担当でもないのに年間1200トンの豚を買い付け
大竹:それで、上田さんはどのように交渉に挑んだのですか。
上田:年間契約にしましょうと。1年間ぶっ通しで買うと、勢いで提案してしまった。総裁が「王女の取引」だなんて言うもんだから、こっちも気が大きくなってしまった。
大竹:年間契約というと、量はどれくらいになるんですか。
上田:1200トンですよ。1200トン。
大竹:全然イメージが湧きません。
上田:それはもう、その辺の養豚場の豚がいなくなるくらい(笑)。
Aメーカーの担当者は驚いて、ザワザワとしていましたよ。そこで総裁は、Aメーカーの担当者にこう聞いたんです。「あなた方は我々の主力農場を訪れたと聞いていますが、どうでしたか?」と。Aメーカーの担当者は「素晴らしかったです」と答えましたよ。そこで総裁は畳み掛けるように、「と言うことは我々のポークをお買い上げになる意思はあるんでしょうけど、私の輸出入の契約当事者は伊藤忠です」と、その場で宣言したんです。
大竹:ひっくり返しちゃったんですね。すごい。
上田:ええ。それでAメーカーに、こういうことなのでひとつ、ここでサインしましょうと。そのAメーカーは、年間契約の1200トンなんて今まで契約したことがないし、本社に電話をすると言うので、国際電話を繫いでもらって、私も伊藤忠の本社に電話をしました。
実はね、僕を送り出した伊藤忠の畜産部も、上田が契約を取れるなんて誰も思っていなかったんですよ。そもそも、僕は担当でもなかったの。
大竹:え?担当でもないのにデンマークまで飛び、1200トンもの契約を決めてしまったのですか?
上田:僕はそれまでシカゴにいて、戻ってきたのが11月。一方で、畜産部は何とかデンマークの豚に食い込みたいので、Aメーカーに対して何とか伊藤忠にアテンドをさせてほしいと頼み込んでいた。
ただ、伊藤忠内部でもめていたわけですよ。わざわざ行っても契約をとれるのかとか、ああだこうだとか。最初に行けと言われた担当課長は「英語ができません」と断った。本当は英語ができるのに、急に英語ができなくなった(笑)。それで豚の担当者が行くことになったんだけど、出発ギリギリになって「パスポートの期限が切れている」と言いだした(笑)。
それで部長から「上田、お前はアメリカで豚の輸出をやっていたんだから、直接の担当じゃないけど行って来い」と指名されてしまったんです。部長にしてみれば、誰でもよかった。
そんな経緯だったから、電話で課長と豚の担当に「1200トン買うことにするから」と言ったら、「何?120トンの間違いじゃないのか」とひっくり返るほど驚いていた。
大竹:ケタが1つ違うし。
上田:そう。これはもう相当な金額なので、部長の決済を今すぐとっていただけませんかと頼んだんだ。あと3時間以内にサインをするか、しないかだと。それをしないと、B商社の牙城を崩せず、伊藤忠はデンマークの豚にはもう参入できないかもしれないと、急かしましたよ。
そうしたら、すぐに折り返し電話がかかってきて、やれとなった。ただ、AメーカーはB商社とずっと長年の付き合いがあったから、我々が入ることによってより有利な条件にならないと、納得しないでしょう。そこでAメーカーの担当者に、B商社の取引条件を薄々知っているはずだと。なんぼなのと、教えてよと。それで、価格が空欄になっている契約書に、それを下回る金額を書いた。もう、Aメーカーの担当者も、やったという感じだし、本社で鼻高々。伊藤忠は伊藤忠で、これでデンマークの豚肉の買い付けに道が開けた。
さて、皆さん本国に帰るよね。でも僕は帰らん。
大竹:帰らなかった?
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