45歳の親離れ、80歳の子離れ

上田:彼女は、お母さんが何やかんや言ったことを妨害と捉えているけれども、それによって彼女が大きなダメージを受けたとか、失敗したとかいうことは、ないんじゃないか。少なくとも、相談内容からは、お母さんが原因で失敗したということは、読み取れない。

 ようするに、彼女が自分の人生が思うようになっていないと不満に思うのは、結局は、彼女自身がこれまで、いろいろと挑戦はしたものの、それをやり切れることができていないからなのではないかな。お母さんだけを悪者にしていますが、彼女自身にも問題があるんだな。

大竹:母親も45歳にまでなって文句ばかり言っている娘に対して、「本当にそこまで言うんだったら、1人でやれるものならやってみろ」と、ある意味、突き放したんでしょうね。親もついに、80歳になって子離れして、娘も45歳でようやく親離れしたということでしょうか。

上田:そうそう。

大竹:でも、先ほど上田さんは、成功することがお礼になると言いましたが、そう簡単ではないですし、時間もかかりそうです。しかも、海外ですから。

上田:成功と言ったのは、何もチェーン店を10店舗、20店舗展開するとか、そういうことではなくて、きっちりと自分の生活基盤というものを固めることですよ。自分の娘が将来、しっかりと生活していける状況、これが成功です。

 このお母さんも80歳になったし、彼女も45歳。一度、冷静になって、客観的に世間一般の常識に照らして、自分たちの母・娘の関係を見つめ直してごらんなさい。そうすれば、これからの母親との付き合い方が、何か変わってくるはずですよ。

「お前は2番だ。名前が準二だろう、何で1番を殴るんだ」

大竹:ところで、上田さんには反抗期ってあったんですか。

上田:あんまり記憶にないね。親の言うことを聞かなかった時期は相当あったけど、あれが反抗期だったのかね。確かに、やりたくないことはいっぱい言われたよね。

大竹:例えばどういうことですか。

上田:まあまあ、やりたくない事はいっぱい言われたね。例えば、「偉くなれ」だとかはよく言われたよ。

大竹:その上田さんのお母さんの思いは達成できたわけですよね。大会社の社長、会長を務められたわけですから。

上田:どうなんだろうな。母親に「何だったら偉いんだ」と聞いたって、「それは分からん。分からんけど、とにかく偉くなれ」みたいな感じだったから、社長になることを偉くなることと考えていたかは分からんな。

 兄貴とケンカしたら、「何で兄貴を殴るんだ」と怒られたこともあった。「お前は1番じゃない、2番だ。名前が準二だろう、何で2番が1番を殴るんだ」とかな。

大竹:2番目は2番目なりにおとなしくしていろと。

上田:「お前に1番になれと言わないけど、どんべにはなるな」だとか、もう意味が分からない(笑)。

 だけど、やっぱり親には子供に対する親なりのイメージがあるじゃない。なんとなく、こういう人間になってほしいという。そういう親の一方的なイメージに対しては、子供というのは反抗するものだ。

 僕も、そういう時期はあったけど、だからといって親に自分が進む道を妨害されているだとか、親のせいだとか、そういうことを思ったことはないね。

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