ユニー・ファミリーマートHD相談役、上田準二さんの「お悩み相談」。今回は53歳の女性から。鬱やパワハラなど経験し、管理職を離れて現場に復帰。若い社員の中で力を発揮できるか悩んでいます。上田さんは「方丈記」に答えを求めます。
悩み:
現在、53歳の女性です。当初は営業職でしたが、軽い鬱になり、スタッフ部門に異動。そこで評価されて管理職になったものの、今度はパワハラを受け、管理職を外れて営業担当に戻りました。若い社員の中に入って、会社の役に立てるのか不安です。
私は現在、大手メーカーで営業職としてマーケティングなどを担当している、53歳の独身女性です。役職はありません。
新卒で入社し、その時の配属も営業でした。食品会社や製薬会社を担当し、成績も良く昇進しましたが、莫大な業務量に心身ともに疲弊し、軽い鬱症状となって、2カ月の休みを取りました。
復帰後、会社と話し合い営業職を離れ、スタッフ部門に異動。数年後に管理職に昇進し、仕事も上司との人間関係も順調でした。ところが、その上司が役職定年となり、後任の上司から最悪のパワハラを受けました。一時は会社を辞めようかとも思いましたが、人生を立て直すために会社と相談し、1カ月前より管理職ではなく担当として営業職に戻りました。
新たな職場では、新人とともに数年前に導入された新たなシステムのオペレーションを学びながら、勘を取り戻そうと努力をする毎日です。
前置きが長くなりましたが、悩みというのは、最近、年齢的に体力の限界を感じることと、仕事の全容を把握できない日常に苛立ちを感じること、そして、管理職から担当になったことに対し、社内の好奇の目にさらされ続けて精神的に疲れることです。
本当に親しい一部の人は、私がなぜ異動したのか理由を知っていますが、それ以外の人たちには「営業担当を再度希望したんです」とニコニコ笑ってごまかしています。ただ、昔のように時間を気にせずバリバリやれる気がしません。
ある意味、今回の異動は私の会社人生で3度目のやり直しになるわけですが、50代からまた、会社の役に立つスキルを発揮できるのか、不安を抱えながら過ごしています。どうしたら、気持ちを吹っ切ることができるでしょうか。
(53歳 女性 会社員)
上田準二(ユニー・ファミリーマートホールディングス相談役):たぶんこの人は、この相談を書くことで心を整理しようとしているんだろうな。書きたいんだ。
大竹剛(日経ビジネス 編集): 鬱になったり、パワハラを受けたり、降格したり、今回で3度目の会社人生のやり直しと言っていますから、ご苦労をされているんですね。その思いを、上田さんに聞いてほしいのでしょう。
鴨長明の「方丈記」はサラリーマンにとっての必読書だ
上田:彼女にはぜひ、鴨長明の方丈記を読んでほしい。その中に、「ゆく河の流れは絶えずして」という一説がある。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
1946年秋田県生まれ。山形大学を卒業後、70年に伊藤忠商事に入社。畜産部長や関連会社プリマハム取締役を経て、99年に食料部門長補佐兼CVS事業部長に。2000年5月にファミリーマートに移り、2002年に代表取締役社長に就任。2013年に代表取締役会長となり、ユニーグループとの経営統合を主導。2016年9月、新しく設立したユニー・ファミリーマートホールディングスの代表取締役社長に就任。2017年3月から同社取締役相談役。同年5月に取締役を退任。趣味は麻雀、料理、釣り、ゴルフ、読書など。料理の腕前はプロ顔負け。(写真:的野弘路)
川の流れは延々に流れる。流れの中に浮かぶ泡は、消えてはまた形になり、常に変化しながら川の流れに乗って動いていく。会社人生もそれと同じだよ。彼女はそういう流れの中で、どう生きるかに悩んでいるんだね。
川は、あるときは速く、あるときは悠々と、またあるときは岩にぶつかりながら流れている。そこに浮かぶ泡も、緩やかな流れで結んで、また消えて、そして流れに乗っていく。彼女には、流れに逆らわない生き方、会社人生をまっとうしてほしいと思う。
人生を川に例えるなら、その流れは誰にとってもずーっと止まることはなく、しかも、どんどん、どんどん変わっていくんだよ。それが生きるということだな。
そういう人生の中で、今、彼女はどういうところにいるかというのを、まずは考えてみてごらん。心も体も病むという大変な経験をして、それでもこの方は営業に戻ってきたわけだけど、今、周りが彼女をどう見ているのかということが気になっているんだよね。
大竹:そうですね。50代のベテランが、新人と一緒にシステムの使い方を学んだり、営業の勘を取り戻そうとしたり、頑張っています。ただ、若くて元気な新人と一緒に働いていて、体力の限界も感じているようです。
上田:周りの人から何か聞かれたら、「営業担当を希望したんです」と、ニコニコ笑う努力をしていると言っているね。
だけど、もう、そういうニコニコ笑う努力なんて、しなくていいんですよ。もう、ありのままの姿を見せて、何も隠さず話せば良いんです。川の流れに浮かぶ泡のように、もう普通にそういう会社人生になったということを、心身ともに自分で納得することですよ。心も体もね。
大竹:流れにまかせてそうなったと。
上田:そう、流れに。役職を捨て、営業担当を再度希望したということも、流れの中でそうなったというだけで、笑ってごまかさなくていいんですよ。これまで、営業をやって、管理部門でも経験を積んで、それでまた営業に戻ってきた。
彼女の今の状況は、そういう流れの中で、自分が一番泳ぎやすい、流れやすい部署を、会社人生の最終ステージで選んだということなんです。そのことを、きっちりと心にも身にも染み込ませてください。無理してニコニコしてごまかす必要なんてないですよ。
大竹:あくまでも、自然体でいい。
上田:自然体でいれば、仕事でもこれまでの経験を生かした営業活動ができるようになるだろうし、そういう姿がまた会社に評価されるはずですよ。川べりの方に打ち寄せられて、淀みで滞っていたわけではなくて、彼女はちゃんと自分が選んだ流れに乗って今の職場まで流れてきたんでしょう。それが自分の選んだ道なのであれば、自信を持って自然体でいるべきです。心と反対の行動を自分がとっていると、会社の雰囲気も彼女が流れたい方向とは反対のものになってくる。
僕ももう1回、読んでみようか、鴨長明の方丈記。
大竹:まさに「ゆく河の流れは絶えずして……」ですね。周りに合わせようと無理に頑張ることはないということですか。
上田:うん。彼女が頑張ることは、今の川の流れの中で、その流れに沿ってきっちりと泳いでいくこと、流れていくことです。逆らったり、逆流したり、川岸に乗り上げたりしない。今、あなたは川の流れの中で一番いいところにいるんだと信じて、流れて行って下さい。
川の流れの真ん中に、自然体で堂々と出て行け
大竹:上田さんの周りにも、流れるのがうまい人はいますか。
上田:こういう生き方を見事にやっている人がいるよ。
「おい上田、俺なんかもう50歳過ぎたけど課長にもならなかった」と言うから、僕は「いいじゃないの、お前が一番幸せそうに見えるで」と言ったんだ。そうしたら、「そうなんだよ、俺は幸せなんだ」と言って笑うんだよ。
40代の後輩が課長になって、追い越されても全然気にしない。課長はその人をどう見ているかといったら、仕事の流れから何から、過去の経緯も含めて細部まで知っているので、若い課長さんが「これはやばいんじゃないかな」と思うようなことがあったら、必ず相談に来るわけ。そうしたら、その人は見事なアドバイスをしているのよね。
それできっちりと会社人生をやり遂げて、定年退職した。こういう人間はね、定年後がアクティブなんだ(笑)。以前にも相談があったよね。同窓会に行くとみんな同期が偉く見えるとかなんとか、そんな内容だったよね。だけど、違うんだよ。定年後の世界は、彼らの方が主流だから。
大竹:「どう生きる?定年退職男が悩む『終活』の実態」の回ですね。この相談は大変多くの読者に読まれました。
上田:そうでしょう。課長になれるのは、全サラリーマンの何パーセントか。部長はさらに少なく、役員になったらもう、全サラリーマンの0.何パーセントの世界でしょう。そんな狭い世界で、私は出世が遅れているとか、ステップアップしてないとか悩んでも、仕方がないよね。むしろ、今いるところで、最大ベストの努力を尽くすとは何なのかを考えたらいい。
大竹:50代というと、そろそろ定年も意識し始めるころでしょうか。
上田:だけど、53歳の女性ってのは、まだまだ若いよ。バリバリや(笑)。70歳のじいさんが言っているんだから、間違いない。
だから今、周りに彼女よりも若い人がいたとしても、彼らに深く入り込んで一緒にバリバリやったらいいよ。体力的にしんどいと言っているけど、それは精神的なところから来るものが大きいんじゃないかな。流れに逆らっているから疲れるのであって、流れに任せてしまえば、バリバリと本来の力を発揮できるのではないかな。
以前は役職者だったとか、役職者だったけど希望して営業へ来たのよとか、そういうことを言うんじゃなくて、もう若い社員と同じ目線、同じ世界で一緒に仕事をしましょうよ。
そうすることによって、かつて体得した営業の勘所も思い出すだろうし、周りの人もやっぱり彼女はすごいよねって認めてくれるはず。川べりのゴミがいっぱいたまった淀みでグルグルと悩んでいてはダメ。川の流れの真ん中に、堂々と出ていきましょう。
大竹:川の流れの真ん中に入っていくのは、勇気も必要そうです。
上田:いや、そんな深く考えなくていいんだよ。自然体で出ていけば、不思議なほどきっちりはまるものだから。それが、川の流れというものなんじゃないの。
年内の掲載は今回が最後です。今年1年、ご愛読ありがとうございました。
新年は1月10日(水)からスタートします。良いお年をお迎え下さい。
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