赤ん坊を抱っこしながら大学の試験監督も

夫婦が完全に対等なパートナーなのですね。アメリカならではの育児の価値観に触れたことによる影響はありましたか。

入山:日本と違う育児風景を目の当たりにしたことが、僕の育児観に影響を与えた可能性はあると思います。

 まず、地域コミュニティの交流が活発であったこと。これは精神的な支えになりました。米国では「parent dating」といって、親子セットでご近所付き合いをする機会が多くて、互いの家に遊びに行ったりすることも頻繁にあります。だから育児の生活が孤独になる感覚はあまりなくて、長男も楽しかったと記憶しているようです。

 父親の育児参加も当たり前。ただしアメリカ人の中には、「育児をやっているように見せているだけ」という男性も意外と少なくない、と僕は感じましたけれど。田舎にいたからかもしれないけど、やはり女性の負担が大きい家庭は多いと思います。

 一番大きな影響を受けたのは、「子どもは無条件に可愛くウェルカムな存在である」という姿勢を見せる地域社会の姿です。とにかく、ただ赤ん坊を連れて歩いているだけで、道端で見知らぬ人が笑顔で寄ってきて「Oh, she is adorable!(なんて可愛いの!)」「Cutie!」といったポジティブな言葉を浴びまくる。ほめられるとやっぱり嬉しくなりますよね。

 そういえば少し前に、議員が職場に子連れで訪れたことが話題になっていましたが、僕もニューヨーク州立大学の教員時代には、どうしても奥さんの用事がはずせず、赤ん坊だった長女を抱っこしながら大学の試験監督を務めたことがありました。お咎めは全くありませんでしたし、学生たちも「可愛い!」という人はいても、文句を言う人はいませんでしたね。

 そういえば、中国人も子どもを無条件に歓迎する傾向がありますよね。長い間、一人っ子政策を続けてきたという背景があるのかもしれませんが、興味深いのは、米国も中国も、まだ経済が伸びている二大大国が、子どもを尊重する国であるということです。

子どもをポジティブに受け入れる。つまり未来志向の社会である、ということでしょうか?

入山:まさに未来に投資する姿勢の、潜在的な表れなのかもしれませんね。子どもは社会の共有財であるという概念が浸透しているから、個人や組織が子育てに積極的であることが歓迎され、評価される。それがますます子どもを大切に扱う循環につながっているのかもしれません。経済大国の共通項がキッズファーストであるというのは、興味深い指標ですね。

アメリカでも日本語をしっかりと教えていた

ご長男は6歳まで、ご長女は2歳までアメリカで育児されたわけですが、言語教育はどうしていましたか。

入山:僕も妻も、まずは日本語の能力をしっかりと備えさせたいという考えだったので、家庭内では日本語オンリー。日本語の絵本を読み聞かせるのも当時の僕の役割でした。

 長男はあちらで「day care」と呼ばれる幼稚園のような場所に通っていたので、彼の周辺でコミュニティができ始めると、自然と英語にも慣れてきたようです。

 子どもたちは2人ともアメリカで生まれたので米国の国籍も持っていて、ミドルネームも付けました。使う機会はほとんどないんですけれど、せっかくだからと思って(笑)。長男はオーランド。長男を可愛がってくれたアメリカ人夫妻につけてもらったんです。今のところ、「オーランド感」はゼロですが(笑)。長女のミドルネームはキランで、僕の恩師のインド系アメリカ人につけてもらいました。サンスクリット語で「太陽の光」という意味だそうです。

妻にも、やりたいことに打ち込んでほしい

2013年に日本に戻って現職に。教育のことを考えて帰国を決断したのでしょうか。

入山:それも大いにあります。長男がちょうど小学校に入学するタイミングに合わせて仕事を調整して、家族全員で帰国しました。

 ただ、僕が重視したのはどちらかというと、妻のキャリアでした。ハノイ時代、かなえられたはずの自分の目標を一旦諦めて、僕のキャリアを優先してくれた。そんな彼女に感謝していましたし、「できるだけ早く、彼女も思い切りやりたいことに打ち込んでほしい」と思っていました。

 実は、夫婦ともグリーンカードを取得していたので、アメリカに永住する人生も選べたわけです。それでも東京の方が彼女が活躍しやすい場所を選べる、と判断しました。その少し前に僕の父が亡くなり、母が東京で一人暮らしになったこともあって、生まれ育った東京に戻りました。僕、東京が大好きなんで。(後編に続く)

研究室のデスクには家族の写真を飾っている。額に入れた白い紙には長男が幼い頃に書いたメッセージ「ママはぼくにまかせて」の文字