大竹:とにかく行くんですか。ネットもスマホも普及しているのに、あまり合理的な営業には思えません、と若者には支持されなそうです。
上田:いいから、とにかく会いに行くんですよ。しまいには、お客さんの方から、「お前、何を言いたいんだよ」と言ってくる。こうなったらもう、そこから話が進みますから。
それともう1つ、営業はとにかく自分がいろいろな売り込みの資料を作って持っていくでしょう。それを一方的にしゃべって、こうだ、こうだと。それで分かってくれる人もいるかもしれませんが、だいたいはそれだけでは、長い付き合いに発展しない。まず聞き上手にならないと。
大竹:売りたいものを売り込むより、まずは聞くことが大事だということですか。
上田:その点で、僕みたいな東北出身者は聞き上手なのよ。田舎人は聞き上手だから。
ずっと無視されていたのに、「何しに来た」と言われたのなら、相手が自分に関心を持ってくれた証拠。何の話で来たのかというポイントを伝えたら、きっと、相手はいろいろと話してくる。そうなったら、チャンスですよ。相手が話し始めたら、それを途中で遮って、「私の方の条件はこうです」みたいなことは言ってはいけない。営業とは、そういうことではないの。「俺のところはこんなにこんなに困っているんだ」とか、何だかんだ従業員の問題とか奥さんとの関係とかまで話してくれるまで、とにかく聞く。
そこまで話してくれるようになると、今度は向こうから電話がかかって来ますよ。今日、来てくれと。しまいには奥さんからも電話がかかってくるようになる。「うちの主人はこの1週間、ずっとヒステリー状態です」とか。「従業員もピリピリしていますから、上田さん、来てくれませんか」とか。特に商談がなくても、そう言われれば、まあ、行きますよね。そうすると向こうはいろいろ話しかけてくるわけですよ。ときには夫婦関係の悩みまで。
大竹:でも、そこまでプライベートなことを話してもらうように聞き上手になるのも、なかなか難しいですよね。記者の私も、常に苦労してます。
上田:四の五の言わずに、とにかく聞く、聞くんですよ。でも、聞き方ってものもある。例えば僕だったら、「社長さん、それはこうじゃないですか?僕だったらこう思いますけどね」とか、自分だったらこう判断するということを、さりげなくポンポンと打ち返すんです。そうすると、相手はすっきりするんですよ。僕の言ったことを参考にするかは別にして、とにかく合いの手を入れて全部吐き出してもらう。社長にとって社員や家族は常に身の回りにいる存在だから、判断基準の幅は狭いんです。全く違う立ち位置からの意見を聞くと、「なるほど」と思ってくれることもあるんですよ。
大竹:私だったらこうします、と言うときに、何か気の利いたことを言わなきゃと悩んでしまいそうです。
上田:そんな必要は、まったくない。見当はずれでも、とんちんかんのことを言ってもいいんです。仕事上の自分の判断や思い込み、それから家庭の問題にしたって、全く別の意見が出てくると、自分だけで凝り固まっている価値判断でやっていたのが、必ずしもよくはないというようなことを感じるはずなんですよ。
大竹:病院でいうと、セカンドオピニオンみたいな感じですかね。
上田:ただし、何でもいいと言っても、何も考えていない奴は何にも言えないですよね。そこで大切なのが、読書ですよ。僕は本が好きだったから、本を読んで心に響いたことが頭の中の引き出しにたくさん入っている。本といっても、ビジネス書や学習書ではないですよ。主には小説です。小説のタイトルとか作者とかをしっかり記憶しているわけではないけれど、そこで心に残っていたものがぱっと会話の中に出てくると、相手に響くこともあるわけです。「上田、それは違うぞ」と言われても、またそれに対する意見も引き出しの中から浮かんでくる。なんぼでも出てくるんです。
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