カネがなくて豚肉を食えずマトンでごまかした

上田:あの当時はまだ大卒の初任給が4000円かそこらの時代だから、例えば300円くらいをもらって魚屋に行くんだ。そこで、魚をさばいているおかみさんとおやじさんから「おい、準、今日は何買うんだ」と聞かれるわけ。すると僕は、「200円で家族みんなの分」と言う。そうするとおやじが、「うん、ちょっと待ってろ」とか言って、ちゃんとしたお魚を、頭を落としたり身を3枚に下ろしたりして、見繕ってくれる。

 でも、そこで終わっちゃ、家族の腹は満たされない。それで、「奥さん、切り落とした頭と骨をどうするの」とあえて聞くと、だいたい「ああ、もうそっちで処分しておいてよ」となるから、それももらってくるんだよ。

 頭とか切り落とした身とか、そういうのもしっかりもらってきて、叩いて潰して片栗粉でも混ぜて団子を作ったり、味噌汁の出汁をとったりと、いろいろと工夫をする。そういう食べ方を、魚屋のおかみさんやおやじさんから教わって献立の足しにしていた。

 で、残った100円でコロッケ屋だとかに寄ったりね。

大竹:魚屋さんが魚をさばくのを、子供の頃からじっと見ていたんですね。

上田:妹なんかは魚をさばくのを気持ち悪いと言って嫌がってね。兄貴はそんな金を握って買いに行くのは嫌だとか、弟はまだよちよち歩きだから。それで僕が結構やったの。

 それだけじゃないよ。学生のとき、僕は炊事部だったんだ。

大竹:炊事部?なんですか、それは。

上田:うん。いろいろな部があるわけよ。大学は自治経営ということだから、それで僕は炊事部にお世話になった。部員はだいたい12人ぐらいで、賄いを食べたい学生から毎月食費をとって食事を振る舞うわけだよ。そうすると、献立が悪いと猫ばばしているんじゃねえかとか、文句を言われる。

大竹:突き上げを食らうんですね。

上田:突き上げを食らうわけ。味噌汁に具が入ってないだとか、魚臭いだとか、肉が変なにおいとか。せいぜい、肉といえば当時の予算で買えたのはマトンでしたよ。当然、鶏肉や豚肉に比べるとマトンはにおいがするものでしょう。

 カレーライスだって、鶏肉や豚肉を使うのは贅沢だからだ、マトンを使うわけだ。カレーに辛子とかスパイスをがーっとたくさん入れて、においを分からなくするとか、工夫が必要になる。

 ただ、それでもだんだん冷めてくると、どうしてもにおいがしてくる。体育会系の連中なんか、遅くに食べに来るでしょう。そうすると、肉がおかしいと言い始めるわけ。本当に日々戦いでした(笑)。

 そんなことをしていたから、いろいろな食材の扱い方、料理の仕方を自然と覚えていったんですよ。

 それと、シカゴに赴任したときは単身でしたから、そこでもいろいろと身につきました。肉を売る仕事をしていたから、現場へ行くとみんな包丁を使っているわけ。工場で、いろんな部位をいろいろな切り方で処理している。ああいうのは、見ていて全く飽きなかったし、結構楽しかった。

 まあ、そういうことで、僕は小さいときから、いろいろと料理とか包丁の使い方とかには接点がたくさんあった。ただ、実は一番、本格的に料理、料理と言い出したのは、料理ができない女房と結婚したからなのよ。

大竹:上田さん、いいんですか、そんなこと言って。奥さん、怒りますよ。

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