は42歳。東京都在住。同い年で専業主婦(出産前まで自宅でパン教室を開催)の妻、小学生の長男、長女、幼稚園の次女の5人暮らし(取材日/2018年3月2日、インタビュー撮影は鈴木愛子、ほかも同じ)
前編「まずは自分の時間を与えて子どもに向き合う」の中で、小学生のご長男が成績も優秀だというお話でした。進学塾には通わせているのでしょうか。
玉川社長(以下、玉川):これも夫婦でさんざん話し合った結果、長男に関しては「塾に行かせない」方針を決めました。
首都圏の中学受験は過熱する一方で、ちょっと前まで「5年生から行けばいい」と言われていたのに、どんどん低学年化しています。妻は周りの主婦友がみんな子どもを塾に通わせているから焦る気持ちもあったようです。ただ、「でも、そもそもさ」という話をしたんです。
人間が子どもから大人へ成長する過程で、「どの時期に、どんな身体機能が伸びるのか」という俯瞰した視点を持つことが大事じゃないかと思っているんです。僕なりに情報を集めた結果、小学4~6年生の時期には、運動神経系が一番伸びる時期なのだと知りました。いわゆる“ゴールデンエイジ”という時期とも重なる。
ならば、毎晩遅くまで蛍光灯の下に閉じ込めて過ごさせるのではなくて、外で思い切り体を動かして遊ばせる時間を取った方がいいと判断したんです。
それに、長男は自分で勝手に勉強して、ある程度の成績はキープできている。当面は今のままでいいんじゃないかと思ったんです。もちろん、本人が「塾に行きたい」と言いだしたら聞きますし、2番目以降の子どもたちがどうするかは未定です。
ただ、長男は親父のやっていることを見て興味を持ったのか、プログラミングについては、自分から「習いたい」と言い出したので、専用のパソコンを与えてやらせています。最近、プログラミングの教室に行き始めました。
子どもを引っ張るよりも、子どもに寄り添いたい
子どもが興味を持つ分野に関して、「子どもの自由に」と言いながら、親心からついつい「こっちに関心を持ってほしい」と誘導してしまうことは、ありがちだと思うのですが。
玉川:できるだけ誘導しないようにしたいですよね。僕は仕事ではビシッと方針を示してグイグイ引っ張っていくタイプだと思うんですが、子育てでは逆でありたいなと思っています。
周りを見ても、頭が良くて仕事ができる人ほど、子育ても先回りして引っ張る人が多いようなのですが、僕はできるだけ「寄り添う」ことに徹したい。
例えば習い事に関しても、今の時点で僕たちが見ている世の中の風景は5年後、10年後には、劇的に変わるはずです。仕事で成功を収めるために備えるべき能力も変わってくるでしょう。英語よりも中国語のスキルが重視されるようになるかもしれません。プログラミングだって、5年前にはほとんど話題に上りませんでしたよね。
「何を身につけさせるか」はあくまで手段であって、そこにとらわれて右往左往するよりも、「18歳の時には、優しく、たくましく育ってほしい」くらいの大きな目標さえ決めておいて、ブレなければいいと思っています。
ただし、子どもは1年1年で大きく成長して変化するので、定期的に観察して、目標とすり合わせることは大事になります。だから、「子育てビジョン」を毎年改定しているんです。
人生の成功に学歴は関係ない
なるほど。通わせる学校のプランについては考えていますか。
玉川:今のところは公立でと考えています。僕も妻も地方出身で、公立の教育方針で育ってきたので、「私立に進んで当たり前」という首都圏の感覚になじめていないというのは、正直あります。「いやいや、公立でもいいでしょう」って腹の中では思っています。
ただ、これもとらわれすぎてはいけないと思っていて、公立絶対主義に偏らず、ゼロベースで考えていこうねと妻と話しているところです。特に長男は、アメリカで生まれアメリカ国籍も持っているので、どこかで英語環境を経験させてあげたいですね。
子どもと一緒に過ごす時間を大事にして、一人ひとりをよく観察した上で方針が決まっていれば、世間のブームにも惑わされずにいられそうですね。
玉川:はい。焦りやストレスは全然感じませんね。
あと、「小4から塾に行かせなくていい」という方針には、ちょっと経営者の目線も入っているかもしれません。少子化で従来の戦略では収入が減ることが決定している塾業界がやるとしたら、やっぱりエントリーを増やすためのマーケティングだよな、と。「うん、マーケティングとしては尊重する。でも、俺はだまされない」と思ったんです(笑)。
冷静な視点ですね。サービスを提供する側の視点からも、その要不要を見極められた、というわけですね。
玉川:それに、「人生の成功に学歴は関係ない」ということを知っているから、過剰な学歴競争には巻き込まれようとしないのだと思います。
仕事柄、いろんなベンチャー起業家とお会いするのですが、成功している方の中には、学歴面での挫折経験がある人も少なくありません。世間的に「いい大学」を出た人が全員幸せそうな顔をしているかというと、決してそうではないという発見もありました。
学歴を整えるよりも、どんな状況でも人生を楽しむ力を身につけることの方がずっと大事だと思っています。
ゲームは1日30分、夜9時就寝
お子さんの意志をできるだけ尊重しているようですが、「禁止」していることはあるのでしょうか。
玉川:ゲームは1日30分まで。これは単純に「目が悪くなるから」と説明しています。あと、うちは「夜9時就寝」を厳守していて、少しでも過ぎると厳しく怒っています。
子どもは成長するのが仕事で、成長のためには睡眠は不可欠だからです。宿題を片付けるよりも、早く寝るほうが大事だと。うまいものを食って、遊んで、寝る。これだけで充分ですよ。
食事面は奥様が管理しているのでしょうか。
玉川:はい。毎日頑張ってくれて、ありがたいですね。でも、外食も時々していて、ラーメンや回転寿司もよく行きます。子どもたちがチェーン店の「くら寿司」にハマっていて、月1回は行かされます。本当は回らない寿司を食べたいんだけど……、仕方ないですね(笑)。
ちなみにお小遣いに関しては、貯金の習慣をつけるために、本当に少額のお金をあげていて、長男が月400円くらいかな。本やゲームといった欲しいものはその都度プレゼンして、正当な理由なら買ってもらえるというルールにしています。
本は割とすぐに買っていますが、ゲームは「○○を達成したら」という形にすることが多いですね。「サッカーで30ゴール決めたら」という達成目標を決めたら、ものすごく積極的にゴールを狙うようになってました(笑)。半年後には達成したので買いましたよ。
さきほどのリフティングもそうですが、親が言いっ放しにしないようにしています。言ったからには、ちゃんと付き合う。
ジェフ・ベゾスは来日時、必ず子どもを1人連れてきていた
子どもとの向き合い方は、部下の育成にも通じる部分があると思いますか。
玉川:僕の場合は、それはあまりありません。なぜかというと、うちの会社は中途採用が中心で、既に成熟した大人が集まる組織です。自分の仕事を自律的に進めることができる「自走組織」をつくりたいと思っていて、それができる人を集めています。
ですから、どちらかというと、子どもたちには「将来、うちの会社みたいな自走組織で活躍できる大人に育ってほしい」という考えに近いかもしれませんね。
お父さんの仕事について、お子さんはどのくらい認識しているのでしょうか。
玉川:一応、「SIM屋さん」だと思っているみたいです(笑)。小学生の娘が手紙の中で書いてくれた僕の仕事中のイメージは、「いらっしゃい、いらっしゃい。SIMたくさんあるよー」でした。
実際、展示会とかに連れてきて、子どもたちにビラ配りを手伝ってもらったりしたこともあるんです。
親の仕事の現場を見ることも勉強になるだろうと思っていて、長男は中国の深セン出張に連れて行きました。僕は前職でアマゾン・ジャパンに勤めていたんですが、創業者のジェフ・ベゾス氏が来日する時、必ず子どもを1人連れてきていたのが印象に残っています。「ああいうの、いいな」と思っていたんです。
中国や東南アジアはファミリー経営の企業も多いので、ビジネスミーティングに子どもを同席させるのもあまり珍しくありません。僕も事前に「邪魔させないようにするので、会議に同席させていいですか」と先方に話した上で連れて行きました。全然違和感はなかったですね。
その時は、中国の知財関係の企業が出展するメーカーフェアの視察も目的で、そこに息子が大好きなロボット玩具の「mBot」も出展するということで、「行くか?」と聞いたら「行きたい!」と言ったので連れて行きました。
親のフィルターを通して教えるより、現場を体感させる
「仕事の現場を子どもに見せる」ことで、何を伝えようとしているのでしょうか。
玉川:働くってどういうことなのか、ぼんやりとでもいいから感じてもらえたらいいなと思っています。
実際に連れて行ってみると、僕たちの世代とは明らかに違う感覚で世の中を見ていますね。妻は「中国は日本を追いかけている国」というイメージを持っているんですが、深センでQRコード決済とか電動バスとかを目の当たりにした息子は、「中国の方が日本よりもずっと進んでるよ!」って言うんです。
そういう今の感覚を素直に持ってもらうためにも、親のフィルターを通して教えるより、現場を直接体感させた方がいい。彼は将来、中国企業で働くことに、何の抵抗も持たないでしょうね。
お子さんから「パパは何のために働いているの?」と聞かれたら、どう答えますか。
玉川:そうですね。「ソラコムというサービスを一生懸命、チームの仲間と一緒につくっていて、それをお客さんに提供した時に『すごいのが出たね』『便利だね』と言ってもらえるのが嬉しいから」と答えるかな。
いいものをつくって、人に喜んでもらうこと。それを1人じゃなくて、チームでやって、チームのみんなと喜び合えるのが「いい仕事」だよ、と伝えたいですね。
戦後の高度経済成長期の価値観では、「仕事とは身を削って奉仕するもので、給料は苦役代だ」という感覚もあったと思います。けれど、玉川さんのお子さんたちはきっと仕事をもっとポジティブなものとして受け止めそうですね。
玉川:そうだと嬉しいですね。もちろん、仕事にはいろんなステージがあるし、自分の体力や時間を削って提供することで報酬を得ることを優先する時期も、人生にはあると思います。
僕は高校時代、バイクが欲しくて時給700円の皿洗いのバイトを遅くまでやっていました。これはまさに、そういう仕事のスタイルだったと思います。
けれど、知識やスキルを身につけながら経験を重ねることで、人はより自由になれるし、自分の責任で取れるリスクの範囲も広がっていく。それが成長だと思うので、その成長プロセスは、ぜひ踏んでいってほしいと思っています。
「玉川の子どもだから全部すっ飛ばしてラクできる」といったことは、絶対にさせたくありません。
達成して、積み上げる喜びこそ、人生の喜び
成功した起業家ならば、やろうと思えば、いくらでも子どもにラクをさせられます。でも、そうはしたくないと。
玉川:はい。ソラコムを継がせたいとも思っていないし、財産を残したいとも思いません。
子どもたちには自分の人生を自分自身で積み上げていってほしいんです。なぜ強くそう思うかというと、僕自身がそれがよかったと思っているからです。達成して、積み上げる喜びこそ、人生の喜びなんだと思っていますから。
逆に、全部渡されて、「ここから絶対に下げるなよ」と言われる方が辛いでしょう。
日本IBMで最先端の基礎研究に打ち込み、米国に留学。その後、アマゾン・ジャパンでクラウドの日本事業開始に従事し、起業に至ったという玉川社長ならではの、人生の成功則なんですね。お子さんが将来なりたい職業を決める上で、どんなサポートをしていきたいですか。
玉川:本人が興味を持つことは否定せず、できるだけ情報を与えることかなと思っています。先ほどの「ビジネスの現場を見せる」こともそうですし、一見華やかに見える職業のリアルな側面も、敢えて見せたりしています。
例えば長男は、サッカーが好きなので、普通に「サッカー選手になりたい」と言うんです。僕は「なれたらすごくいいよね」と返します。一方で、プロの試合を一緒に観に行った時、「ほら、あっちを見て。試合中、ずっとベンチに座っている選手もいるよね」という話もする。これも、話をするだけじゃなくて、実際の現場を見せながら話すようにしています。
サッカーでも何でも、今、夢中になってやっていることから吸収できる普遍的な学びを得ながら、たくさんの選択肢から将来を考えていってもらえたらいいなと思っています。
人が成長するパワーを毎日見せつけられている
逆にお子さんから玉川さんが得ているものはありますか。子育ての経験がビジネスに還元されていると感じることは。
玉川:うーん、あまりつなげて考えたことはなかったんですが、今思えば、僕は子どもが生まれるたびに、キャリアのステージを変えてきました。
留学中に1人目が生まれて、2人目が生まれた時に転職した。3人目が生まれた時に起業しています。「俺も生まれ変わるぞ」というエンジンになっていたのかもしれませんね(笑)。
今、改めて考えてみると、確かに子どもが生まれてから、日々、受け取っていたのは、「うわぁ、お前ら、めっちゃ成長するな」という驚きなんです。
ハイハイしていたのが立ち上がって、歩き出し、しゃべって……と、ものすごいスピードで成長して、上しか見てない。人が成長するパワーを毎日見せつけられていると、自然と自分も成長したくなります。
子どもたちからすごいものをもらっていたことに、今、気づきました。
最後に、これから先、どんなふうにお子さんと関わっていきたいか教えてください。
玉川:これからも一緒にたくさん過ごして、人生を分かち合っていきたいですね。
経営者になって、自分自身や社員の働き方をクリエートできる立場になったから、僕はこれを実践できていますが、男性も女性も、もっと多くの人が、子育てを前向きに楽しみながら働ける社会が実現するといいなと思っています。
僕の父親もそうなんですが、団塊世代の先輩方は、ずっと成長路線でビジネスを広げてきて、“人生の広げ方”はよく知っている。けれど、定年を迎えた後の“人生の閉じ方”が分からなくて迷っているケースが多いような気がするんです。
仕事を手放した時に残るのは、すごく近い友人と家族だけ。その家族といかに向き合って人生を美しく閉じていけるか。将来を見通しながら、今しか体験できない子どもとの時間を大切にしていきたいですね。
この記事はシリーズ「僕らの子育て」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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